表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

6枚目


「……おふくろ、心臓が弱いんだよ。今は入院で何とかなってるが、いつ急変してもおかしくない」


「そうだったんですね……。ドナーが見つかって、本当に良かったです」


 結鶴の声には、安堵が混じっていた。

 朱里を思っての発言に、圭吾は「ありがとな」と微笑んでいる。


「正確に言えば、まだ候補なんだ。植物状態の患者がいて、今は延命措置の最中なんだと。なかなか踏ん切りがつかなかったが、あと数週間待って目覚めなければ、措置を止めるつもりらしい」


「つまり、家族の意思決定待ちなんですね」


「その通りだけど……詳しいんだな」


 目覚めない人を待ち続ける辛さも、命を終わらせると決めた時の苦しさも。

 結鶴はよく知っていた。


 沈黙する結鶴を見て、圭吾も何かを察したらしい。

 結鶴の頭に手を乗せ、わしわしと撫でている。


「移植までは一月(ひとつき)くらいかかるそうだ。嬢ちゃんさえ良ければ、また会いにきてやってくれ。おふろくも元気が出るだろうしな」


「そうします」


 頷く結鶴を優しい目で見つめていた圭吾だが、ふとその顔に陰が落ちた。

 遠くに視線を向けた圭吾は、まるで自嘲するような笑みを浮かべている。


「家族は必死に延命措置を続けてるっていうのに、俺はおふくろのために一日でも早く決断してくれって願ってる。……酷い話だよな。救ってやる側が、救われる側に死を望まれるっていうのは……」


 理不尽なことは、この世に数えきれないほど存在している。

 それでも、僅かな希望を捨てられず、訪れるかも分からないいつかを待ち続けてきたのだろう。


 見ず知らずの誰かのために、大切な家族の一部を譲ろうと思える人たち。

 感謝こそすれ、死を望むなどあってはならないことだ。


 そう思っているのに。

 頭では分かっているのに──圭吾の心は、未だ死を望む声で溢れている。


「……そうでしょうか」


 ぽつりと聞こえた言葉に、圭吾は驚いた表情で結鶴の方を見た。


「朝になれば目が覚めて、夜が来たら眠る。そんな当たり前のような毎日でも、どこかで誰かが死んでるんです。だけど、みんなそんなこと気にもしない。……他人事だから」


 普段の結鶴からは考えられない発言だ。

 動揺する圭吾をよそに、結鶴はぽつぽつと続きを口にしていく。


「でも、自分の身近な人が死にそうになった瞬間……みんな慌てて叫ぶんです。誰か助けてって」


 どうしてこの子なの?

 なんで私がこんな目にあうの?

 幼い結鶴が、病院で何度も耳にした叫びだ。


「みんな同じなんです。大切な人のためなら、どんな犠牲を払ってでも助けたいと願ってる。だから……同じ思いで苦しむ人が一人でも減るように、ドナーになってくれた誰かがいるんです」


 ベッドで眠る母の隣で、父は声も出さずに泣いていた。

 後にも先にも、結鶴が涙を流す父を見たのは……あの時だけだった。




「おかあさんをどこへつれていくの?」


「お母さんはね、実はヒーローだったんだ。今から沢山の人を救いに行くんだよ」


 医師や看護師に運ばれていく母を、結鶴は不思議そうに見ていた。

 そんな結鶴を抱きしめた父は、母が実はヒーローで、これからお仕事に向かうのだと教えてくれた。


「おわったらもどってくる?」


「……お母さんは、ヒーローとしての功績を認められて、星へ行くことになったんだ」


「ほし?」


「そう。選ばれたヒーローだけが行ける星だよ」


 父の話が理解できず首を傾げた結鶴は、ヒーローという単語に、何となく凄そうだと目を輝かせていた。


「もうあえないの?」


「そんなことないさ。お母さんはいつでも、空から結鶴を見守っていてくれるよ」


 結鶴を抱えた父の手が震えている。

 空っぽになった病室で泣き続ける父を見て、結鶴はどこか痛いのかと心配していた。


 小さな手でおでこを撫でながら、父に教わった魔法の言葉を唱える。


「いたいのいたいのとんでけー」


 ハッとした表情で結鶴を見た父は、流れる涙を強引に拭った。

 そして、結鶴の手を握り、「小さなヒーローの誕生だ」と鼻水だらけの顔で笑いかけてくれた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ