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戻れない道を歩いていく

 ……。


「アレクセイ」


 誰かに呼ばれた気がして振り返る。澄んだ青空に永遠と続く草原。そうか、これは夢の中だ。


「こちらへ」


 声の方向に目を向けても誰もいない。風が通り抜けるだけだ。前にもこうして誰かに話しかけられた気がする。


「お前は誰だ。ワンなのか」

「違う、でも同じ」


 低く甘い声は耳に響くたび心を穏やかにさせられる。柔らかい綿で包み込まれ、守られている気分になる。


「早く、こちらにおいで。彼も待ってる」

「お前は竜だな。どうして俺を選んだ」


 アレクセイの確信した問いに声の主はしばし沈黙する。


「彼が選ばれたから」

「ワンが? いつ、どこで。誰が」

「全ての魂と時間、場所が集まる私達の園で選ばれた」

「竜の園?」


 竜が住む場所は人の国の外にあるのではないか。竜達が集まる園が言葉の通りであるならまるで異なる次元に存在しているようだ。

 竜とはなんなのか。ワンとはなんなのか。


「彼は、あなた。私たちは魂を分けてもらい存在するの」


 疑問に答えるかのごとく声が響く。


「だから早くこちらへ来て。私達の子。アレクセイ、彼と一緒に。おいで。おいで」


 アレクセイはさらに尋ねようとした。

 だが口が開かない。手も足も動かない。

 そのまま視界に闇が広がって、アレクセイの意識は飲み込まれた。


(あ……れ)


 背中に柔らかな感触が現れる。冷たい何かがアレクセイの頬に触れ、形を確かめるように何度も往復している。

 不快ではなく、誰かの指だと脳が理解すると不思議と心が温かくなった。

 目を開くと見覚えがある空間が映った。牢獄とは異なり温かくて心地良い。ベッドで寝かされていることに気づき、処刑を免れたのか疑問に思う。


「おはよう」


 聞こえた方へ顔を向けると、今度は声の主が見えた。ワンだ。

 ワンはアレクセイに触れていた手を止めて緩く微笑んだ。


「わ、ん?」


 そうだ、ここは塔の中だ。ワンに抱きしめられながら夜を明かしたあの場所に、どうして戻っているのだろう。


「怪我は大丈夫? まだ痛いよね」


 ワンの手がアレクセイの額に触れる。冷たくて気持ちよく、目を細めながらぼうっと相手の顔を眺めた。


「城、は」

「ごめん、今どうなってるかわからない。でもアレクセイを助けるときにいっぱい壊しちゃったから、大変なことになってると思う」


 そうだ、城は半壊していた。父は炭になっていた。


「ワン、お前……!」


 飛び起きる勢いで上半身を起こしたが、激しい眩暈に襲われてフラつく。

ワンに支えられながら再びベッドに沈むことになり、不甲斐なさに歯痒く思った。


「アレクセイに呼ばれて行かなきゃと思ってさ。そしたら竜になれたんだ。飛び方もすぐわかった。アレクセイの声が大きくなって、助けてって言葉が聞こえて。そのまま夢中で」

「俺の声、聞こえたのか」


 ワンは力無く笑い、アレクセイの手を握る。


「間に合って、良かった。生きててくれて良かった」


 ワンの言葉に気づけば頬に熱いものが流れていて、涙だとわかった。

 ああ、嫌だな。自分は泣いてばかりだ。でもこんなに安心する涙は初めてで、心にピンと張っていた糸が優しく弛められるのがわかった。


 いつからこんなに心を許すようになったのだろう。散々傷つけておいて、命を奪っておいて。自分がワンに愛される資格など無いとわかっているのに、それでも甘えてしまう。

 一方で城のことも気がかりだ。被害は? リシャや他の人達はどうなった?

 自分をきっかけに引き起こした事実は冷静になればなるほどマズいとわかる。これからどうすればいいのだろう。

 木造りの扉が開く音がして視線を向ける。ワンが反応の示さないあたり危険な相手では無いのだろう。


「わふっ」


 入ってきたのは大型の犬だ。首輪をしているから飼われているのだろう。薄茶の短い毛に人懐っこく丸い目はそれだけで愛らしい。


「あの子は」

「ラザールの相棒のシエルだ」


 ちゃかちゃか軽い音を立ててこちらに寄る犬ことシエルは、ワンの足に頭を擦り寄せ尻尾を振る。続いて扉が開く音がして、1人の男が姿を現した。


「ああ、そのままで」


 起きあがろうとしたアレクセイを手で制して、男が近づいてくる。くるぶしまで届くゆったりとした衣は白く、青い肩衣には白銀色で紋様が精密に描かれている。身なりから聖職者であることがわかり、それもかなり位は上だろうと察せる。


「初めまして、ラザールと申します。王都にある神殿の大神官をしております」


 彼がワンを人の国に運んだ人。想像より気さくな雰囲気に毒気を抜かれる。ワンの朗らかさは彼の影響を受けているのかもしれない。


「お初にお目にかかる。私はフォルティオン国王の第二子、アレクセイ・ディ・アシュレイだ」


 アレクセイの名乗りにラザールは目を見開き、次には額に手の甲を当てて小さく息を吐いた。


「まさか王子、それも膠着状態にある隣国の方とは。半ば拉致される形で連れてこられたのでは?」

「いや、むしろ助けられた。それに王子といっても母の身分が低く継承権はない」

「そちらも色々と事情があるようですな」


 流石大神官というか、肝がすわっている。常に神経を張り詰めている父や嫌悪を隠さない大臣ばかり相手にしているせいか、仕事関係なく対等に会話をしてくれる大人は新鮮だった。


「ラザール大神官。あなたはワンについてどこまで知っている」

「おや、目覚めたばかりなのに気が早い」


 ラザールは軽快な口調で指摘すると、一息入れて真剣な表情に変わった。


「竜の生態は未知数です。彼らは人とは異なる時空を生きている」


 異なる時空。思い当たる記憶がある。


(全ての魂と、時間と、場所が集まる所)


 考え込むアレクセイの手に力が入る。


「夢で見たんだ。ワンの仲間は俺をそこに導きたいらしい。魂を分けてもらっていると言っていた。あれはどういうことだ」


 ラザールはワンを一瞥するが、ワンは気にせずシエルの体を両手で掻き回している。思うところがあるのか悩む素振りを見せた後、ラザールは口を開いた。


「ワンから聞いたことがあります。人は母体から生まれますが、竜には生殖機能が無く、魂を他に依存しないと生きられないそうです。我々の知る生物とは条件が異なる」


 他者の魂を分けてもらって存在する。それが竜。


「ワンが竜になれたのは、俺がワンを求めたからなのか」

「その証が貴方様に刻まれております」


 力が入らない手で心臓がある辺りをさする。不安を隠せず表情を暗くしていると、ラザールは場を和ませるように微笑んだ。


「とにかく貴方は休まれた方が良い。ワンから時の輪転の話も聞いております。この先どうするかは回復してからにしましょう」

「だが時は急を要するのだろう」

「ただでさえ貴方は骨をやられて発熱しているのです。こじらせたら大変ですぞ」


 そういえばさっきから体が怠い。全身が熱に浮かされて鈍くなっている。

 普段は骨を折ってもここまで酷い熱は出なかった。恐らく心労も重なっているのかもしれない。


「おやすみ、アレクセイ」


 ワンが手のひらでアレクセイの目元を覆う。暗闇になった途端眠気がやってきて、そのまま意識が落ちた。

これで3章はおしまいです。ここまで読んでいただきありがとうございました。

4章はアレクセイの過去と、ワンとのささやかなイチャイチャが見られます。お時間があればぜひ。

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