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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺の高校野球

作者: 早崎富也

ここはとある高校にある野球グラウンド。


「よし!最後、ランニングいくぞ!」


『はい!』


そこで野球部の部員たちが監督と女子マネージャーに見守られながら、練習に励んでいる。


そんな中、一人だけ明らかにやる気のない動きをしている部員が一人。

それが俺、二年生の補欠部員である杉本(すぎもと)賢一(けんいち)だ。


「今日はこれで解散する!」


『はい!お疲れ様でした!』


「…………ふぅ……」


練習を終え、部員たちは帰り支度を始める。


「なぁ賢一」


「……何だよ?」


そんな中、俺に声を掛けてきたのは同じクラスで、この野球部のエースピッチャーである中村(なかむら)悠真(ゆうま)だ。


悠真とは小学校の時、同じ少年野球チームに所属していたことがある。

学区が違ったけど仲は良かった。

中学の時は何度か勝負し、いいライバルだった。


「お前、いい加減真面目に練習しろよ!今日も朝練に来なかっただろ!」


「んなの俺の勝手だろ」


「お前なぁ……!」


「んじゃ、俺帰るわ」


俺は逃げる様にグラウンドを後にした。






▽▼▽▼▽






「ちょっと賢一」


「……明梨(あかり)


俺が家に向かっていると、同じクラスの西島(にしじま)明梨(あかり)が声を掛けてきた。


明梨は俺の幼馴染で小中高と同じ学校に通っていた。

今は野球部の美少女マネージャーとして有名で、結構告白もされているらしい。


「あんたさ、真剣に野球やる気ないの?」


「やる気になんてなれねぇよ……」


「あっそう。中学の時はホームラン何本も打って大活躍だったのに、見る影もないわね!」


「自覚してる」


「……っ!もういい!」


明梨は走って行ってしまった。


明梨の言う通り、俺は中学時代では強打者として活躍していた。

かく言う明梨も、女子ソフトボール部で活躍していた。


しかし、明梨は中二の時、練習中にケガをしてしまい、引退を余儀なくされた。


当然明梨はひどく落ち込んだ。

そんな時、俺は明梨に言った。


『俺が明梨の分も頑張るよ!必死に練習して、もっともっと活躍するから!』


その言葉通り、俺は必死に練習を続け、中学生の野球大会では有名な強打者になった。

そして土戸叶高校に野球推薦で入学した。

実際、ここは甲子園の常連高校であり、優勝経験も何度かある野球の強豪高校として有名だった。


俺がここに入学することが決まった時、明梨は自分のことのように喜んでくれた。


『私、賢一と同じ高校行くことにした!そこで野球部のマネージャーになって、今度は私が賢一を支えるから!』


『そうか、ありがとうな。じゃあお礼に、俺は必ず甲子園で優勝してやるよ!』


『うん!期待してる!』


そんな約束をしたこともあったのだが……。


「はぁ……」


今の俺はこの通り、やる気をなくし万年ベンチ入りとなっている。






▽▼▽▼▽






「二十八……二十九……」


「おい、杉本」


翌日の練習中、俺が素振りをしていると監督の山寺(やまでら)恭平(きょうへい)先生が声を掛けてきた。

監督は野球に対する熱が強く、厳しいが確かな能力と実績を持っていることで有名だ。


「お前は何でそんなやる気がないんだ⁉お前がそんなんじゃ練習試合にも出してやれんぞ!」


「わかってますよ」


「『わかってますよ』じゃない!やる気がないんだったら野球部を辞めろ!少なくともここの野球部は、遊び半分やヒマつぶしで野球を安場じゃない!ちょっとやそっとのことでやる気を失くすような甘ったれたヤツはいらん!」


(『辞める』か……)


俺は監督の言葉に耳を傾けながら、少し離れた所にいる明梨と悠真に視線を向ける。


「お疲れさま!今日の練習、いつも以上に気合入ってるね!」


「ああ、次の試合が近いからな」


「また先発だもんね。応援してるね」


「おう!」


(最近あの二人、ますますイイ感じになってきたな……)


入学したばかりの頃は、明梨は真っ先に俺に駆け寄ってきて来てくれた。

悠馬とも友人として結構仲良くやっていた。


(けど今は正直な……)


俺は二人から視線を外すと監督に向き直り……


「そうですね。じゃあ辞めます」


ハッキリとそう言った。






▽▼▽▼▽






その日の練習―――俺の最後の練習が終わり、帰路につこうとしていた時だった。


「賢一!」


「おい賢一!」


「何だよ?」


明梨と悠真が俺に詰め寄って来た。


「お前、野球部辞めるって本気か⁉」


「ああ、本気だよ」


「何でよ⁉何でそんなこと言うのよ⁉」


「……ここで頑張ったって何にもならねぇからだよ……」


「何にもならねぇって……。お前本気で言ってんのかよ⁉何でわざわざこの学校入ったんだよ⁉他のみんなだって毎日必死になってんのに―――」


「……バカバカしい……。」


「……は?」


「バカバカしいって言ったんだよ⁉甲子園目指して、一丸となってってか⁉友情だの努力だの、青春ってか⁉お前らみたいな―――」


「もういい!」


「―――っ!西島さん……」


「明梨……」


「もういいよ……。行こう、中村君……」


「……ああ、そうだな……」


そう言って二人は去って行った。


「……はぁ……」




▽▼▽▼▽




その日の夜。


「?」


俺が部屋でくつろいでいると、ケータイの着信が鳴った。


「誰だ?」


発信先を見ると悠真だった。


「……もしもし?」


『お前に一つだけ伝えておこうと思ってな……』


「……何だよ?」


『俺、西島さんのことが好きだ』


「……だと思ったよ」


『―――で、少し前に告白してフラれたよ!お前のことが好きだからってよ!』


「……………」


『西島さん、まだお前のこと誰よりも応援してんだってよ!毎日毎日道具の手入れしたり、監督の手伝いしたり、全部誰よりもお前のためなんだってよ!ちょっとやそっとのことでやる気失くすような!軟弱な!お前なんかのために彼女はあんなに一生懸命になってんだよ!』


「……っ!」


『それにな……俺も嬉しかったんだぞ……!またお前と同じチームで野球できるって……一緒に甲子園いけるって……。それなのに……あんな小さなことで全部ダメになんのかよ……』


「……っ!」


『俺から言いたいことはそれだけだ……。じゃあな……』


悠真はそう言うと、俺の言葉は何も聞こうとせずに電話を切った。


「……………」


悠真との通話が終わった後、俺はすぐに明梨のケータイに掛けた。


『……もしもし?』


「明梨……悠真のことフったって本当か?」


『……うん』


「俺に……あそこで野球を続けて欲しいのか?」


『当たり前じゃん!約束してくれたでしょ⁉そうじゃなくても私は賢一が野球頑張ってるところ、もっと見たいよ!あれくらいのことで折れないでよ!』


「……っ!」


『中村君だって……本当に悔しがってたんだよ……!また一緒に戦おうって張り切ってたのに……!あんな簡単に……甲子園を捨てないでよ……!』


「そうか……。わかったよ……」


そう言って俺は明梨との通話を切った。


(もういい……!あいつら……絶対に許さねぇ……!)






▼▽▼▽▼






今から一年程前、俺が高校一年になってから数ヶ月が経った頃だった。


「はぁ……次の試合もベンチか……」


やはり高校野球はレベルが違うのか、俺は中学の頃のような目立った活躍ができずにいた。


「中村君お疲れ!次の練習試合出るんだって⁉一年なのにすごいじゃん!」


「ああ。不安もあるけど、精一杯やってみようと思う」


「……よう、明梨、悠真」


「あ……賢一……」


「お、おう……。お疲れ……」


「お疲れ……。はぁ……」


「賢一、元気だしなって……。きっとすぐにまた調子戻るよ」


「あ、いや……野球のこともあるんだけどさ……」


「他にも何か悩み事?」


「最近、小太郎の調子がよくなくってさ……」


「コタロウ?」


「賢一の家で昔から飼っている犬のこと。私もよく一緒に遊んでたんだけど……」


「お医者さんが言うには、もう寿命なんじゃないかってさ……」


「そっか……。それは心配だな……」


「俺、両親共働きでさ……。小さい頃は小太郎と二人だけで過ごすことも多かったからさあ……。はぁ……」


「賢一……」






▼▽▼▽▼






それから数日後のことだった。

俺の家に何者かが侵入し、小太郎が殺された。


俺も両親も大ショックで、すぐに警察に被害届を出した。

家にあったペットカメラと近所に停まっていた車のドライブレコーダーの映像から、すぐに犯人は判明した。


犯人は……






野球部の山寺監督だった。


監督は、俺と明梨と悠真が話していたことを偶然聞いていたらしい。

そして、俺の調子が悪いのは、小太郎のことで悩んでいるため、集中できないからだろうと考えた。

だから、俺が野球に専念し、結果を出せるようにするために小太郎を殺したとのことだった。


事件は新聞で騒がれ、裁判にまで及んだ。

監督は罰金刑となり、さらに半年の減俸と一ヶ月の休職。

野球部もそれに伴い、一ヶ月の活動停止となった。


そして休職と休部が終わり、一ヶ月ぶりに監督とマネージャー、部員が揃った時……


「犬一匹の割に大きな騒ぎになったが、これから張り切って行こう!」


監督が放った第一声がそれだった。


(……は?)


俺は頭の中が真っ白になった。


(コイツ……何も悪くないと思っているのか⁉)


周りを見れば、悠真を始めとした他の部員たちは監督の言葉に何とも思っていないのか、普通に練習を始めようとしている。


「ほら賢一」


「あ……明梨……」


「ぼさっとしてないで。練習!練習!」


「あ……ああ……」


明梨も平然としており、俺は一瞬、自分の方がおかしいのかと思いそうになった。


それから一週間もしない内に、三分の一ほどの部員たちと幾人かのマネージャーが辞めた。

残った部員たちは、以前と変わらずに部活を続けている。






▽▼▽▼▽






その時から、俺は真剣に練習をすることができなくなった。


大切な家族である小太郎を殺して、それを悪びれる様子もない監督と、何の疑問も抱かずにその監督が率いる部で活動する部員やマネージャー。

俺もここにいたくないという感情があった。

仮に調子を取り戻して活躍して、甲子園で優勝できたとしても、それは小太郎が殺されたことが正しかったと証明してしまうようで嫌だった。

でも野球は好きだったし、明梨との約束を守りたいという気持ちや悠真と一緒に甲子園に行きたいという想いも無くならなかった。


その結果、真剣にやることも立ち去ることもできない中途半端な状態が続いた。


けど、今日の電話で二人の本心を聞いて決心がついた。


(あいつら……小太郎が殺されたことを……!ちょっとやそっとのことだと⁉小さなことだと⁉あれくらいのことだと⁉簡単にだと⁉)


やっぱりあんな野球部で頑張ったって何にもならない。

どれだけ努力しようが、何かを成し遂げようが、一緒にやるチームがあんなんじゃバカバカしいとしか思えない。


(もう明梨との約束も、悠真の想いも知ったっことか!あんな奴らとのことと小太郎との間で悩んでいたことが恥ずかしいわ!)


俺は怒りを込めて退部届を書きあげ、俺の高校野球を終わらせることを決めた。


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