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隣国の王子との交渉

 ラザールは言葉を失った。

 満月の夜が明けた朝のことだ。見張りがいない塔で過ごしたワンの様子を見ようと訪れると、初めて会う少年が出迎えた。10年ほどワンが過ごした部屋の中に不思議と馴染んでいるその少年は、ラザールを見ると安堵の表情を浮かべる。

 テーブルには空のティーカップが2つ並んでいて、他人に全く興味を示さないワンは彼の手を握り誇らしげに並んでいる。

 それだけで少年がワンのいう運命の番なのだと悟った。深い紫色の目はフォルティオン王国の王族やその親族にあたる貴族の証で、黒く動きやすさを重視した服装は彼が戦闘に長けていることを示している。


「ラザール殿」

「……私をご存知ですかな」

「ああ。俺はフォルティオン王国の第二王子、アレクセイ・ディ・アシュレイだ。王からワンの討伐命令を受けた暗殺者だが、ワンの魂の番でもある。ワンの能力で何度か時を遡っているため、すでに貴殿を知っている」

「ちょっと情報量が多いですかな」


 いくら竜聖教のトップとはいえ、予想を遥かに上回る事態を理解するには時間がいる。未だにワンの生態を掴みかねているというのに、その番も色々とややこしい事情があるようだ。

 ワンは先ほどからよっぽど番を自慢したいのかそわそわしているが、構わずアレクセイを見定めようと観察した。

 果たして信じて良いものか。この竜と王子に人類の未来を託して良いのか。


「殿下、あなたの目的はなんです」

「シルフィリア王国とフォルティオン王国の協力関係を強固なものにしたい。そして竜の祝福で人々を飢えから救いたいと思っている」


 相手の言葉に淀みはなく、少しも揺らがない瞳は覚悟が決まりすぎている。この王子は一体何度時を遡り困難に立ち向かったのだろう。


「全て知っているのですか」


 まだ疑いを持ってしまうラザールに、アレクセイは穏やかに笑みを作った。


「貴方が教えてくれたから。納得するには時間がかかると思うが猶予は無い。どうか力を貸してくれないか」


 その言葉でラザールの心に強い衝動が湧き上がるのを感じた。

 10年ワンを育ててきたが、その間も人は大勢死んだ。信者も中には何故救ってくれないのだと嘆いて恨み言を漏らす者もいた。そのたびに自分の無力さを嘆いたものだ。

 でも己の魂が告げている。時は来たと。


「ええ、私にできることであれば何なりと」


 無意識のうちにラザールは跪き、アレクセイに向かってこうべを垂れた。


* * *


 アレクセイは自分がどうするべきかわかっていた。ワンにひと通りの事情を話すと、彼は疑いもせず「君のお願いならいくらでも」と肯定してくれた。

 ラザールも同じようにアレクセイの言葉を信じてくれたが、皆がそうではない。

 現に今は説得する難易度が最も高いといえる男を待ちながら、アレクセイは説得のための思考を巡らせていた。

 ラザールの客人としてシルフィリア王城の一角にある来賓室に通され、アレクセイはワンやラザールと共に待機していた。

 少し経つと不機嫌さと危惧で顔を歪めたエルヴィスが部下を連れて現れた。見るからに警戒している。煌びやかな空間に反して男が纏う雰囲気は暗く、重い。


「遠征から戻った途端、緊急だと呼びつけて何用だ。国の一大事であると脅されたが、世迷言であれば処罰は免れないぞ」


 圧をかける相手にアレクセイは椅子から立ち上がり、冷静に語りかけた。


「エルヴィス殿下。貴殿と話がしたく時間を頂戴した」

「君は誰だ」


 棘のある問いに揺らされぬよう、強く心を保って答える。


「フォルティオン王国第二王子、アレクセイ・ディ・アシュレイ。黄金の竜に呼ばれてここに訪れた」


 ひと息で説明すると流石のエルヴィスも驚きで口を半開きにする。次には怒りで眉間に深い皺を作った。


「とうとうラザールも敵国に寝返ったか」


 竜の相手が敵国の王子だからとラザールがフォルティオンを選んだと思ったらしい。先ほどの言葉だけならそう誤解されても仕方ないと思いつつ、言葉を続けた。


「いいや。私はシルフィリア王国と同盟を結ぶことを望んでいる。我々は争っている余裕は無いからだ」


 エルヴィスは今にも腰に下げている剣を抜きそうだ。ラザールが間に入ろうか悩む素振りを見せたが、アレクセイは視線で制した。ここで少しでも下がれば相手の疑心は確信になる。


「フォルティオン王国は今、北に隣接する国からの侵攻を受けている。相手は別の国と手を結んでいるため数が多いが、我が国の王はまるで危機感がない。自らの偏った思想に傾倒し、水源の確保だけを目標にしている」


 緊張で乾ききった舌を動かし、アレクセイは言葉を続ける。


「フォルティオンが征服されれば、次はこの国だ。フォルティオンの領地と海に挟まれたシルフィリアが不利になるのは明白だろう。平民も根絶やしにされる」

「……」


 一拍置いてからエルヴィスは嘲笑の息を漏らした。


「言いたいことはわかった。結局はフォルティオンを守るために力を貸して欲しい。盟約の期限を延ばして仲良くやりましょうってことだろう」


 剣の柄に添えられていたエルヴィスの手に力が入る。今の間合いなら踏み込めばすぐアレクセイを一刀両断できるだろう。


「だがその国王は好戦的で、君は父親の説得すらできてない。どう信じろと?」

「言葉足らずで誤解させてすまない。私は貴方の信頼を得るためのチャンスが欲しいと言いたいのだ」

「チャンスだと?」


 憎しみがこもった視線から反らさず、アレクセイは相手を真っすぐ見た。


「私は今からワンと2人で北国の侵略を終わらせて、現フォルティオン国王を玉座から引きずり降ろす」


 この返答にはエルヴィスだけでなく、後ろに控えていた部下たちも動揺を見せる。ラザールも表情を強張らせたままアレクセイの言葉を待っていた。

 アレクセイがしようとしているのは王への反逆だ。普通なら口にするだけで死罪を免れない。


「我が国の王太子はシルフィリア王国との和平を望んでいる。だから私は王太子を王にする」

「革命か」

「そうだ。ただ引き摺り下ろしてもシルフィリアとの関係を修復するのは難しい。貴族たちや国民が納得しないだろう。だからシルフィリアとの協力関係を示すため、連合騎士団を結成したい。そして私にその騎士という肩書きを与えて欲しいのだ」


 エルヴィスは僅かに視線を下げると、感情が無い言葉で呟く。


「フォルティオンとシルフィリアは竜の加護を受け、共に手を取り合いました……という能書きか。絵本の物語みたいだ」


 アレクセイが瞬きをすると、次にはエルヴィスの剣が喉元に当たっていた。団長の名に恥じない速さだ。


「ワン、動くな」


 斜め後方でワンが殺気を放っているのを感じ取り、アレクセイは声をかける。ワンならいつでもエルヴィスを失神させることも殺すことも可能だろう。だが、それでは意味がない。


「良いのか? 竜に助けてもらえるなら、そうしてもらえば良いだろう」

「私は貴方と対話をしたいだけだ」


 剣を微動だにさせないままエルヴィスは舌打ちをする。


「私を愚弄するか、第二王子。貴様の話はただの理想だ。妄想でさえある。それだけの大志と竜の力があるなら、どうして今まで行動を起こさなかった」


 刃に僅かな力が入り、アレクセイの喉に薄く赤い線が浮かび上がる。本当ならこのまま切り裂いてしまいたいのだろう。


「信じてもらえないと思うが、私も竜との関係を知ったのはごく最近なのだ。ずっと竜とは無縁だと思って生きてきた」

「そもそも王を裏切るような人間を信じられるものか。自分の都合で手のひらを返し、シルフィリアを侵略すると考えるのが普通だろう」


 緊迫した空気に周囲は動けなかった。見守っていたラザールはアレクセイを庇おうと口を開く。


「エルヴィス殿下」

「聞き入れるつもりはないぞ、ラザール。私から見れば貴様も裏切り者だ」


 跳ね除けるエルヴィスにラザールは黙る。自分が何を言っても神経を逆撫でするだけだと悟ったのだ。

 元から無謀だとわかっている。特に怒りと憎しみで染まった心をなだめることなど口下手なアレクセイには不可能だ。

 だからただひたすらに誠意を示すしかない。


「!」


 アレクセイは一歩前に出る。エルヴィスの剣はさらに皮膚を裂き、血が滴になって首筋を流れた。剣に込められた力が僅かに抜ける。

 アレクセイは鞘ごと身につけていた短剣を外し、エルヴィスに差し出した。


「何のつもりだ」

「この短剣はフォルティオン王族だけが持つことができる剣だ。王家の紋章が刻まれていて、この短剣を奪われることはすなわち王族の名誉を剥奪されるのと同じだ」


 さらに一歩前に出る。つられるようにエルヴィスは一歩後ろに下がった。


「これをエルヴィス殿に預ける」


 エルヴィスは言葉を失う。同じ王族であれば、アレクセイが行ったことが命を捧げることより重いとわかるのだ。


「正気か」

「父を裏切るのはとても心苦しい。だが私は今まで父上の言いなりになって全てを諦めていた。そのせいで父の愚行を見過ごし、兄上と兄上が大切にする人を傷つけられている事実を知らなかった。国民のためと思って誰かの命を奪う愚かさに向き合おうとしなかった」


 ワンの力で時を繰り返すまで、アレクセイは人としての生き方を諦めていた。

 逃げていたのだ。争う勇気がなく、言われたまま動くのが楽だったから。


「私は誇りを取り戻したい。今からでも人々の未来が報われるよう抗いたいんだ」


 その声に迷いはなかった。今のアレクセイは暗殺者ではなく、王子としてこの場に立っている。過去の恐怖ではなく、未来への希望を抱いている。


「……」


 改めてエルヴィスの視線と交わる。アレクセイはただ信じて欲しい一心で見つめ続けた。

 数秒経ち、喉元に突きつけられていた剣が緩慢な動きで降ろされた。


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