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竜の祝福と消えた人

「ワン、すまなかった」


 ひとしきり笑って落ち着いた頃、アレクセイは始めに謝罪を口にした。


「疑心暗鬼になってお前の気持ちを無下にしてしまった。許されることではないとわかっている」


 頭を下げるアレクセイにワンは慌てて顔を上げさせようと頬に手を添えた。恐る恐る見上げると、ワンは眉を落としていた。


「殿下、どうせ悪いのはワンです。謝罪する必要はありませんぞ」


 何も事情を知らないはずのラザールは何故か断言する。ワンは不服そうにそちらを睨むが、ラザールは少しも怯まない。


「失礼な男だ。君に文句を言われる筋合いはない」


 ワンの反論に相手は鼻で笑う。


「ハッ。お前はどうせ彼の気持ちを考えずに一方的に愛を囁き優しくしてるのだろう」

「んえ」

「竜の番だとかよく理解できないまま未知の生物に執着されるなど、普通は恐ろしいものだ。お前の本来の姿だってそれだけで人を威圧していることをわかっているのか」

「あう……」

「そもそもお前は全体的に言葉足らずだ。説明も不足してる。だからお前が悪い」

「んぎ……」


 ラザールの叱りにワンは言葉にならない声しか返せない。ここまで言われっぱなしになるのは意外だ。アレクセイと一緒にいる時はとにかくワンが主導権を握ってアプローチをしてきた。バツが悪そうなワンを見て微笑ましく感じた。


「ラザール殿はワンを実の息子のように叱るのだな」


 この2人は種族が異なるはずなのに親子のようだ。


「まあ……いくら神聖な生物といえど小僧ですからな」


 ラザールは信者とはいえ元は漁師の家に生まれた平民だと聞いている。家族に対する情や絆を人一倍大切にしているのかもしれない。


「竜に親はいない」

「お前1匹じゃ人の世に留まることもできないだろう。引きこもりが」


 口では勝てないのがよっぽど悔しいのかワンは眉間の皺を深くするばかりだった。


「ですが殿下。ワンもワンなりに悩んでいるのですよ。先ほど殿下の心に寄り添うにはどうすればいいか教えろと私をたずねてきたのです」

「ラザール!」


 ワンはらしくなく羞恥で顔を赤めながら声を荒らげる。


(まさか俺が泣いたことを気にして……)


 ワンが去ったのは先ほどの口論で気を悪くしたからではなく、アレクセイを気遣い自分にできることを探すためだったのだ。事実に気づくとアレクセイもつられて顔が赤くなり、思わず口元を手で覆った。


 ああ、なんだ。

 竜だって心を持つ生き物じゃないか。


 アレクセイの中にあったモヤがひとつ晴れるのを感じた。おとぎ話の存在で人とはまるで違う生き物に心の底で恐怖を感じていた。

 だけどワンはこんなにも人のように悩み、考え、寄り添ってくれる。

 きっとワンはワン自身の気持ちでアレクセイを選んでくれたのかもしれない。アレクセイを好きになってくれたのかもしれない。そんな期待に密かに心を励まされた。


「ワン」

「んえ?」


 もう一度ワンの手を握る。今度は視線を逸さなかった。


「俺を助けてくれてありがとう」


 これが正直な気持ちだ。誰も味方がいない暗くて冷たい世界から連れ出してくれたのはワンだ。どれだけ罪や業を背負ったとしても、この感謝の気持ちだけは嘘じゃない。


「殿下はお優しいですな」


 そう話すラザールの声は穏やかさの裏に憐れみが含まれている。アレクセイは真意を問う視線を向けた。


「話は変わりますが、殿下は竜聖教の成り立ちをご存知ですかな」

「いや」

「シルフィリア王国にも300年前竜に連れて行かれた人がいるのです」

「え」


 初耳だ。フォルティオンにある歴史書にはそのような記載はなかった。


「まあ……厳密にはシルフィリア王国ができる前の小さな国ですが。そして連れていかれた人物は竜聖教創始者の姉だったそうです」


 シルフィリア王国は1番竜への信仰が厚い国だ。今まで理由を知らなかったが、過去にワンと同じ竜が現れたとすれば当然だと納得した。


「何故シルフィリア王国は水に恵まれているのかご存知ですかな」

「それは……水源が見つかったと」

「そう、正しくは水源が生まれたのです。彼女が連れて行かれてから」

「まさか……竜が関係しているとでも?」


 アレクセイの問いにラザールは頷いた。ワンはピンと来ていないあたり、まだ竜の記憶は完全に戻ったわけではなさそうだ。


「元々この土地は殿下の国より枯れ果てた大地だったそうです。海に面してますが真水が少なく、作物が育ちにくい。地形の関係上仕方なかったのです。ですがなんの脈絡もなく突然水源が現れ、この数百年尽きる様子がない」


 もし竜が人を連れていく代わりに恩恵として与えたとすれば凄まじい力だ。


「竜に連れていかれた女性はどのような人だったんだ」

「少数民族の者で、美しい黒髪を持ち星空で未来を見通す力を持っていたと言われています。書物では子孫に能力の一部を残したと書かれていました。……この情報を知るのは聖竜教のごく一部ですからどうかご内密に」


 その話にはどこか聞き覚えがある。

 リシャだ。故郷が無い流れ者のリシャも同じく黒髪で星を見て占う。


「それは星読みか」

「なんとご存じでしたか」

「私の国に星読みの祈祷師がいる。黒髪に灰色の目をした男です」

「生き残りがいるとは。彼らは故郷がシルフィリア王国に吸収された際に星を求めて遠くへ旅立ったと言われています。是非ともお会いしたいものです」


 祖先に竜と関わりがある者がいるなら、リシャが竜や刻印のことをを知っているのは当然だ。そして父もあれだけ竜を毛嫌いしているのに、結局竜に関わりがあるリシャに惹かれてしまっていた。皮肉なことだ。


「なおさらシルフィリア王国とフォルティオン王国を争わせるわけにはいかないな」

「確かに。その水源も今では戦いの火種になりつつあるのですが」

「フォルティオンの者として謝罪する。だがこちらも余裕がないのだ。民は飢えるばかりで子は生まれても長生きできない。どうすれば良いのか……」


 そこでアレクセイは察する。何故この男が今この話をしたのか。アレクセイはワンの方を向く。


「すまないがラザール殿と2人で話をしたい」

「俺がいちゃダメ?」

「お前に聞かれるのは……少し。心が苦しいんだ」


 アレクセイの訴えにワンは素直に応じ、ベンチから立ち上がった。


「この肉体で聴こえないくらいの距離にいるよ。遠くから様子を見るくらいは良いだろう?」

「ありがとう」


 ワンは数メートル離れた花壇まで歩き、草むらの上に腰を下ろした。シエルもついていきワンの横に行儀よく座る。背後にある白い花がワンによく似合っていて、シエルがいるのも相まって絵画を連想させる。

 改めて見ても不思議な存在だ。アレクセイは少し見つめた後、視線をラザールに戻した。


「ラザール殿は俺がワンと共に竜の世界に行くべきだと思うか。その恩恵で人の争いの元凶である……飢えを、解決できるかもしれないと」


 ラザールは静かに目を伏せる。


「……わかりませぬ。水源もただの偶然やもしれませんからな」


 優しい男だ。先ほどの憐れみの目はアレクセイに課されるだろう運命を悟ったのだ。

 アレクセイだって竜の恩恵が事実であれば、ワンと共に彼らの世界に行くべきだと思う。

 この肉体がどうなるかはわからないし、自分の意識さえどうなるかわからない。永遠に終わらない空間に閉じ込められることになるのかもしれない。想像することしかできない世界が怖くないと言えば嘘になる。


「でもワンが俺の苦しむことを望んでいるとは思えないんだ」

「ワンが怖くないのですかな」

「わからない。ワンは俺の父を殺した。だが父は俺を殺そうとしたんだ。俺が今こうしていられるのはワンのお陰だ」


 ずっとアレクセイの身を案じ、大切な宝物を守るように側にいてくれた。


「俺は……やっぱりワンが慕わしいのだと思う」


 あの温もりから離れることはできない。もう手放したくない。

 ラザールはしばし目を閉じていると、細長く息を吐き出した。


「やはり運命というわけですな」


 ラザールはアレクセイに向き直り、細い目で見つめてくる。ワンとは異なる清廉さがある面差しにアレクセイも静かに見つめ返した。


「竜聖教では人生についてある解釈をしております。生きることは、死へ向かう旅路だと」

「死へ向かう旅路?」


 アレクセイの問いにラザールはわずかに首肯する。


「この世界はどんなに望もうとも突然命を奪われてしまう。意図しない時に、意図しない要因で。ならその生き様は無意味なのでしょうか」

「それは……」

「もちろん無意味ではありません。旅はその道中での経験が宝となります。例え目的を果たせなくとも、積み重ねた出来事にこそ人の尊さがある」


 アレクセイに近づいたラザールは、アレクセイの肩に手を置き緩やかな手つきで撫でた。


「人生は死を迎えたところで旅が終わります。例え大義を果たせずとも、生きたことに価値があるのです。殿下もどうかご自分の心のままに選択してください」


 その言葉はまるでアレクセイが運命を受け入れる必要はないと語りかけているようだ。


「ラザール殿。今の貴殿の言葉は個人的なものか」

「……私は大神官として、竜に選ばれた殿下が務めを果たすことを望まなければなりません」


 ラザールの表情が僅かに曇る。


「ですが1人の人間として本心は別にあるのです」

「……感謝する」


 出会って日が浅いアレクセイを気遣うラザールは、やはり非情さを捨てきれない優しさがある。その場限りの慰めだとしても労る気持ちが痛いほど胸に染み込んだ。素直に嬉しかった。

 話の終わりを悟ったのかワンが立ち上がり、シエルと共にこちらに寄る。


「そろそろ帰ろう」


 ワンの言葉にアレクセイは素直に頷いた。


「私はもう少し残っております。殿下、どうかゆっくりお休みください」

「ラザール殿はどうするんだ」

「私は代表として話をつける必要があるので」


 恐らくエルヴィスのことだろう。自分にできることはないだろうと思い、アレクセイはワンに支えられながら中庭を出る。

 最後にラザールの方へ振り返ると、彼は静かに空を見つめていた。シエルもラザールに寄り添っていた。

 ラザールは右手を胸に当てて祈りを捧げているようだ。不思議と今まで見た中で1番印象的で、アレクセイは名残惜しさを感じながら塔へ通じる階段を降りた。

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