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傀儡怪人、恋をする  作者: 橋比呂コー
幽鬼ファントムカイラインの脅威
31/42

ラークンスからの餞別

 カイラインの秘密基地となる異空間。その回廊でファントムカイラインはぶつくさと文句を垂れながら歩みを進めていた。

 人間の骸骨そのものの頭部に、全身を隠すように紅の外套を纏っている。時折響く足音から、外套の下は鎧を装着していることが窺える。巨大な鎌を背負ったその姿は「死神」を連想させた。


「くそう。あと少し。あと少しで幹部に昇進できるんだ」

 ドラグラスのような実力者となれば、クーグッツより特別な名が贈られ幹部となれる。ファントムカイラインもネガニウムの回収ペースは他の怪物共より群を抜いていた。

 だが、ドラグラスたち三幹部と比較すると雲泥の差だった。と、いうよりも、あの三人の実力が圧倒的すぎて、ここ最近幹部の入れ替わりが起きていないのが実情だった。


 このままでは、ただの怪物の一派として終わってしまう。あと少し。あと少し力があれば。強く拳を握りしめていたところ、すれ違いざまに肩がぶつかった。

「おい、気を付けろ」

「おお、これはすまんのう」

 腰を低くして詫びを入れてきたのは、腰の曲がった老人だった。白衣を着こみ、眼の下には黒いクマがある。


 実力主義であるカイラインにおいて、こんな耄碌した奴が在籍できているのが不思議である。だが、そいつは一般的に想起される実力だけでその地位を確立しているわけではなかった。

「ラークンス」

「ほっほ。幽霊であるお前さんが、幽霊でも目撃したかのような反応をするでないぞ」

 人を食ったような物言いは相変わらずだった。カイラインの発明博士ラークンス。幹部たちもご用達という逸材である。


「して、そなたはファントムカイラインじゃったかな」

「よく覚えているな」

「老人だからと、誰もが痴呆していると思うたら間違いじゃぞ。そうじゃ。ここで会ったのも縁というやつじゃ。ちょいと話をせんか。なあに、そなたにとって損はないと思うぞ」

 言葉巧みに研究室に誘導しようとする。思惑通りに運ぶのは癪だが、話だけなら聞いてもよかろう。人格はさておき、発明品は信頼できるのだから。


 誘われるまま、ファントムカイラインは研究室に足を踏み入れる。棚には薬品の入った瓶や、一目では用途が分からない珍妙な道具が並んでいる。奥に進むにつれ、薬品の臭いが鼻をついた。

「それで、話とはなんだ」

 ペースまで掴まれてなるものかと、ファントムカイラインは先に口火を切る。意に介せずと、ラークンスは机の上に缶ジュースを置いた。装丁からして、人間界で一般流通している代物とは違うと分かる。けばけばしい色合いは、野生動物が自らに毒があると誇示して身を守っているかのようだった。


「時にファントムカイラインよ。そなたは、クーグッツ様に認められ、幹部に昇進したくはないか」

 心の内を見透かしたような一言に、ファントムカイラインは息を呑む。ラークンスの好々爺とした顔つきが尚更不気味であった。

「図星のようじゃの。そうでなくとも、こいつは持っておいて損はしないと思うぞ」

「この缶ジュースが、か」

「いかにも。こいつは、ネガビタンという」

 眉をひそめたのは、ファイトが一発しそうなネーミングに対してだけではなかろう。手に取ってみるが、自動販売機で売っていそうな300mlぐらいの流通品と大差ない。


「まさか、これを飲むとパワーアップできるとか言うんじゃないだろうな」

「その通りじゃ」

 まさしく眉唾ものの効果を告げられ、ファントムカイラインは開いた口が塞がらなくなる。

「冗談もいい加減にしろよ。ジュースを飲んだだけでパワーアップできるなら苦労はしねぇ」

「まあ、それが正常な反応じゃろうな。ところがどっこい、効果は折り紙付きじゃ。ほれ、人間の世界にも筋力増強剤なんてのがあるじゃろ。あれを数十倍強力にしたようなものじゃ」

 いわば、超強力な違法ドラッグということだろう。うさんくさいことこの上ないが、無下にもできないのもまた事実であった。


 躊躇するように手を伸ばしたり引っ込めたりする。その様子をラークンスは見逃さなかった。

「お主も知っておるじゃろう。魔法少女アスタリウス」

 その名を出され、ファントムカイラインは「な」と言葉を漏らす。カイライン内部でその名を知らないのは、むしろモグリであろう。


「ゲキトラスにバイパラス。果てはドラグラスでさえ倒せなかった強敵じゃ。あやつらは、どうにかして奴を倒そうと躍起になっておるのう。そんな中、颯爽とお主が奴を倒せば、クーグッツ様も見逃さないだろうて」

「俺が、奴を」

 ファントムカイラインは鎌を握りしめる。アスタリウスの実力は噂で聞いただけである。組織内でも最強と評されるドラグラスでさえ討伐できなかった。そんな大物を倒せれば、昇進できるのは間違いない。


「本当に、奴を倒せるだけの力が手に入るんだろうな」

「効果は保証しよう。うまく扱えるかはお主次第じゃ」

 たった一本のジュースが、後戻りできない一本道の岐路に映る。アクセルを踏むか、否か。

「どうした。お主が使わんというのなら。そうじゃな、ゲキトラス辺りにでも勧めてみるか。あやつは幹部の内でも野心に燃える男じゃからのう。二つ返事で受け取るだろうて。それに、こいつの再生産には時間がかかる。もう一本作る間に、アスタリウスの首が献上されているやもしれんのう」

 言いながら、ジュースの缶に手をかける。じわり、じわりとラークンスの手元に手繰り寄せられていく。


「そいつは俺のものだ!」

 そう叫ぶと、ファントムカイラインは缶ジュースを勢いよく奪い去った。短距離を全力疾走した後のように、息遣いは荒い。まさしく、ジュースの類が切望されうる状況であった。

「こいつが、こいつさえあれば、俺は」

「ククク。正解じゃ。さあ、行くのじゃ、ファントムカイラインよ。お主の力を存分に見せつけてやるといい」

 発破をかけられ、ファントムカイラインは外套を翻す。その様をしたり顔でラークンスは見送るのであった。

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