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HAVE A CAT LIFE 〜猫がくれた一年〜  作者: 十三番目


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15枚目


 時の流れは無常だ。

 結鶴の三日あった寿命は、早くもあと二日となっていた。


 病棟の廊下を隅から隅まで歩いて回ったり、出会った患者に片っ端から聞いてみたり。

 心配した看護師に声をかけられたこともあったが、名前を知らないためどうしようもなかった。


 人を探していることや、結鶴がまだ高校生ということもあり、看護師は見守る程度に留めてくれているようだ。

 結鶴としても、病院に迷惑がかかるような行動は慎まなければならない。


 しかし、恵子の痕跡はおろか、手がかりさえ見つけることが出来ない状況に、結鶴の精神は削られ続けていた。

 チケットに浮かんだ2日という文字が、余計に精神を蝕んでいく。


 気がつくと、結鶴は階段下の空間に座り込んでいた。

 閑散とした場所は静まり返っており、荒んだ心を落ち着かせてくれる。


 以前、案内役に肩を貸してもらったことを思い出し、結鶴は微かに笑んだ。

 ましろがくれたチャンスを、無駄にするわけにはいかない。


 手すりを掴み起き上がった結鶴が、階段を登ろうと足をかけた時だった。


「結鶴!」


「わっ、ちょ……!」


 いきなり抱きつかれたことで、身体がふらつく。

 バランスを崩しそうになる結鶴だが、巻き付いた腕に支えられ転ぶことはなかった。

 

「……あんちゃん?」


「えへへ」


 満面の笑みを浮かべたあんが、べったりと抱きついている。

 別人かと疑うほどの変わりように、結鶴はただ固まることしか出来ない。


「ごめんね結鶴! わたし、結鶴のことを誤解してた!」


「……え?」


 唐突な謝罪に首を傾げるも、その後の言葉でさらに混乱していく。

 ぽかんとした顔の結鶴に笑みを深めたあんは、結鶴を離すと嬉しそうに話し始めた。


「上役に、あんのことを怒らないでって言ってくれたんでしょ?」


「えっと、うん。そうだね。言ったけど……」


 興奮しているせいか、あんの頬が林檎のように染まっている。


「わたしのことを庇ってくれたの、結鶴が初めてなんだ! せっかく怖い人たちから逃げられたのに、案内役の仕事は大変だし、上役は怒ると何時間もネチネチ言ってくるし。あんが怒られてても、みんな上役に逆らいたくないって無視するんだよ」


「怖い人たち?」


 あんの話に気になる部分があり、結鶴は思わず聞き返していた。


「そう。あんのことを殴ったり、タバコを押し付けてきたりする人たち。おかーさんは見てるだけで助けてくれないし、すっごく痛かったんだよね」


 不満そうに唇を尖らせるあんだが、結鶴は予想外の言葉に絶句している。


「やっと逃げられたと思ったら、今度は案内役?ってのを勧められて、よく分かんないまま始めたの」


 おそらく、怖い人たちについては、あんの生前に起きたことなのだろう。

 その後、幼くして亡くなったあんは、案内役としての仕事を始めることになったらしい。


「まあ、上役も怒ると怖いけど、あっちに比べたら全然マシだからいいんだ。それに、結鶴ももうすぐ死ぬから、わたしたちと()()になれるかもでしょ!」


 嬉々として語るあんだが、悲しそうに顔を歪める結鶴を見て、心配そうに眉を下げている。


「どうしたの? 泣かないで結鶴」


 あんのかつての境遇も、結鶴が死ぬことを純粋に喜んでいる無垢さも、結鶴の寿命がもうすぐ尽きる事実も。

 全てが混じり合って、涙が零れてくる。


「結鶴は……死にたくないの?」


 無言で泣き続ける結鶴の頬を、あんは外装の袖でぐいぐいと拭っていく。

 そんなあんの姿がいじらしくて、結鶴はあんの身体を優しく抱きしめていた。


 結鶴の温もりに包まれ、あんが目を閉じる。

 残念な気持ちはあるものの、今のあんにとっては、結鶴が悲しむことの方が辛く感じられた。


「もし、結鶴が死にたくないなら……方法はあるよ」


 動揺した結鶴から、浅い呼吸が漏れていく。

 腰に腕を回しながら、あんは知りたいかと上目遣いで結鶴の瞳を見つめた。


「……教えたら、案内役さんに怒られちゃうんじゃ……」


「その時は、また結鶴が庇ってくれるでしょ?」


 きらきらと目を輝かせるあんに、結鶴が苦笑した。

 あんの吊り上がった目が、きゅっと細まり糸になる。

 こうして笑っていると、小狐のようにあどけない姿だ。


「そもそも、寿命の譲渡について教えるのはルール違反じゃないんだよ。深入りするなってルールはあるけど、上役だって結鶴と会ってるし、わたしも結鶴に会ったっていーでしょ」


 子供のような理論に、結鶴の表情が緩んでいく。


「どうして譲渡には規則がないの?」


「チケットを持ってる自覚がないから、意味がないんだよ。たまーに死の間際で見えるようになる人間もいるけど、それだってやり方を知らなければ意味がないことでしょ?」


 あんの言う通り、ライフチケットを所有する人間には自覚がない。

 万里のように見えるものが現れたとして、だからどうなるという訳でもないのだ。


「それに、寿命のやり取りは、チケットを直接触れさせる必要がある。結鶴はチケットを取り出せるから、譲渡した時と逆のやり方をすればいいんだよ」


「逆……?」


 嫌な予感に顔が強張る結鶴には気づかず、あんは名案だと言わんばかりの様子をしている。


「他の人間のチケットを取り出して、結鶴のチケットに寿命を移動させるってこと!」


 

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