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実績:母国滅亡

「なんだって」


 ワンの反応にエルヴィスは嘲笑の形に口を湾曲させる。


「部下が私を想い単独で暗殺したのだ。私が竜の力を利用したラザールに命を脅かされたと考えたらしくな。まったく……まだ時ではないというのにな?」


 言葉尻からいずれは殺す予定だったのだろう。だが今日殺されたのはワンのせいだと言いたげな反応だ。


「それとは別にラザール亡き今、裏切り者の体制が崩れた機会を私は逃すつもりは無い」


 だからこそワンやアレクセイを始末しに来たのだ。アレクセイは背中に汗が伝うのを感じながら口を開いた。


「シルフィリア国王の意思はなんと。ラザール殿も貴殿も王の命には逆らえないはずだ。それとも革命のつもりか?」

「父上は療養中のため私が臨時で指揮を取っているんだ。王子であるのだから文句のつけようはあるまいな?」


 ワンの所在を調べる際に聞いたことがある。王の第一子として生まれた側室の子は剣の才能に恵まれ騎士団に所属していると。

 この国の王妃は長年子に恵まれず、エルヴィスが誕生した翌年にやっと懐妊した。つまり兄弟の中でエルヴィスが最も歳を重ねており、力もある。だからここまで自信に満ち溢れているのだ。


「このまま聖竜教一派を潰す。そして民衆の心をまとめて私は新たな王となる」

「だから竜は邪魔だってこと?」


 ワンの問いにエルヴィスは忌々しげに舌打ちをする。


「当然だ、奇跡は信じない。人の手で人の世を守らねば未来はない」

「だがこのままでは大陸中で戦争が起きる。今度こそ誰もいなくなるまで殺しあうことになる!」

「ならそこの竜に祈れと?」


 アレクセイの訴えを呆気なく跳ね除ける。エルヴィスの目には深い怒りや怨みがこもっていて、それらはワンに向けられていた。


「そいつが来て10年。10年で何人死んだと思う。シルフィリア王国には水源がある。だが飢えや災害、疫病で大勢の国民が苦しみながら死んでいった」


 その言葉には言い表し難いほどの重みがあった。

 エルヴィスだって人々を守りたいのだ。多くの人が苦しみ亡くなる姿を見てきて何度も絶望したのだろう。一片の希望も宿らない顔は死人のようだった。


「竜は助けに来ない。ただの妄想だ」


 断言する声には長年の恨みが込められている。


(そうか、みんな欲しい未来は同じはずだ)


 ラザールは人々を苦しみから解放したくて未来を見続けていた。ワンとアレクセイが出会うのを信じて、託そうとしていた。

 もし竜の祝福で苦しみから解放されるとしたら。アレクセイがもっと早くワンに出会っていれば、どれだけの命を救えたのだろうか。

 全てが遅くて、だからこそエルヴィスのような実直な人間は絶望してしまうのだ。


「それでも……こんなのは間違っている」


 掠れた声で紡ぐアレクセイの言葉はもう相手に届かない。エルヴィスは剣の柄に手をかけた。


「怪我人に手を出すのは騎士道に反するが、竜に心酔する愚者はもはや人ではない」


 自分は今までどれだけ狭い世界で生きてきたのだろう。ラザールもこの男も間違っていない。後悔だけがアレクセイの心を蝕んでいくが、どうしようもなかった。

 つい最近まで竜が現実にいることすら知らず、父の傀儡として生きてきた自分に何ができたというのだろう。


「アレクセイ」


 耳鳴りする頭にワンの声が響いた。


「──っ」


 反射的にアレクセイはワンの腕を掴み窓へと駆ける。

 今ここで無駄死にするわけにはいかない。諦めるくらいなら最後まで足掻きたい。

 ラザールは最後まで人々の未来を想い心を痛めていた。アレクセイだって王の子だ。勝手に諦めて今を必死に生きる民を見殺しにしたくなどない。


「逃すか……うわ!」


 追おうとしたエルヴィスにシエルが飛びかかり、その腕に噛みついた。


「シエル!」


 目の端に映った姿に思わず振り向く。元々護衛用に訓練されているのか、エルヴィスが払おうとしてもシエルは器用に体勢を変え牙をのめり込ませた。

 だがこのままではシエルが。悩むアレクセイの体にワンの細い腕が回る。

 背後から照らされる黄金の光。己を抱きしめる腕は瞬時に鱗で覆われ、力強く上へと引いた。

 全身を打つ風と破られる窓の衝撃と共に体が宙へと放り投げられる。


【俺の背に掴まって】


 下から聞こえる声に従い無我夢中になって手を伸ばすと、硬い鱗の冷たさを感じる。次には全身が鱗に押しつけられ上へ上へと持ち上げられた。

 忙しなく揺れる視界が安定した時、アレクセイは黄金の竜の首にしがみついていることに気づいた。

 背後を見るとすでに塔が小さくなっており、壊れた窓からエルヴィスが憎しみの眼差しを向けていることがわかる。そのまま遠くなって見えなくなった。

 シルフィリア王国はすぐにでもフォルティオンに攻め込もうとするだろう。

城が壊れ王を失い、体制が整いきっていないだろう母国に一刻も早く伝えなければならない。


「ワン、俺の国まで頼めるか」


 竜は1回吠えると力強く羽ばたき始めた。

 遠くに夜明けを告げる光が差し込みはじめ、空を淡く照らしていた。


* * *


「これは……」


 数日ぶりに戻ったフォルティオンの王城は陥落していた。ただでさえ半壊して酷い状態だったのに、空から見下ろした城は外から攻め込まれて地獄絵図と化していた。

 もはや闘いになっておらず、フォルティオンの兵も市民達も一方的に虐殺され死体を晒していた。数少ない生き残りもすぐに命を刈り取られている。

 アレクセイは胃から込み上げてきた物に気づき反射的に口を手で覆う。こんなのあまりにも残酷だ。

 今から自分が介入しても状況が変わることはないだろう。王都も各地で煙が上がり壊滅状態だった。至るところで旗をあげているがそれはシルフィリア王国のものではなかった。兄王子が向かった北にある国だ。


 ワンに頼んで高度を下げてもらい観察を続ける。

 広場には大勢の死体で作られた山が燃やされており、生首を塀に並べて弄んだ跡も目に入った。道は内臓をぶちまけた死体と血で埋まっている。

 冷や汗が止まらなかった。煙に混じった油が肌にまとわりついて悍ましい。

 アレクセイがワンに助けを求めたせいで、城が壊れ父が死んだ。国を守るどころか、侵攻を手助けして滅ぼしてしまった。その事実が痛いほどに刺さってアレクセイは無意識に震える手で首を掻きむしった。

 どうして全て悪い方へと転がってしまうのだ。

 罪悪感で押し潰されそうになる間もワンは飛行を続け高度を下げた。するとワンに気づいた北国の兵士たちが驚愕した顔でこちらを指差していた。やはり敵国も竜は初めて見るのだろう。弓を構える兵士たちを見てアレクセイは咄嗟に呼びかける。


「ワン、何をしているんだ。逃げろ!」


 ワンは力強く羽ばたき急降下すると、風圧で兵士たちを吹き飛ばした。


「ぐああっ!」


 飛ばされた兵士たちの体は勢いよく建物や瓦礫に叩きつけられ、地面に伏したままだった。生きているかわからない。


「お前……うっ!」


 今度は急上昇を始め体全身に強い圧力がかかる。アレクセイの腕力でなければ落ちていたかもしれない。馬のように鞍や手綱があればもっと楽なのだろう。

 遠くなる地面を横目で見ると、先ほどの兵士達がいた道の近くの家屋から、子どもが顔を覗かせるのが見えた。ワンは生き残りがいるのに気づき、兵士を蹴散らせたのだ。例えそれがその場しのぎでしかないとわかっていても。


「……」


 呼吸が苦しい。心拍が上がって激しい耳鳴りに襲われる。その間もワンは飛び続け、再び王都が小さくなると眼前に深い緑が広がっていった。


「……ワン、一旦降りよう」


 喉奥から絞り出した声に反応し、ワンは地面へと体を傾ける。

 森に降り立つと、ワンが強い光を発する。途端にアレクセイを乗せていた形が失われ、そのままアレクセイの体は地面へと落ちていく。


「わっ」


 受け身を取ろうとする前に、人の姿になったワンがアレクセイを受け止めた。そのまま横抱きに抱えなおすと、様子を窺うように視線を交える。


「大丈夫……ではないよね」

「……ああ」


 相手が言ってるのは怪我のことだけではなく、先ほどの王都の光景も含まれている。


「ワン、降ろしてくれ」

「嫌だ」

「お前は体が常人以上に強いわけじゃない」

「……俺だって君を抱えることくらいはできる」


 アレクセイを抱きしめる腕に力がこもる。ワンも恐らくアレクセイと同じ気持ちなのだろう。

 ただ生きたいだけなのに。大切な人を守りたいだけなのに。

 少しの間、深い森を進み続けると前方の茂みから音が聞こえてきた。アレクセイはワンの腕を叩き下ろしてもらうと、警戒しながら気配を探る。


「誰……ですか」


 聞き覚えのある声にアレクセイはすぐさま茂みを掻き分け、相手の姿を目で捉えた。身を隠していた人物は全身に擦り傷や軽い火傷を負っていたが、大事には至っていないようだ。

 相手は黒い髪を揺らし灰色の目を大きく見開いた。


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