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5枚目


「恵子という人を探しているんです。その、朱里さんが同じ名前の人を知っていると聞いて……」


「けいこ……。たしか、圭吾と名前が似てるからって、話題に出たことがあるのよね」


 覚えがあると頷く朱里を見て、結鶴が身を乗り出す。


「それって──」


「ただ、誰と話していたかがあやふやなのよ。もう少しで思い出せそうなんだけど……ごめんなさいね」


 やっぱり無理だと首を振る朱里に、圭吾が声をかけている。


「何とか思い出してやれねぇの?」


「なんとかって言うけど、気力で思い出せるなら苦労しないわよ」


 力になれるものならなっている。

 言外に込められた思いを察し、圭吾が複雑そうに口を閉じた。


「はあ。毎日あんたの顔ばっか見てると、脳が劣化するのね」


「なっ、俺はおふくろが寂しくないようにだな……!」


「どうせなら、結鶴ちゃんみたいな可愛い子に来てもらいたいわ〜」


 目の保養だし、元気が貰えそうだもの。

 そう続ける朱里に、圭吾は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「あの、私で良ければお見舞いにきます」


「え?」


「もしかしたら、通ってるうちに思い出すかもしれませんし!」


「でも、結鶴ちゃんは学生でしょ? 学校はいいの?」


 高校生の結鶴にとって、朱里の問いかけはもっともだ。

 圭吾も同調するように結鶴のことを見ている。


「……今は、休学中なんです」


「休学って、なんでまた」


 不可解そうに問いかける圭吾は、純粋に理由を知りたがっているようだった。


「お父さんが亡くなって、お祖母ちゃんの家で暮らすことになったんですけど……しばらく休養したらどうかって言われて」


「……そう」


 嘘は言っていない。

 両親がいなくなり、結鶴は担任から休養することを勧められていた。


 担任はいつでも戻って来ていいと話していたが、あと一年も寿命がない結鶴にとって、学業など二の次だったのだ。


「それじゃ、遠慮なくお願いしちゃおうかしら!」


 朱里が嬉しそうに手を合わせたことで、暗くなりかけた空気が雲散していく。

 気まずそうに頬をかいた圭吾は、結鶴の頭に軽く手を置いた。


「無理はすんなよ」


 大きくて温かい手が、結鶴に父との記憶を思い起こさせる。

 当たり前が消えるのは、いつだって突然だ。

 じんわりと残った感触が、結鶴を無性に恋しくさせた。


「日比野さーん。入りますよー」


「あら、そろそろ検査の時間だわ。それじゃあまたね、結鶴ちゃん」


 病室に入ってきた看護師は、朱里をベッドから移動させると、車椅子を押しながら出ていった。


「ったく、俺のことは無視かよ」


 そう呟く圭吾だが、目には優しさが溢れている。


「悪りぃな、おふくろが気を遣わせて」


「いえ! 元はと言えば私の都合ですし、喜んでいただけるなら一石二鳥です」


「まだ若ぇのに、偉いな」


 どこか哀愁のある笑みを浮かべた圭吾は、ビニール袋からプリンを取り出すと、結鶴に手渡してきた。


「やるよ。受付には話しておくから、次からは直接ここに来ていいぞ」


「ありがとうございます」


 もう少し残ると話す圭吾に別れを告げ、結鶴は一足先に病室を後にした。

 廊下には、時おり淡い光が漂っている。


 この光が示す方向に、死期の近い患者がいるのだろう。

 チケットの可視化によって見える光は、結鶴にとっての命綱であり、希望の光でもあった。


 しかし、病院(ここ)で見る光は、結鶴の心を段々と憂鬱にさせていく。

 自然と俯いた結鶴は、視界の端でふわりと舞う白い外装を目にした。


「……え?」


 案内役が着ていた物と同じ。

 白地に金のラインが入った外装は、とても目を惹くデザインをしている。


 咄嗟に振り返った結鶴だが、背後にそれらしき人影はない。

 けれど、見間違いで片付けるには、あまりにも鮮明な光景だった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「いらっしゃい結鶴ちゃん」


「お邪魔します」


 朱里の元に通うようになってから、すでに二週間が経っていた。

 三日に一度はお見舞いに向かい、朱里と一時間ほど話して帰る。


 初めはぎこちなかった会話も、今では長年来の友人のような盛り上がりだ。

 結鶴のために、朱里は冷蔵庫の中にお菓子やジュースを常備するようになった。


 本当は娘が欲しかったのだと話す朱里に慌てた時もあったが、圭吾はそんな結鶴を見て、むしろ機嫌が良さそうに笑っていた。


「おふくろ……っ!」


 この日も朱里の元を訪れていた結鶴は、いわゆる女子トークに花を咲かせていた。

 しかし、勢いよく飛び込んできた圭吾からただならぬ雰囲気を感じ、結鶴は緊張で口を噤んでいる。

 

「あんた、結鶴ちゃんが驚いてるでしょ。もう少し静かに入って来れないの?」


 相当焦っていたのだろう。

 朱里が(たしな)めるも、圭吾は何も言えず、ぜえぜえと息を整えている。


「……ドナーがっ……、ドナーが見つかったって……!」


「うそ……」


 呆然とした表情が、次第に歓喜を帯びていく。

 口に手を当てた朱里の目から、堪えきれない涙が零れ落ちた。


「……俺も、さっき先生と会って聞いたんだ。もうすぐ病室まで説明に来ると思う」


 顔を覆い嗚咽を漏らす朱里を見て、結鶴は静かに立ち上がった。


「私、今日はもう帰りますね」


「入口まで送ってく。おふくろは先に話を聞いててくれ」


 圭吾に連れられ、一階まで降りる。

 そのまま帰ろうとする結鶴に「ちょっと待ってろ」と声をかけた圭吾は、両手に缶を持って戻ってきた。


「驚かせて悪ぃな」


「いえ……」


 フロントの長椅子に腰掛け、渡されたココアに口をつける。

 隣でアイスコーヒーを飲む圭吾の顔には、色々な感情が浮かんでいた。


 

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