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騎士アレクセイ

 くすんだ空に羽ばたく黄金が輝いている。竜の姿が見えなくなった後もラザールは空を見続けていた。隣にいたエルヴィスも同じだ。


「あの少年は不思議だ」


 エルヴィスの声にはもう怒りは無かった。敵意を向けられないまま2人で話すのは久しく、ラザールは意外に思いながらも相手を見た。


「ラザール。私はお前や竜のことが心から憎かった。それこそ命を奪うことさえ躊躇わないくらいに」


 エルヴィスは王子だが、血気盛んすぎるが故に父である王から将来を心配されていた。他の弟たちを王に据えて彼は騎士団のトップに居させることが良いと考えていたらしい。

 だがエルヴィスは誰よりも人々の未来を案じ、解決策を見つけようと奮闘していた。それが竜の否定という極端な手段になってしまったのは、皮肉なことではあるが仕方がない。ラザールはそんなエルヴィスと和解できる日が来ればと思い続けていた。


「私はアレクセイを見て『本当に人類が救われるかもしれない』と期待してしまった。人の手でどうにかせねば、王子である私がやらねばと自らを奮い立たせていたのにだ。やはりこれも竜の思惑通りなのだろうか」


 エルヴィスは悔しさがあるらしい。人の手ではなく、竜の恩恵にすがらなければならない現状に無力さを感じているのだろう。

 それでも王とアレクセイを引き合わせてフォルティオン王国代表として送り出した。だからラザールがエルヴィスの背中を押す必要がある。


「殿下が惹かれたのはワンではなくアレクセイ様でしょう。つまり貴方は人の可能性を信じただけに過ぎません。私も彼がワンを迎えに来てくださったお陰で決心がつきました。アレクセイ様には不思議な魅力があります」

「…………そうか。そうだな」


 答えを噛み締めるようにエルヴィスは硬く目を閉じた。草木の匂いをまとった風が通り抜け、髪を穏やかに揺らしている。

 しばらくしてエルヴィスは背を向け、王城に向かって歩き始めた。


「ラザール殿、喉が渇いたと思わないか」

「ええ、少しばかり」

「では侍女に茶と席を用意させよう。我々は改めて言葉を交わす必要がある。その後は大臣たちや弟たちに説明する必要があるし、忙しくなるぞ」


 ラザールも後に続いて歩き始める。


「ワンも殿下くらい素直な性格であれば嬉しかったのですが」

「まるでアレを人であるかのように語るな。竜は神ではないのか」


 怪訝なエルヴィスの言葉にラザールは首を横に振った。


「神ではありません。竜聖教はただ、竜に与えられた恵みへの感謝を忘れぬように作られた団体です」

「……なるほどな」


 エルヴィスは控えめに返事をすると歩を速めた。やはり竜への苦手意識は残っているらしい。だが、責めるつもりはなかった。

 ラザールは立ち止まりもう一度空を見上げる。竜の光が消えた空はまた元の陰鬱さを取り戻していた。


(この空を通り抜ければ竜の世界に繋がるのだろうか)


 そう他愛のないことを思い、歩き始めた。




 フォルティオン王国北部の国境は激戦地となっていた。

 北から攻め込んできたのは山岳地帯に国を作ったヴァルストン王国と、その周辺国が手を組んだ連合軍団だ。雨不足で川が枯渇したこの国は、水源とフォルティオン王国に残っている森を求めている。


「どこも生きることに必死なんだ」


 国境沿いのなだらかな丘陵地は多くの兵が争い泥沼化していた。だが相手の軍勢に押されてフォルティオンの軍隊が劣勢に立たされているのは上空から見てもわかった。フォルティオンは平地の戦闘を前提としているため馬に乗るが、岩や窪みが多く足場の悪いこの地帯はまともに走らせることができない。

 一方でヴァルストンは軽装歩兵を中心とした機動性重視の陣形を組み、奇襲や投石兵で相手の勢いを削がせる。

 ヴァルストンは血筋をたどればフォルティオンと同じ祖先に行きつくが、厳しい山岳地帯での日々が彼らをより逞しく育て上げた。少ない資源と人員で攻め込むのを得意としており、他国と手を組んでいる今も先陣を切って戦っている。


「ワン、あの投石器を全て壊せるか」


 アレクセイは風に煽られながらワンにたずねる。

 敵軍の中で存在感を放つのは投石器だ。ヴァルストン特別製の投石器は対人戦用に小型改良されており、低い射角で放てるようになっている。連射性や命中精度が高く、この時代では最も脅威とされていた。

 全部で20台。資料で見たことはあるが、実際に目の当たりにすると厄介だとよくわかる。喰らえばアレクセイだって無事では済まない。

 またこれだけの数を投入しているということは、今回の戦いをよっぽど重要視しているらしい。


【壊すだけでいいの?】

「ああ。あとはお前の絶対的な力を見せつけて欲しい。できるだけ……被害は抑えて」


 ワンは全く苦に思っていないようで快諾した。


【君は】

「頭を討つ」


 例え敵数が多いといえど、またフォルティオンの王城が半壊して混乱していたといえど、数日で国を滅ぼされるのは流石に早すぎると思っていた。投石器があるのも大きな脅威だが、もう1つ何か理由があるのではないかと考え続けていた。

 その時思い出したのだ。アレクセイが尋常ではない身体能力を持つことになったルーツ、祖先である英雄のことを。元々は同じ民族だったフォルティオンとヴァルストンは、当然同じ英雄の言い伝えとその血筋が残っている。 

 アレクセイと同じ存在が相手国にいるかもしれない。自分より体格が良ければ、アレクセイより遥かに強い可能性だってある。

 英雄がいれば士気も上がり、戦況も大きく変わる。

 また英雄の伝説と脅威を知るフォルティオンの貴族達ならば、恐れから先んじて逃げ出すのも容易に想像できた。


「そういう人間は兵士たちを指揮する立場にいるはずだ。それに大抵先頭で戦っている」


 高度を下げると、戦場にいた人々はこちらに気づき叫び声をあげる。構わずワンに指示を出して敵軍の上空へと飛び、目を剥いて自分たちの姿を視界に収める人々を視認していった。

 投石器が上に向けられ岩が射出されたが、ワンの飛行スピードに追いついていない。蝶が舞うように器用に避け、ワンは戦場の空を飛び駆けた。

 流れていく風景の中で目を凝らしていると、群勢の中でリーダー格と思われる男と目が合う。瞬間、アレクセイの中の血が騒いだ。自分の中に眠る先祖の遺伝子が、相手が同じであることを告げているのだ。

 男は周囲にフォルティオン王国の兵の死体を築きあげ、好戦的にこちらを睨んでいる。彼が進んだ跡だろう背後には赤々とした川が出来上がっていた。おぞましい光景は常人が見れば男を化け物と錯覚するはずだ。


「ワン、あの男だ」

【本当に1人で大丈夫?】

「相手も気づいている」


 アレクセイは上半身を起こしながら腰に下げた剣を撫でた。人を殺したくない。誰も死なせたくない。それでも選ばねば守りたいものを守れない。


 だからアレクセイは選ぶ。


【行くよ】


 ワンは翼を大きく羽ばたかせると、敵軍の中に降り立ち風圧で敵兵を何人か吹き飛ばした。アレクセイが鞍から飛び降りたのを確認すると、すぐさま空へ上がっていった。

 数時間ぶりに感じる地面の硬さを踏みしめながら、アレクセイは男に向き合う。先ほどのワンの羽ばたきで周囲の人間は倒れていたが、相手は何事もなかったように平然と立っている。手強い相手であることを察するには十分だった。


「お前がこの群衆の頭か。俺の血がお前とただならぬ因縁があると告げている」

「こちらも同じだ。その割には随分華奢で女かと思った」


 相手は恵まれた体格で、周囲と比べてもひとまわり体が大きく見える。燻んだ藍の短髪を掻き上げ、紫色の目を愉悦で歪ませた。


「見た目に惑わされると痛い目に遭うぞ」


 アレクセイが啖呵を切って剣を抜くと、相手も応えるように大剣を構えた。


「フォルティオン王国とシルフィリア王国は手を結び連合騎士団を結成した。俺はその騎士、アレクセイ・ディ・アシュレイ」

「ヴァルストン王国近衛騎士兼、北部同盟軍元帥、リカルド・アシュレイ・ラスティン」


 互いに剣を向け間合いを測る。周囲はリカルドの力量をよく知っているのだろう、邪魔をしないためというより巻き込まれないよう距離を取った。


「誰も手出しするなよ」


 リカルドはアレクセイを見据える。そして重心が僅かに揺れた。


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