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6回目:首の粉砕骨折

「アレクセイ様」

「リシャ。生きていたのか」


 リシャは地面に座り込んでおり、弱々しく息を吐いた。敵兵が来たのではないかと身構えていたらしい。生きていたことに安堵し、アレクセイも胸を撫で下ろした。

 リシャはワンを見ると顔に驚きの色を浮かべるも、すぐに表情を戻す。


「先ほど黄金の光が瞬くのを見ました。……あなたが竜なのですね」

「そうだよ。君はアレクセイやラザールが言ってた星読みだね」

「はい」


 念願の再会だがとても喜べる状況ではない。リシャもそれは同じらしく、興味を失ったように視線を膝へと戻した。

 アレクセイもつられてリシャの膝に乗っているものを見る。彼がいつも身につけているローブが被せられており、人の形に見える。リシャはアレクセイの疑問を悟ったらしく、躊躇う素ぶりを見せたあとローブを捲った。


「……兄上」


 リシャの膝に頭を乗せ倒れているのは兄王子のライアンだった。全身を血で染め口からも大量に吐血した跡がある。色が黒ずみ死後硬直が始まっていることから亡くなって時間が経っているのだろう。

 王だけでなく継承者の王太子まで死んでいた。兄が見せた笑顔が脳裏によぎり、アレクセイの全身が震え上がった。歯が擦れて声が上手く出せない。


「何が、あったんだ」

「ライアン様が向かわれた戦線を突破され、北国ヴァルストン王国に侵略されたのです。相手は他国と手を結び圧倒的な数で……。城もまともに機能せず、騎士や兵士の数が足りないうえに、大臣たちが保身に走り逃亡したことで統制が取れず……。王都への侵入を許し陥落しました」


 体が脱力し、アレクセイは地面に膝をついた。支えようとするワンの手をすり抜け、ライアンの元へ体を引きずる。僅かに開かれている虚ろの目を見つめて、その頬に触れた。

 冷たい。死ぬなら当然のようにアレクセイが先だと思っていた。アレクセイが王に命じられるがまま国の不利益になる者を排除し、その途中で死亡し、いずれは平和になった国をライアンが統治するのだと信じて疑ってなかった。


「ライアン様とは森でお会いしました。私は城からどうにか逃げ延び、彼も戦場から王都に向かう途中だったようで。ですが……再会した時にはもう手の施しようがなく」


 リシャの目元に雫が浮かぶ。何度も流しただろう涙のあとを辿り、地面へと落ちた。


「フォルティオン王国は滅びました」


 その一言はアレクセイの心を砕くには充分だった。視界が歪み涙が溢れ出る。


「俺のせいだ。俺がずっと現実から目を背けて逃げたから、父上も、兄上も、ラザール殿も、大勢の国民も死んだ。俺のせいだ」


 泣き言を漏らすと、アレクセイの肩を力強く掴まれた。


「まだです」


 顔を上げるとリシャが目を潤ませながらも真っ直ぐアレクセイを見つめていた。


「竜は貴方をお選びになりました。貴方はまだ何かできることがあるはずです」


 ここで諦めるなと言っている。リシャはまだアレクセイが立ち止まることを許していないのだ。


「すまない……俺のせいで」

「決して貴方のせいではありません。ですがこの時間軸を受け入れてしまえば、人々が救われる未来はきっと来ないでしょう」


 フォルティオン王国は滅び、エルヴィス率いるシルフィリア王国軍は激しい戦争を繰り広げる。争いは大陸全体に広がり、今度こそ人は滅びるだろう。


「私は無力です。アレクセイ様にすがることしかできません。それでも……お願いいたします」


 リシャの痛切な声にアレクセイの頬から雫が落ち、地面を濡らした。

 竜に選ばれた自分ができることは何だ。

 それは過去に戻ること。ワンと初めて出会ったあの日に。

 アレクセイは緩慢な動きで背後にいたワンを見る。ワンも静かにアレクセイを見つめ返した。


「行こう、アレクセイ」


 ワンはもう決意が固まっているらしい。凛とした声は脆い心を一喝し、熱を生んだ。

 アレクセイはもう一度ライアンの光が灯らない目を見つめ、意を決して立ち上がった。まだやるべきことがあるから。


「リシャ。ありがとう」


 リシャは柔らかく微笑むと再びライアンに向き合った。

 リシャはずっと兄の亡骸を抱きしめ続けていたのだろうか。優しく撫でる手つきは心から愛しいと思う相手にするものだった。


「やはり、兄上のことを……」


 最後まで言い切らずアレクセイはリシャを見る。


「はい。最期にお心を確かめることができました。私はそれだけで充分です」


 ライアンとリシャは互いに特別な想いを寄せていた。そうだろうと思っていたし、特に驚かない。

 ライアンがリシャを紹介した時の幸せそうな表情は、今でも忘れられなかった。いつもアレクセイに気をつかう兄が、その時は意識のほとんどをリシャに向けていたからだ。


「王に体を許した身でお慕いするなんて、穢らわしいと思いますか。放浪する男が王太子に想いを寄せていたなんて……気持ち悪いと思いますか」


 リシャは自虐の言葉で問うが、アレクセイは首を横に振った。


「いいや、リシャは兄上が選んだ人だ。父上がむやみに自由を奪ったのだから貴方に罪はない」

「……ありがとうございます」


 リシャはライアンの硬くなった体に顔を埋めた。

 残りの時間は2人きりで過ごさせるべきだ。アレクセイは黙ったままワンの手を取り、その場を去った。


「……」


 しばらくあてもなく歩き続けると、ふとワンが足を止めた。


「アレクセイ。俺を討って過去に戻るんだ」


 わかっていた言葉だが、ワン本人から伝えられると心が苦しい。

 実際リシャと別れてからすぐそうするべきだったが、簡単に行動に移せるほどもうワンを他人だと思えなかった。

 何よりワンを殺す罪は繰り返すたびに重く心にのし掛かり、決断を鈍らせてしまう。アレクセイは嘲笑する。自分は本当に弱い人間だ。


「次はきっと上手くいくよ。課題がいっぱいで大変だと思うけどさ、アレクセイなら大丈夫だよ」


 ワンは死を恐れていないのか明るい口調で話す。


「君の心はもう自由だ。繰り返す輪転の中で君は確かに変わっていく。俺の中にある竜の力も君が呼び起こしてくれた。だから大丈夫」


 だが何でもないように話されるのは、今のアレクセイには苦しい。


「また俺を忘れるんだろう。口付けしたことも、サンドイッチを食べたことも忘れたくせに」

「うん。でも何度無かったことになっても俺は君が大好きだ」


 力がこもらないアレクセイの手を、ワンは労わる手つきで握る。ワンはどんな時も、どんな状況でも味方になってくれる。その献身さに恐怖心を抱いたことはあるけれど、彼は嘘偽りのない愛を一身に注いでくれているだけだとわかる。

 これだけアレクセイを真っ直ぐに愛してくれる人は、他にいないだろう。


「ワン、お前に伝えたいことがある」


 アレクセイはワンの手を握り返すと、自分の方に寄せて額を擦りつけた。


「ワンを殺せば過去に戻れるとわかっているから、どこか安堵している自分がいる。だけどワンを殺すくらいなら他に方法はないのか悩む自分もいる」


 これは懺悔だ。ワンはずっと一途なのに、アレクセイの心はいつも揺れ動いている。そのことに罪悪感を抱いていた。

 自分にワンの愛に応える資格はあるのだろうか。そう思っていた。


「俺を愚かだと思うだろう。だけどお前が誰よりも恋しいんだ」


 言い切ると、今度はワンに強く手を引かれて抱きしめられた。


「アレクセイ、それは俺たちが同じ気持ちってことでいい? あの星読みと君のお兄さんみたいに」

「多分」

「わあ、それは嬉しいな」


 素直な反応が少しおかしくて、アレクセイは笑みをこぼした。何事も悩み過ぎるアレクセイには、このくらい軽い調子の相手が良いのだろう。


「必ず迎えに行く。あの満月の夜に」


 アレクセイはワンを抱きしめる。


「うん、待ってるよ」


 ワンももう一度力強く抱きしめ返した。


(あたたかい)


 安堵を与えるぬくもりを感じながらアレクセイは愛しい相手の首に手を添えて……素早く、力強く。


 骨を折った。


* * *


 とても静かな夜だ。見張りがいない塔は不快さがなく、生まれてから最も穏やかな環境で過ごせている。木造りの椅子に浅く腰掛けて、ワンは何度目かわからないため息を吐いた。

 ワンは不思議と今夜がその日だと思っていた。だから今日は1日中落ち着かなくて、時間が過ぎるのが憎らしいほど遅かった。


「どんな人だろう」


 呟いた瞬間、全身が弾け飛ぶのではないかと思うほどの衝撃が走った。耐えきれず体は床の上に崩れて、激しい痙攣で動かすこともままならない。

 自身の存在そのものが書き換えられたのだ。奥底に閉じ込められていた竜の力が溢れ出てきて、その力の大きさに器がショック状態を起こしている。


「これ、は」


 ワンの心臓が痛いくらいに跳ねる。人の造形を真似て作っただけの器官なのに、心に連動して動いているらしい。

 どうにか呼吸を整えながら体を起こし、椅子に手をつきながら立ち上がる。呼ばれたのだ。ワンの存在を確立させる魂を持つ人に。

 窓が軽い音を立てる。振り返るとそこには1人の若い男が立っていた。


「君は」


 深い森の色を反映した髪と、月夜の精霊を連想させる紫色の双眸。右の目元にはほくろがある。細身ながらも無駄がなく洗練された体つきは、生きる力強さをそのまま具現化したようだ。

 見惚れていたせいで呼吸が止まっていた。息苦しさを感じて空気を吸うと、木々の香りが肺を満たし目の前にいる人物の妖艶さを際立たせる。

 彼は陶器のように硬い表情を弛緩させると、柔らかな唇を動かしワンに語りかけた。


「俺はアレクセイ・ディ・アシュレイ。お前の番だ」


 アレクセイ。その名前が不思議なくらい心に沁みた。長い間待ちわびたその人なのだと心が告げている。

 そうだ、彼だ。彼が自分に生命を与えてくれた人だ。

 生きる意味と希望を与えてくれた、自分にとってかけがえのない光。


「来てくれたんだね。俺の運命の人」


 近づいたアレクセイの両手がワンの頬に添えられる。引き寄せられる力に身を任せ、ワンはアレクセイに口付けをした。

 とても甘美で、形容し難いほどの幸福がそこにあった。

これで4章はおしまいです。ここまで読んでくださった方、感謝千万です。

次は幕間が入り、第5章へと続きます。

アレクセイとワンの物語もクライマックスに向かってます。ここからがアレクセイの頑張りどころ。

ワンも竜の姿でお手伝いしてくれます。よければ続きも。

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