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実績:反逆者アレクセイ

「この刻印は」


 ここに戻るまで3日ほどかかったが、その間着替えも入浴もしていないし、水辺で体を拭った時は薄暗かったので肌の様子など気にもかけていなかった。


「やはり……星の導きは間違えていませんでした」


 リシャの声は震えている。


「私の祖先から代々受け継がれている言い伝えがあります。これは竜の刻印です」

「なんで」

「私は一族の使命を負う者として伝えねばなりません」


 リシャは含みのある言い方で呟くと、覚悟を決めたのか真っ直ぐアレクセイを見た。


「この刻印は竜と繋がっています。殿下、あなたは竜に選ばれたのです」

「俺が、竜に?」


 リシャの言葉に迷いは無い。

 ワンがやたら自分に好意的だったことを思い出す。この刻印が輪転の記憶がないワンを引き寄せていたのかもしれない。はだけた服を直すも、上着を拾う手に上手く力が入らなかった。


「アレクセイ様。あなたが人々の命運を担っています」


 動揺するアレクセイの肩をリシャが力強く握る。覚悟を決めろと悟らせる動きだ。


「なんで、なんで俺が。俺は竜に選ばれる理由なんて。そもそもお前は何者だ」

「私の祖先は竜と繋がりがあります。そして子孫である私は来たる日に選ばれし人を竜に導く役目を負っているのです」

「導く、役目?」

「私がこの国に来たのもそのためです。ですが実際に目にするまで半信半疑でした。それくらい昔からの言い伝えだったので……」


 それでもリシャは使命を果たすため父王に竜の存在を明かし、アレクセイに助言をしたのだ。アレクセイを竜に会わせるために。 


「今すぐここを離れましょう。王の耳に入ると大変です。この部屋には隠し通路があるので……」


 リシャの言葉を遮るように扉が乱暴に開けられる。アレクセイが身構える前に何人もの近衛兵が侵入し、2人を取り囲んだ。後ずさるリシャを庇い前に立つと、兵士達は警戒して剣を向けてくる。


「動くな」


 奥から父王が現れ、忌々しそうにアレクセイを見据えた。その姿に思わず身震いをする。今まで見たことがないほど、父の表情は怒りに満ちていた。


「アレクセイ。お前には竜の討伐を命じたはずだ」

「父上、これには訳が」


 杖をつきながら近寄った父王は、その杖でアレクセイの頬を殴った。


「うっ!」


 鈍い音と共に衝撃と血の味が口内に広がる。倒れることは無かったが、2、3歩よろけ床に唾液混じりの血が散った。


「まさか竜に魂を売り渡すとはな。所詮汚れた血に期待しても無駄だということか」

「陛下、どうして」


 震える声を絞り出すリシャに、父は鼻で笑う。


「リシャ。お前が星読みで竜の名を出してから、妙に態度がおかしくなったな。四六時中監視をつけていたのだ。お前の行動は全て把握している」


 隠密に慣れているアレクセイだったがリシャに監視があることに気づかなかった。おそらく同じ王直属の暗殺者、影渡りがついていたのだろう。気配を消すのが異様に上手い男が1人いたと記憶している。


「そんな……」

「お前の役目は何だ? 誰の所有物か忘れたのか」

「……私の身も心も陛下の物でございます」


 リシャは体を震わせながらこうべを垂れる。しかし小さく自身の肩を抱くようにして怯える様は、地位の違いによる恐怖からくるものではない。

 アレクセイには見覚えがあった。奴隷商売を行う大商人を討った時、侍らされていた少女達が同じように己の身を抱きしめながら涙を流していた。それは商人が少女達に暴行を加えようとしていた時だった。

 彼女達の悲鳴を聞いて、タイミングが悪いとわかっていながらも乗り込み刃を振るったのだ。

 兄王子と並んで柔らかく笑っていたリシャ。今では痩せて顔色も悪く、病人のようだった。全身を覆うローブの下も、どうなっているかわからない。

 嫌な予感がする。信じたくなかった。だけど聞かずにはいられなかった。


「父上、あなたはリシャに何をしたのですか」


 リシャが小さく息を呑む。対して父は眉ひとつ動かす様子がない。


「お前には関係のないことだ」


 否定しないというのは肯定と同じだ。自分の父の所業に愕然とする。


「彼は兄上が連れて来た者です。何故」

「お前に関係ないと言ったはずだ」

「父上。竜の件も、リシャのことも、あまりにもご自分だけでお決めになっている。どうか周囲の話を聞いていただきたいのです。あなただけの問題ではありません!」


 再び頬を硬いもので殴られ、痛みが駆け抜けた。咄嗟に噛み締めてなければ歯が折れていただろう。目の前に火花が散り、平衡感覚を失う。


「殿下!」


 膝をついたアレクセイにリシャが駆け寄り肩を支える。


「陛下、おやめください」

「それは反逆者だ。血が繋がっていることさえ腹立たしい」

「父……上」


 これまで一度も自分を息子として見ていないことはわかっていた。それでも今ほど向けられる視線ほど冷たくは無かった。

 もう父は自分を敵国の加担者だと思っているのだ。温情をかける理由など相手には無い。リシャは兵士に引き剥がされ、支えを失ったアレクセイの体はみっともなく崩れる。

 それでも諦めたくない。腕でかろうじて上半身を起こし、アレクセイはまっすぐ父親を見上げた。


「どうか、聞いてください。俺は……国民の未来のために」


 父は杖を振りかざすと、石突を勢いよくアレクセイの左足に落とした。鋭い痛みと鈍い音、燃えるような熱さが駆け巡り呼吸が止まる。


「うっ……ッ! 〜〜ッ!」


 予想だにしない衝撃に全身が引き攣る。汗で顔中を濡らし、歯を食いしばって叫び声を飲み込んだ。手が震えて感覚がわからない。


「地下牢に入れておけ。処遇は後ほど知らせる」


 命を聞いた兵士たちはアレクセイの怪我に構わず無理やり立ち上がらせ、連行する。動くたびに足が悲鳴をあげて思考が鈍っていく。


「待って……お待ちください! 陛下、どうか話だけでも!」

「リシャ、お前も自由にさせすぎたようだ。今後は部屋から一歩も出さない」

「アレクセイ様は我々に必要不可欠な方です! 連れて行かないで」


 リシャの悲痛な声が遠くなっていく。アレクセイの意識は濁り、薄れていった。

 最後に頭によぎったのは、塔からこちらを見る黄金の双眸だった。


 次に意識を戻した時、最初に感じたのはカビの湿った臭いだった。冷たい石畳みにうつ伏せで倒れる体は冷え切っているのに、頬と左足は未だに熱い。

 ここは城の地下にある牢屋だ。罪を犯した人々はここに閉じ込められ、与えられる罰を下されるのを待つしかない。過去の罪人達の末路を知っているアレクセイが、自分もそうなるのだと察するのは容易いことだった。

 足の骨にヒビが入っている。一切の容赦なく叩かれたのだから、折れなかっただけ幸運だろう。だが腫れた足と冷たい空間は身体を蝕み、徐々に体内から発熱を促していく。灯りの少ない空間で自分の息がやけに白く見えた。


 また失敗した。何故自分はいつも浅はかに行動してしまうのだろう。

 命令された通りに動くのは得意だった。予期しない出来事が起きても即座に対応して、必ず遂行した。

 だけど自分の意志で動くのは苦手だ。何が正しいのかわからなくて、不安になって、迂闊なことばかりしてしまう。ワンを連れ回した時だってそうだった。

 感情が先走って深く考えられなくなる。怖くなってすぐ誰かに頼ってしまう。その結果このザマだ。


(ワンならきっと笑ってくれるんだろうな)


 肉刺の無い柔らかな手がやけに恋しい。あんなに優しく触れられたことはない。

 愛おしそうに口付けされたことも、夜が明けるまで抱きしめてもらったこともなかった。すごく安心してずっとこうしていたいと思った。


(ワンに会いたい)


 魂で呼べば目覚めると言っていた。あれはどういうことだろうか。

 心の中で思い続ければ来てくれるのだろうか。

 漠然と思い巡らせていると、近くで鉄の扉が開く音がした。


「お前の処遇が決まったぞ」

「こら。一応王族相手なんだから礼儀ってものがあるだろ」


 入ってきたのは2人の兵士だ。近衛兵と比べて地位が低いのか、立ち振る舞いが粗雑に見える。王城の兵も人不足で困っていると聞いたことがあるから、傭兵あがりかもしれない。


「はっ、継承権のない忌み子だぞ」


 粗雑な口調で話す男は、アレクセイのそばにしゃがむと無遠慮に髪を鷲掴みにして無理矢理顔を覗きこんだ。無精髭に荒れた肌と、気品さの欠片も無かった。


「お前は父である国王に捨てられたんだよ。無様だな。立場をわきまえずに国を裏切るからこうなるんだ」


 ニヤニヤ笑う姿はアレクセイの様を楽しんでいるようだ。


「竜だかなんだか知らないが、王は裏切りを1番嫌われる。最後の晩餐を楽しむんだな」


 どうやら男の片手には食事があるらしい。といっても木の器が1つ手に持たれているだけ。アレクセイが器に視線を向けると、男はわざとらしく手をひっくり返し中身をぶちまけた。


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