やりにくい相手
誰しも、そんな絶望感に苛まれた時であった。
「ったく、派手に暴れ散らかしたうえに、あたしを呼び出すとはいい度胸してんじゃん」
不遜な物言いとともに、天空より差し迫る影があった。自衛隊員が歓喜の声と共に空を指差す。大翼を広げ、ゆっくりと舞い降りる天使。その姿を認めると、ファントムカイラインは舌なめずりをした。
「遂に出やがったな。魔法少女アスタリウス」
鎌を構えて戦闘態勢を取る。白銀の羽衣のような衣装にブロンドの髪。凛とした顔立ちは、まごうことなき、件の魔法少女だった。
意気揚々と臨戦態勢に入るファントムカイライン。対し、アスタリウスは一定の距離をとったまま、動こうとしなかった。攻撃を誘ったうえで、カウンターを狙っているのか。それならそれで望むところだ。ファントムカイラインは鎌を振り上げて突貫していった。
怪物と対峙した途端、アスタリウスはフリーズしていた。
(噓でしょ。よりによって、アレが相手かよ)
心の中で悪態をつく。カイラインの怪物のモチーフは多岐にわたる。動物や鳥、果ては虫まで繰り出してきた。大抵は実在の生物ばかりだから、油断していたこともある。別に、空想上の生物をモチーフにしてもおかしくはないのだ。
しかし、よもや、アレをモチーフにした奴を繰り出して来るとは。
(ああ、もう、最悪。大見得切っちゃったし、逃げるわけにはいかないじゃん)
くしゃくしゃと髪の毛を掻きむしる。これ見よがしの舌打ちは空へと消えた。
右へ左へと鎌を振り回すファントムカイライン。対し、アスタリウスは逃げの一手に徹していた。変身したことで動体視力は大幅に向上している。なので、回避するだけなら造作はない。
しかし、傍目からすると苦戦を強いられているように映るらしい。
「やっと出てきたと思ったら逃げてばっかじゃないか」
「ちゃんと戦え」
少なからず、そんな悪態が流れ聞こえる。アスタリウスはそちらを一瞥し、片手を天に掲げた。
「カドゥー・カル(光弾)」
光の弾を生成し、突進してくる怪物へとぶつける。勢いを削がれているところへ、
「カドゥー・カル! カドゥー・カル!」
矢継ぎ早に弾丸を浴びせる。怪物はビルの壁へと追い詰められていく。
「や、やるな。さすがは」
「カドゥー・カル」
「魔法少女」
「カドゥー・カル」
「アスタリウ」
「カドゥー・カル」
「この俺を、ここまで」
「カドゥー・カル」
「おいつめ」
「カドゥー・カル」
「いい加減にしろ!」
怒声を張り上げたことで、ようやく攻撃が止んだ。会話する余地すら許さないと主張せんばかりに弾丸が飛んでくるのだ。しかも、なおも魔法を放とうと構えている。
アスタリウスとしては、さっさと外敵を排除したかった。反撃どころか、会話の余地すら与えずに一方的に蹂躙する。最善手を行使して何が悪いのだ。
それにしても、今回の怪物はやけにしぶとい。低級魔法の連発では有効打となり得ないのか。そう判断を下し、魔力の溜めに時間をかける。
そんな明らかな隙を見逃すわけはなかった。
「シャレコウベ」
ファントムカイラインは魔法を詠唱し、顔面から髑髏型の弾丸を発射した。大口を開け、アスタリウスを呑み込もうとする。
彼女は大げさな悲鳴をあげ、翼を広げて急上昇する。怪物の視界から完全に消え去るほどだったから、逃亡と捉えられても致し方なかっただろう。
「俺の魔法に恐れをなすなど、大したことな」
「マッラーフ・クゥドゥーシュ・サークディ(神聖なる天使の裁き)」
上方より降り注ぐ光の柱。唐突な最強クラスの魔法に対応できず、ファントムカイラインは魔力の奔流に呑まれていく。
素人目からしても、魔法少女が放ったのはとどめの一撃となり得る魔法と分かる。そいつが直撃しているのだ。早々に決着がついた。アスタリウス自身もそう確信し、ゆっくりと地上に舞い降りる。
だが、閃光が消え去るや、ゆっくりと不気味な影がうごめいた。外套はボロボロになっているが、全身を覆う鎧は健在。むしろ、それが故に耐えきったといえる。
「どういうこと。あたしの魔法が効いてないの」
さしものアスタリウスも焦燥を隠せない。呵々とファントムカイラインは応じる。
「あいにくと、打たれ強さには自信があるんでね。俺の鎧は、そんじょそこらの魔法では突き破ることができない」
自慢の魔法をそんじょそこらと評されたのは癪に障るが、致し方ない部分もあった。なにせ、とある事情で魔法の精細さを欠いていたからだ。
必殺のつもりで放った魔法が通用しない。その事実にアスタリウスは動揺を隠せずにいる。そして、それがファントムカイラインにとってのターニングポイントとなった。
「とはいえ、俺の鎧に傷をつけるとは。やはり、油断はできない相手と言うことだな。ならば、こいつを使わせてもらおうか」
そうして取り出したのは、ネガビタン。この局面でジュースを取り出すなど不可解の極みだが、装丁から一般市販品でないことは一目瞭然だった。
その行動を許したのは、意表を突いたからに他ならない。それもそうだろう。戦闘中にジュースを飲むなど、普通ならありえない。
「おおお、力が、力が溢れてくる」
空になった缶を放り投げると、ファントムカイラインは前かがみになった。両腕と両足が大木のように肥大化していく。胸板も厚くなり、全身を覆っていた鎧は局部を残して弾け飛んだ。元々亡霊のような禍々しい風貌だったが、頭上に生えた二本の角が邪悪さに拍車をかけていた。
「素晴らしい! これこそラークンスの発明品の力か。これさえあれば、アスタリウスだろうと余裕で、たお、た、グ、グォォォォ!」
歓喜に酔いしれていると思いきや、突如苦悶の雄たけびをあげる。瞳にあたる部分の空洞には濁った紅の光が灯る。
「あんた、一体どうしたってのよ」
あまりに異様な光景に、アスタリウスは彼女らしくもなく情けをかける。だが、返答は嘲笑だった。
「なるほどなぁ。これこそが、そ、組織のやり方か。か、覚悟するんだ、アスタリウス。今の俺は、てめぇを倒す、せ、戦闘マシ、グァァ!」
気おされているアスタリウスにファントムカイラインは突貫していく。傍目からすると、雄たけびの次の瞬間に肉薄したように映っただろう。実際、アスタリウスは鎌の一撃を光の剣を出現させて受け止めるので精一杯だった。
競り合いを続けるが、勢いに押され数メートル吹っ飛ばされる。単純に力比べで劣った。その事実がアスタリウス自身に少なからず衝撃を与えた。




