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傀儡怪人、恋をする  作者: 橋比呂コー
バイパラス出撃
29/42

天音の過去

 茜色に染まった空の下、龍二はポツネンと商店街を練り歩く。大型ショッピングセンターができた影響か、買い物客の姿はまばらだ。手持無沙汰を解消するために、怪物を出現させてネガニウムを集めるか。そんな考えがよぎったが、手頃な素体がいないうえ、ターゲットも少ない。これで魔法少女と交戦することになったら取り越し苦労である。


 ならば、とっとと帰宅するに限る。そんな決心を抱いた時だった。

「あれー。いつかの後輩君じゃん。もしかして、ひとりー」

 コンビニの前から間延びした声が発せられた。髪の一部を染め、制服を着崩した年上の女生徒が手を振っている。はて、知り合いにあんな女はいただろうか。しばし、逡巡した龍二だったが、ようやっと思い出す。


 いつだったか、天音のことを尋ねようと訪れた三年生の教室。そこで出会ったギャルの先輩である。名は乃英ノエルと言っただろうか。隣にいる取り巻きも見覚えがあるし、間違いない。

 無視しようとしたが、彼女らもまた情報源となり得る。とりあえず、探りを入れるだけでも無益ではないだろう。

 龍二が近づくと、「まあ、座るべ」と地面を叩く。その昔、ジベタリアンという人種がいたと、どこかで聞いたが、彼女らはその一種だろうか。


「ねーねー、乃英。その子、知り合い?」

「ちょっとねー。ほら、天音について聞いて回ってる後輩がいるって話したじゃん。その子」

「あー、あの子ね。天音っていえば、最近、倉庫に後輩連れ込んでるって噂じゃん。もしかして、君のことだったりする」

「倉庫に行っているのは間違いないな」

「マジかー。あいつ、エンコーに飽き足らず、後輩にまで手出してんのか。なんかされたら、あーしらに言いなよ。あいつ、しばくから」

「だが、エンコーはしていないと言っていたぞ」

「口先だけじゃね。表立ってエンコーしてるって言う奴いないっての」

 カラカラと笑いながら、ファミリーなマートで売っているチキンにかぶりつく。


 正直、さっさとこの場を抜け出したいというのが龍二の素直な感想だった。しかし、彼女らは天音と浅からぬ関係があるのは間違いない。アスタリウスと直結する望みは薄いが、探りを入れてみるのも悪くないだろう。龍二は眼鏡の位置を直すと口を開く。

「天音はあまり授業に参加していないようだが、理由でもあるのか」

「さーねー。でもさ、ひょっとして、アレのせいじゃね」

「ああ、アレはひどかったよね」

 乃英が鳥の骨を弄んでいると、取り巻きが同調する。龍二が納得していないように首をかしげていると、取り巻きが目を細めてくる。


「もしかして、あの事件を知らない?」

「知らんが」

「知らなくてもしょうがないんじゃね。確か、君って転校生っしょ」

「ああ、じゃあ、知らなくて当然か」

 乃英の言葉に、取り巻きは合点がいったように手を打つ。龍二が渋面を作っていると、乃英は乱雑に袋に骨を突っ込んだ。


「天音のやつねー、同じクラスの子をガチ泣きさせて、不登校に追い込んだのよ」

「は?」

 軒並みならぬ証言に、つい間の抜けた声を出してしまう。


「なんつーかあいつさ、昔から自分が偉いみたいな、気に食わない態度だったんだよねー。そのうえ、勉強とか運動とかもできるから性質が悪いっていうか」

「普通に学年トップとか取ってたよね」

「それなー。あと、体力測定でもぶっちぎってたし」

 倉庫で自堕落な姿を晒しているのを思い出したが、そこからは連想できない。ただ、学年トップは嘘ではないかもしれない。なにせ、プリントという証拠があるのだから。


「あれは合唱祭の時だっけなー。学年ごとに一番うまいクラスを決めるとか言うから、あいつすごい張り切ってたわけ。あーしらとしては別に順位とかどうでもよくて、みんなで楽しめればそれでよかったわけ」

「思い出作り的な」

 取り巻きが横槍を入れると、「それなー」と合いの手を打つ。龍二は黙って顎に手を添えていた。


「そんで、あーしらのクラスに、あんまり歌がうまくない子がいたのよ。まあ、重々承知だっけ。そういう子がいたってしょうがないっていうか」

「十人十色か」

「そう、それー。後輩ちゃん、天才か」

 無遠慮に頭を撫でられる。うざいが、言いたいことは分かる。三十人ほどの人物が集まり、その全員の歌唱力が優れているなど、まずあり得ないだろう。


「あいつはさ、とにかく優勝を目指したかったらしくて、そうなると、へたっぴなのが許せなかったらしいんだわ。おまけに、あいつ、歌もどちゃくそ上手いから手に負えんし。で、大会の直前のことだけど、あいつ、その子に何て言ったと思う?」

 龍二は答えることはしなかった。そんな彼の様子などお構いなく、乃英は一呼吸おいて言い放った。

「やる気がないなら、あんたなんか必要ない。ねー、ひどくねー」

 龍二は答えることができなかった。まさか、そんなことを言い放ったのか。


 絶句していると、乃英は龍二の顔を覗き込んだ。

「その子が学校来なくなったのは大会の日からだったな。大会そのものも悲惨だったし。あんなこと言う奴と一緒に歌いたくねーってボイコットして、本番はそりゃひどい出来だったし。んで、そっからあいつも学校来なくなったわけよ」

「あいつがグレたって噂が流れたのも、そっからしばらくしてだっけ」

「そうそう。学校来ても、勝手に倉庫にたむろしてさ。マジうぜー」

 軽い調子で語るが、龍二は衝撃が抜けきらなかった。彼女が本当にそんなことを言ったのだろうか。正直、真っ向否定できるほど、彼女のことを知っているわけではない。だが、どうしても素直に信じることができなかった。


「あー、そうだ。これからゲーセンでプリでも撮りにいかね」

「いいじゃん、行くべ、行くべ」

「せっかくだから、後輩ちゃんもどうよ」

「いや、遠慮しておこう」

 ノータイムで辞退すると、乃英は不満そうに頬を膨らませた。


「おーい、おい、後輩ちゃん。先輩の申し出はノルもんだぜー」

「やめなよ、乃英。後輩ちゃん嫌がってるじゃん」

「私たちがいじめてるみたいになってるしー」

「あー、そっかー、ごめん、ごめん」

 無遠慮に頭を撫でられて、髪の毛がボサボサになっている。どうにも、このノリにはついていけそうにない。


 乃英たちは取り巻きと共に駅方面へ歩いていく。天音と初めて会った、例のゲームセンターに行くのだろう。その姿を見送る中、龍二は先の発言を反芻していた。

 表面だけ捉えれば、確かに彼女は悪者だろう。他人を煽るような物言いをする彼女が言いそうなセリフではある。しかし、単に他人を貶めるだけの発言をするだろうか。

「いや、何を考えているのだ」

 別に、御子柴天音当人についてはどうでもいいではないか。龍二の目的はあくまでアスタリウスである。もやもやした頭の中を払拭するように首を振ると、龍二もまた歩みを進めていくのだった。

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