そこそこ死にたい俺と君
人生を諦める。
そう決めた俺は手持ちの現金を全てポケットに入れ、外に出て、バスに乗り、今は電車に乗っている。
家を出た時は上っていた太陽も落ち始め、電車の窓からオレンジの光が入ってきた。
何故、死ぬためにこんなことをしているのか自分でもよく分からないが、とにかく遠くへ、遠くへ行きたかった。
「終電です」
「あっ」
いつの間にか眠っていたらしい。
「すいません」
そう言って、電車から降りた。
ん~。軽く伸びをして、周りを見渡す。外はもう真っ暗でほぼ何も見えないが、遠くに山があるのは見える。死ぬなら高いところか。そう思い、遠くの山に向かって歩き始めた。
下を向きながら歩き、たまに前を向いて、山が近づいているのを確認して、また下を向く。
そうしているうちに、山のふもとについた。どこから入ろうかなと周りを見ると、一つの家が目に入った。その家に明かりはついてなく、暗くてよく見えないがボロいだろうというのは分かった。
なんとなく、その家に近づいてみると人の気配がした。
人がいたのかよと思い、逃げるように引き返そうとした瞬間、
ギチギチ
「うぅうう」
木がきしむ音と、苦しいのを我慢するような声が聞こえ、とっさに声の方へ走った。
そこにいたのは綺麗な女の人だった。だが、普通ではないのは木に縄を結び、その縄で首を吊っていることだろう。
彼女はバタバタと足をばたつかせ、必死に首の縄をほどこうとしていた。
助けなくては、そう思い彼女に近づこうとした時、
バキッ!!
「うっ!」
「あっ」
彼女を吊るしていた木が折れ、それと同時に彼女と目が合った。
ドン!
「いっ!」
盛大にしりもちをついた彼女は、その場にうずくまりしくしくと泣き出した。
「あの、大丈夫?」
そう声をかけるも、彼女は無視して泣き続ける。
俺はそれ以上何を言えばいいのかわからず、ただただ、彼女の泣く姿を見ていた。
「いつまで見てんのよ!」
体感十分ほど泣いていた彼女が急に怒鳴ってきた。
「え? あ、ごめん」
あまりに急なことについ謝ってしまった。
「どっかいけ!」
「あ、はい」
怖い。そう思い彼女に背を向け歩き出した。
ゴソゴソ
ん? 物音に振り返ると、彼女は折れた木から縄を外し、違う木に結びなおしていた。
「ちょ、ちょっと」
つい声をかけてしまった。
彼女はこちらを一瞬見たが、無視して縄を結び続ける。
「ま、待てよ」
俺は彼女に近づき、縄を奪い取った。
「何すんのよ!」
パチン!
「痛っ」
頬に強烈な平手打ちをくらった。
「返せ!」
彼女は俺が持つ縄を奪え返そうとする。
「やめろよ」
俺も取られまいと必死に抵抗する。
「おい、やめ」
「返せよ!」
もみくちゃになりながら攻防は続いた。
最初の内は俺も、彼女が死ぬのを止めなくてはと思っていたが、途中から意地になり、縄を持って逃げ回ったり、縄を綱引きのようにして引っ張り合ったり、とにかく本気で縄を奪い合った。
「はぁはぁ」
「はぁはぁ」
時間を忘れて、縄を奪い合ったが、さすがに体力の限界が来た。
「ちょっと休憩しない?」
俺がそういうと、
「そうね」
彼女も賛同してくれた。
「おいしょ」
俺は彼女が死のうとした木を背もたれに座った。
「あなた、よくそこに座れるわね」
そういいながら、彼女も木を挟んで俺の反対側に座った。
「疲れたな」
彼女に言ったつもりだったが、返答はない。
「お前、めちゃくちゃ体力あるな。 それに力も強い。 最初の平手打ちがまだ痛いよ」
無視されてもお構いなしに話した。元々、話すのは苦手で、あまり話さない方だったが、なんだか今はスラスラ話せた。
「お前っていうな」
「あっ、ごめん」
少しびっくりした。彼女は無視して、話さないと思ったから。
「名前きいてもいい?」
「よくない」
良くないらしい。確かに初対面の人に名前を言うのは嫌か。俺も嫌だ。
「じゃあ、いまだけの名前つけ合わない? お互いに」
「は?」
あたりが強いな。
「俺も名前言いたくないからさ。 いいだろう? 今だけだから」
「はぁ~」
めんどくさそうにため息をつかれた。
普段ならこんな対応されたらすぐに、会話をやめるのに今は会話を続けたい。そう思った。
「じゃあ俺からな。 うーん、綺麗な見た目に、凶暴な性格、しろへび?
はくじゃ、しろじゃ、はくへび、えー、あ! アルビノヘビ。 じゃあ名前はアルで」
「ヘビの部分なくなってるじゃない」
そう言った彼女はなんだか嬉しそうだった。
「あっ、確かに。 まぁいいや。 はい、次はアルだよ」
「えー。 じゃあ、邪魔ばっかりするから、ジャマーで」
「え? それが名前? もっとちゃんと考えてよ」
「別に何でもいいでしょ。 ふふっ」
「えー、まじかよ。 ははは」
彼女、いやアルの笑い声を聞いて俺も笑った。
そこからは他愛のない話をした。星がきれいだとか、自分の星座はなんだとか、じゃあその星座ってことは誕生日はいつだとか、そんな会話だ。本当に他愛のない話。
二人とも何となく察して、踏み込めずにいた。でも、踏み込まなければ会話は長くは続かない。それでも、一時間は話したあたりで、沈黙が来た。
…………
「ねぇ、ジャマーはここら辺に住んでるの?」
アルが少し踏み込んできた。
「ううん。 遠くに住んでる。 アルは?」
「私も遠く」
…………
「なんでここに来たの?」
アルはさらに踏み込んできた。そして、その質問は俺の核心をつくものだった。
……
答えることができず、体から汗がではじめた。
「答えたくなかったら別にいいから」
そんな俺を察してか、アルはそう言ってくれた。
でも言わなければいけないと思った。ここで言わなければいけないと。
「あのさ、死のうと思ったんだ」
「え? あ、あ」
アルもこの答えは想定してなかったらしく、分かりやすく戸惑っている。
「じゃ、じゃあなんで、死のうとする私を止めたの?」
「そ、それは、なんとなく、アルが死にたくなさそうだったから」
「え?」
え? 口にして初めて自覚した。アルが死にたくないと思っていると俺が思ったこと。
そして気づいた。自分も死にたくないと思っていたことを。
「今も死にたいと思ってる?」
「もう思ってないよ。 アルは?」
「私ももう思ってない」
………
「帰ろうか」
「うん」
立ち上がり二人で歩き出した。帰りも長くなるだろう。
でも、嫌ではない。その分アルと話せるのだから。何を話そうかな。
これから先楽しくなりそうだ。