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そして戦場へ

 エルヴィスは剣を収めて短剣を受け取り、王家の家紋が刻まれていることを確認した。


「年季が入っているが大切にされている。ここまでの代物が模造品とは思えない。……フォルティオンの王族はみな愚かだと思っていたが、ここまで愚直な者がいるとは思わなかった」


 エルヴィスの目には困惑の色が浮かんでいる。相手を敵ではなく1人の人間だと認識したのだ。


「君は竜に選ばれたそうだな」

「そうだ」

「伝承通りなら君は自分がどうなるかわかっているんだろうな」

「ああ」


 エルヴィスもシルフィリアの人間だ。竜の伝承の顛末を知っているのだろう。彼は手で目元を覆い空を仰いだ。


「……君と竜だけで侵攻が止められるとしたら、本当に馬鹿馬鹿しいがな」


 手を下ろし、エルヴィスは再びアレクセイを見た。その顔は意を決していることがわかる。


「良いだろう。ただし現時点ではフォルティオン王国ではなくアレクセイ・ディ・アシュレイ個人との契約だ」

「エルヴィス様⁉︎」


 背後の部下たちは驚きを隠し切れないらしい。ラザールも意外だったのか、驚愕の息を漏らした。


「エルヴィス・ロックウェル・サラ・シルフィリアの名において貴殿との協力関係を認めよう」


 エルヴィスはつけていた手袋を外して手を差し出した。アレクセイは微笑み、同じように革手袋を外して握手を交わした。


「話は終わった感じ?」


 ワンが急く手つきでアレクセイの肩を抱き寄せ、エルヴィスから引き離す。せっかく交渉成立して、張り詰めた空気がやわらいだところなのに。アレクセイは不満さを隠さずワンを軽く睨みつけた。


「おいワン」

「首の傷見せて」


 ワンはズボンのポケットから白いハンカチを取り出すと、丁寧に傷口にあてた。純白の布を汚してしまうのはもったいないと思ったが、断っても無駄だろう。

 前にワンと再会して大泣きした時は、このハンカチで涙を拭いてもらった。ワンにこうして面倒を見られるのは嫌ではない。真剣な目で手当をするワンに、だんだん照れ臭くなって床を見てしまう。


「随分とお熱い仲らしいな」


 エルヴィスの呆れた声には、恋人同士のやり取りを見せつけるなとというクレームが含まれている。他所でやれということだ。


「なっ、これは違う!」


 アレクセイは反射的にワンを突き飛ばした。

 普段は気をつけていたのだが、恥ずかしさのあまり加減を忘れてしまい、ワンの体は宙に浮き椅子を巻き込みながら転がってしまった。

 ワンのくぐもった悲鳴と軋む椅子の音が悲惨さをよく表している。


「仮にも神聖と崇められる竜を……」


 エルヴィスの護衛騎士たちはドン引きで呟く。ラザールは片手で自分の頭を押さえている。居た堪れない空気にアレクセイはどうすれば良いのかわからない。


「まるでフォルティオンの歴史に出てくる英雄のような馬鹿力だな」


 どうやら他国の言い伝えにも詳しいらしい。エルヴィスに指摘をされたアレクセイは顔を真っ赤にしてうつむくのだった。



 その後、アレクセイはシルフィリア国王に謁見することになった。本来ならば色々手続きを踏む必要があるが、第一王子と国教の大神官の進言で急遽押し進められることになったのだ。

 何より黄金の竜に選ばれたという事実がシルフィリア王国にとって大きかったらしい。形式だけでも王に話を通すべきと説くエルヴィスに首を傾げながらも、アレクセイはワンやラザールと共に案内されることになった。

 限られた者だけが入ることが許されるという王城の区域を歩きながら、エルヴィスはアレクセイに念を押す。


「父の状態は一部の者以外には公表していない。君も口外しないと約束してくれ」

「承知した」

「ラザールでさえ直接会うのは久しいだろう」

「ええ。体調が思わしくないとお聞きして、ひと月ほどお会いしてません。聖竜教の統制もあり忙しく……」


 ラザールも心配しているあたり、隠さねばならないほどの状態なのだとわかる。


「重い病なのか」

「見ればわかる」


 シルフィリア国王との謁見は、彼の私室、ベッドで寝たきりとなった彼のそばで行われた。体調を崩しているという話を聞いたことはあるが、小枝のように細い体は起き上がれる様子はなく、すでに余命いくばくであることが見てとれた。


「父上。エルヴィスが参りました。彼が竜が選んだ相手である、フォルティオン王国の王子アレクセイです」


 目を固く閉じていた王は薄くまぶたを開き、力の無い目でアレクセイを見つめた。


「国王陛下にご挨拶申し上げます。私はフォルティオン王国第二王子アレクセイ・ディ・アシュレイです」

「……」


 シルフィリア王はまともに話せる状態ではなかった。エルヴィスが何故今まであれほど焦っていたのかわかった気がした。

 国民が飢えに苦しみ、父は病に倒れ、それでも国教が信じる竜は救ってくれず塔にこもっている。

 自分が立ち上がりどうにかしなければと奮い立たせるしかなかったのだ。

 アレクセイはなんと伝えれば良いのかわからず、言葉を詰まらせる。するとワンが代わりに前に出て屈み、シルフィリア王の手を握った。


「長い間待たせてごめんね。だけど魂を持つ番が現れた。時は来たんだ」


 その声に王は大きく目を見開き、細い息を吐いた。

 今度はエルヴィスがシルフィリア王に顔を近づけ何かを聞き取ると、アレクセイに声をかけた。


「アレクセイ、父上が君に伝えたいことがあると」


 迷いながらもワンに促され、ベッドに寄り相手の顔を見つめた。


「……」


 声が掠れて聞こえない。アレクセイは耳を口元に近づけ、聴覚を研ぎ澄ませた。


「人々に、救いを」


 視線を合わせると、アレクセイはゆっくり頷いた。 


「必ず使命を果たすと約束します」


 国王は僅かに口を弛め、安心する笑みを浮かべた。その笑みもすぐ消え、王は意識を失うように眠りについた。


「最近は目覚めることも珍しいんだ。君と話し終わった時に侍女から意識が戻ったと聞いてな。だから、そういうことなのだろうと」

「そういうこと?」

「父は竜の祝福を望んでいる、と」


 エルヴィスは憂いの表情で父の寝顔を見つめていた。複雑な想いを抱きつつも心から父親を尊敬しているのだろう。ラザールも静かに目を閉じて深く頭を下げている。

 彼らの深い絆を感じ、アレクセイは羨ましくなった。だが表情に出さないよう唇を閉じて耐える。

 あまり長く滞在しても負担をかけるだけだと思い、エルヴィスに誘導され部屋を去った。香が焚かれた部屋で眠る王はまるで時が止まったように見える。


(どうか残りの時間は穏やかな心で過ごせますように)


 アレクセイは祈りながら、閉められる扉の向こう側を見続けた。

 薄暗い通路を戻りながらエルヴィスは口を開く。


「フォルティオン北部の戦線は長く持たないのだろう。できる支度はすぐさせよう」


 申し出にアレクセイは素直に甘えることにした。


「助かる」


 フォルティオンに向かうには、竜に変身したワンに乗るのが1番早い。それにあたり、アレクセイはいくつかワン専用の装備を用意してもらうことにした。

 ワンの首の付け根あたりに馬の鞍をつけ、手綱代わりの革紐を結ぶ。鞍のベルト部分である託革はワンの胴体につけるには長さがとても足りないので、即席で城の職人に調整してもらった。あるかないかでまるで違う。

 さらにアレクセイは客室の1つを借りて、用意されたシルフィリア王国騎士の服に着替えることになった。エルヴィスいわく見た目も大事とのことらしい。

 着慣れた服を脱ぎ、ふと鏡に映る自分の姿に視線を向けた。心臓の位置にある刻印は前に見た時よりも濃くなっていて、不思議と仄かな光を発しているように見える。


(確実に迫っている。その時が来たら俺はどうなるのだろうか)


 シルフィリアの制服は今まで身に着けていた古い服とは異なり、かなり上等なものだった。

 質の良いシルクのシャツに、群青の生地に黄金の刺繍を施した立襟の上着。トラウザーズは動きやすさを重視しながらも丈夫で破れにくそうだ。さらに印象的な純白のマントは高貴さを感じさせる。

 小柄なアレクセイに丁度ピッタリだった。それが女性騎士用の制服であることに関しては目を瞑ることにした。

 仕方ない、アレクセイの体格ではむしろこちらの方が合うのだ。気を遣われて男性用の1番小さいものも用意されたが、案の定ぶかぶかで残念な見た目になってしまったので断念した。

 シルフィリア王国で作られた両刃の長剣を下げ、分厚い革手袋をはめればそれらしい格好になる。試しに剣を抜いて軽く振ってみたが、しっかりした作りで問題なく戦えそうだ。

 急な依頼にも関わらず厚い待遇に心が温かくなった。

 王城の裏口から外に出ると、竜になったワンが装備を身につけて待っていた。間近で見ると迫力があり、巨大なモニュメントを見ている気分になる。

 そんなワンはアレクセイの姿を見て、感嘆の声を漏らし嬉しそうに喉を鳴らしている。


【本当に騎士様みたいだ】


 竜になっても当然性格が変わることはない。黄金の鱗に覆われた顔を右往左往させて、様々なアングルで愛しい人の姿を視界に収めようとしている。


「大げさだな」

【だって今の君はおとぎ話に出てくる騎士様みたいだよ。昔ラザールが読んでくれた絵本に君そっくりな人が出てきたんだ】


 無邪気な言葉に表情が緩む。これから戦地に向かうというのに少しも不安を感じさせない。アレクセイが近寄ると、ワンは顔を擦り寄せ甘える素振りを見せた。

 ぬるい空気を吹き出す鼻を撫でてアレクセイは額を鱗にくっつけ目を閉じた。

 少し冷たい。だけど気持ちいい。


「ワン、俺をフォルティオン王国に連れていってくれ」

【君が望むなら】


 今は太陽が真上まで昇っている。急がねばならない。

 ラザールとエルヴィスの書状は筒状の容器に入れてベルトバッグにしまっている。アレクセイは見送りに来たラザールとエルヴィスに向き合った。


「行ってくる。良い知らせができるよう全力を尽くす」


 エルヴィスは黙って頷き、ラザールは近寄りアレクセイの前で頭を深く下げた。


「どうか殿下の行き先に光が多からんことを」

「ありがとう、ラザール殿」


 アレクセイは微笑み、ワンに取りつけた鞍にまたがる。手綱を握ると力強く声を張り上げた。


「ワン、行くぞ!」


 黄金の竜が咆哮をあげ空へと羽ばたいた。翼で巻き起こされた旋風で地面が揺れ、城壁の窓が軋む音を立てる。

 アレクセイの全身に強い風が打ち付けられ、上へ上へと持ち上げられる。気づけば周囲は空に囲まれシルフィリア城が遥か下に見えた。


「すごいな」

【さあ行こう、アレクセイ】


 ワンは鱗を太陽の光で反射させながらフォルティオン王国へと飛び始めた。

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