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HAVE A CAT LIFE 〜猫がくれた一年〜  作者: 十三番目


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Last ticket


「案内役さん……」


 出会った時と同じ。

 白い外装と駅員のような帽子。

 整った容貌に温かみはなく、白い手袋のはめられた手が恵子の方へと伸ばされた。


「……わざわざ迎えにでも来たんですか」


「今回は異例の事態が多かったので、直々に連れてくるよう指示が出ているんです」


 手首を掴んだ案内役に、恵子は諦めた様子で笑みを漏らしている。

 背後に現れた扉は、あの世へ向かうためのものなのだろう。


 淡々とした態度の案内役が、恵子の腕を引く。

 大人しく扉へ向かおうとした恵子は、反対側の手が握られる感覚に足を止めた。


「待ってください」


「結鶴さん、何して……」


 動揺した恵子が結鶴を見るも、結鶴の視線は案内役の方に向けられている。


「案内役さん。私まだ、恵子さんからチケットを返してもらってません」


「……は?」


 意味が分からない。

 恵子から取り出されたチケットは、間違いなく結鶴の中にある。


 混乱のあまり結鶴を凝視する恵子だったが、次いで聞こえた言葉に息を呑んでいた。


「書き換えてないんです。私の中にしまっているだけで、チケットの所有権はまだ、恵子さんのままになっているはずです」


 結鶴は金のチケットを手にしたが、青いチケットと交換することはなかった。

 もし恵子がチケットの所有権を失っていれば、その時点で命が尽きていたはずだ。


 しかし、恵子は今も生きている。

 青いチケットが消滅する寸前に交換した可能性も考えたが、それでは二人とも生きている理由の説明がつかない。


「ならチケットを渡してください。僕が書き換えます」


 案内役が差し出した手に、結鶴はチケットを置こうとしている。

 けれど、途中で方向転換したチケットは、何故か恵子の前で動きを止めた。


「あげます」


 聞き間違いかと思い、恵子が視線を上げる。


「恵子さんに、あげます」


 繰り返された言葉に、恵子は信じられないものを見るような目で結鶴を見つめた。


「最初は取り戻すつもりでした。でも、考えが変わったんです」


 朱里や圭吾、万里や老人との出会いを経て、結鶴は何度も考えるようになった。

 取り戻した先の、未来を。


「幸野さんと会って分かったんです。この人は……恵子さんを必要としてるって」


 何年も眠り続けていた結鶴の母は、安らかな顔をしていた。

 父や結鶴が傍にいても、まるでそこには居ないかのように。


 でも、病室で恵子と会った時、結鶴は幸野の指が微かに動くのを目にした。


「じゃあ、どうしてあんなこと……」


 恵子に渡すと決めていたなら、あれほど必死に追ってくることもなかったはずだ。

 最後の瞬間まで、結鶴は恵子からチケットを取り返そうと闘っていた。


「ましろがくれた時間だから」


 恵子の代わりに死ななければならないと言われた時、結鶴は死にたくないと思った。


「私が寿命を取り戻すために、ましろは時間を繋げてくれた。だからどうしても、自分の元に戻す必要があったんです」


 結鶴自身が納得するために。

 そして、奪われたのではなく──与えたのだと言えるように。


「これでやっと、譲ってあげられる」


 恵子の目から、ぽたぽたと雫が落ちていく。

 結鶴よりも優れた人間だと思っていた自分が恥ずかしい。

 恥ずかしくて、ちっぽけで。


 結鶴という存在が、どうにもならないほど眩しくて。


「……ごめんなさい」


 一度口にすると、もう駄目だった。


「結鶴さんごめんなさい……! わたし……私……っ!」

 

 何度繰り返しても足りないごめんなさいが、次から次へと溢れてくる。

 小さな子供のように泣きじゃくる恵子を、結鶴はそっと抱きしめていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 扉を通った先は、真っ白な空間だった。

 雪景色のように白い空間を、結鶴は案内役に手を引かれ進んでいく。


「……馬鹿ですね」


 言葉とは裏腹に、握る手からは優しさが伝わってくる。

 えへへと頬をかきながら、結鶴が嬉しそうな笑みを浮かべた。


「それ、何だか癖になってきますね」


「……貴女まさか、マゾなんですか?」


 引きますと言わんばかりの態度に、結鶴は慌てて手を振った。

 その拍子に外れた手を、案内役はじっと見つめている。


「あ、すみません。繋いでないと迷っちゃうんですよね?」


 手を差し出す結鶴に目を細めた案内役は、「本当に馬鹿ですね」と呟いている。


「ここから先は必要ありません。他の迎えが来ているので、迷うこともないでしょう」


「他の迎え……?」


 案内役の視線を辿り、結鶴の目が大きな扉に向けられる。

 その右下で揺れる白を映した瞬間、結鶴は脇目も振らずに駆け出していた。


「ましろ!」


 伸ばした手が、ふわふわの毛に埋もれる。

 抱き上げた結鶴のひたいに、ましろが頭を擦り付けた。


 眩しそうに微笑む案内役の前で、結鶴とましろの姿は──開いた扉の向こうへと消えていった。


 

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