2枚目
病院まで駆けつけた祖母は、結鶴を見るなり強く抱きしめた。
無事で良かったと呟く祖母の背を、結鶴もそっと抱きしめ返す。
祖母はましろについて何も言わなかった。
結鶴が聞けば話すつもりはあったのだろうが、一切口にしない結鶴に何かを悟ったのだろう。
その後も、結鶴と祖母がましろについて話すことはなかった。
あれから二週間が経ち、退院した結鶴は、祖母の家でチケットを眺めていた。
水色に輝くチケットには、相変わらず1という数字が浮かんでいる。
もし残りの寿命が年単位でしか見れないのだとしたら、まだ一年なんて悠長なことは言ってられないだろう。
とは言え、痕跡を探すにしても、まずは恵子の居場所を掴まなければならない。
「病院に聞いたところで、教えてくれないだろうし……」
破裂しそうな頭を抱え、何とか手がかりを得ようと考え続ける。
おおよその位置さえ掴めれば、あとは見かけた痕跡を手当たり次第に辿ってみるつもりだった。
「そうだ、制服!」
あの日、恵子が着ていたのは黒いセーラー服である。
結鶴の住んでいた地域はブレザーの高校が多く、セーラー服を見かけるのは電車に乗った時くらいだった。
その上、脱線事故が起きたのは土曜日だったため、結鶴は私服で電車に乗っていた。
「土曜日でも学校に行くとしたら、部活とかかな? あとは、授業がある可能性も考えないと……」
電車が停まる駅と、その路線近くにある高校を一つ一つ確認していく。
セーラー服には似通ったデザインの物が多く、それらしい制服を見つけるたび、結鶴は高校まで直接足を運んで確かめていた。
時間だけが無常に過ぎていき、結鶴が退院してから一ヶ月が経った頃。
結鶴はとうとう、恵子が着ていたものと全く同じ制服の高校を見つけた。
「あの……!」
思いきって下校中の生徒に声をかけた結鶴は、緊張で汗ばむ手を握り込んだ。
「恵子という人を知りませんか? 二年生で、ここに通っているはずなんですけど……」
「恵子?」
訝しげな顔で結鶴を見た男子生徒は、知らないというより、悩んでいるような雰囲気だった。
「あんた、根暗女の友達?」
嘲笑まじりの声が、結鶴の耳に届く。
濃いめの化粧と巻かれた髪。
すらりと伸びた手足を見て、結鶴の脳裏に一軍女子という言葉が浮かぶ。
「やだ、アイツに友達なんていたんだ」
結鶴の頭から爪先を値踏みするように観察した女生徒は、意外だと言わんばかりの表情をしている。
「恵子さんに会いにきたんです。その……まだ学校にいますか?」
「はぁ? 友達なのに、アイツが転校したことも知らないわけ?」
「……転校?」
絶句する結鶴をつまらなさそうに一瞥すると、女生徒は興味を失った様子で背を向けた。
「声かけた私が馬鹿みたい。アイツに友達なんて、おかしいと思ったのよね」
「あ、待ってくださ──」
「しっ! ちょっとこっち来て」
初めに声をかけた生徒が、口の前に指を立てている。
静かにするよう伝えた男子生徒は、結鶴の手首を掴むと人気の少ない方に歩いていく。
「あの女には関わらない方がいい。一度目をつけられたら、壊れるまで玩具にされるぞ」
「壊れるまでって……?」
怖いもの見たさに近い感覚か。
恐る恐る問いかけた結鶴に、男子生徒はゆっくりと口を開いた。
「これまでも何人か、学校を辞めていった生徒がいるんだ。その全員が、あの女にターゲットにされてたやつらでさ。噂では、自殺未遂をした生徒もいるらしい」
「もしかして、恵子さんも……?」
恵子の転校した理由がいじめや嫌がらせによるものだとすれば、この地区はおろか、同じ県にもいない可能性が高い。
複雑な気持ちで俯く結鶴を見て、男子生徒は頬を軽く掻いている。
「どうだろうな。あいつは何ていうか……不思議なやつだったよ。どれだけ嫌がらせを受けようが、泣くことも怒ることもないんだ。もしかすると感情がないのかもって、逆に不気味がってるやつらもいたな」
そんな訳がないことを、結鶴はよく知っていた。
もし恵子に感情がなければ、あんなに必死にチケットを奪おうとすることもなかったはずだ。
「詳しいことは俺にも分からない。けど、先生たちが親の都合でって話してるのは聞いたことがある」
「そうなんですね……」
恵子が何故ああまでして生きようとしたのか。
親の都合で転校したことと、何か関係があるのだろうか。
「どうして私を助けてくれたんですか?」
結鶴と男子生徒は初対面だ。
恵子を探して訪れたのは事実だが、ここまで親切にされると裏を疑ってしまう。
「あー、まあなんだ。悪いやつには見えないし、焦ってるみたいだったからな。それにちょっとだけ、あいつと似た雰囲気を感じたから……ってなしなし! 今のなし!」
「へえ〜」
「マジで最悪……! おい、その顔やめろって!」
真っ赤な顔を隠し、男子生徒は込み上げる羞恥心に声を荒げている。
「……後悔してるんだ。あいつの力になってやれなかったこと」
顔の熱が引くと同時に、落ち着きを取り戻したようだ。
ぼそりと呟いた男子生徒の前に、結鶴はスマホを差し出した。
「あの、良ければ連絡先を交換しませんか?」
「別にいいけど」
QRコードで読み取り、連絡先を追加した。
ギターのアイコンの横には、『井塚』という文字が書かれている。
「いづか?」
「いつかだよ。こっちは、えーっと」
「ゆづるです」
二人して名前が読めない事態に、自然と顔を見合わせ吹き出す。
「アイコンの猫、可愛いな」
「……はい。……世界一だと思ってます」
親バカですねと笑みを浮かべた結鶴は、井塚にぺこりと頭を下げた。
「色々とありがとうございました。もし恵子さんに会えたら、井塚さんにも連絡しますね」
「あんまり期待せず待っとくよ」
ひらりと振られた手を最後に、井塚はその場から去っていった。