天音の弱点
だが、当たりとは程遠い代物だった。枠ブチからSRのカードには間違いない。持っている効果も十分に強力だ。
「イグニストゥバルではないが、れっきとしたレアカードではないか。これのどこか不満なのだ」
「おい、バカ、近づけるな」
危険生物を前にしたかのようにうろたえている。その暴れぶりで、棚から地球儀が落下した。
異様な焦燥具合。それを目の前にし、龍二にいたずら心が芽生えた。
「ほう、そんなにこいつが怖いのか。ほれ、ほれ」
「い、いや」
件のレアカードを黄門様の紋所のように構え、天音へと突き出す。いやいやと首を振りつつ、天音は後退を続ける。あたりかまわず暴れているせいで、先ほどから下着が丸見えになっているのだが、いいおもちゃを手に入れた龍二はそれどころではなかった。300ぐらいはネガニウムを回収できただろうが、それを失念するぐらいには舞い上がっていたのだ。
「ほーれ、ほれ」と意地悪くカードをちらつかせる。逃亡しようにも、天音の背後にあるのは建物の壁だ。魔法少女に変身するなりしないと、物理的に突破することはできない。
窮鼠が如何なる行動をとるか。答えとなるべきことわざを龍二は理解していたつもりだったが、この局面で失念していたのが不覚だった。
「もう、バカぁ!」
情けない悲鳴をあげつつ、天音は龍二へとロケット頭突きを繰り出す。そして、火事場の馬鹿力ということわざも忘れていたのが無念だった。
二人仲良く、もんどりうって倒れこむ。
「おい、痛いぞ」
そう言われ、天音はハッと頬を赤らめる。仮に第三者が一連の流れを目撃していたのなら、天音が龍二を押し倒したようにしか見えていない。後輩のくせにごつごつした胸板。あつい吐息が鼻に直にかかる。
「ば、バカバカ、ばか、バカバカ!」
壊れたおしゃべり人形のようになりながら、天音は勢いよく飛びのく。胸に手を当てると、早鐘が伝わって来た。
龍二もまた、ゆっくりと立ち上がる。小娘の体当たりを受けたところで、さしたダメージはない。だが、異様に体温が上昇しているのは、どうしたことだろうか。ちらりと天音を一瞥すると、「ふん」とそっぽを向かれる。
「俺としたことが悪ふざけが過ぎたようだ」
「まったくだし。ああ、もう、最悪。結局、イグニストゥバルは手に入らなかったじゃん。よりによって、最後のレア枠がそいつって、マジ萎えるし」
「悪いカードではないと思うぞ。不死の王アンデット・バンデット」
「見せるな、バカ」
龍二の手中にあるカードには、王の装束を纏った、禍々しい骸骨が描かれていた。いわゆる、アンデット系のモンスターだろう。そういえば部下に、こいつと似たような奴がいたなと思い出す。
他のカードを眺めていても、ここまで拒否反応を示さなかった。いや、一瞬だけ異変があった。コモンの「ゾンビファイター」というカードを引き当てた時だろうか。「うへぇ」という、露骨な嫌な顔をしたのだ。
もしやという思い付きから、龍二は尋ねてみる。
「ひょっとして、お化けが苦手なのか」
「悪い?」
開き直られた。なんか、むかついたから「アンデット・バンデット」を見せつけると、
「本気で怒るぞ」
ウガーと、右手拳を天に掲げて威嚇された。
途端、龍二はクツクツと笑いがこみあげてきた。紅潮していた頬を更に熟させ、天音はたたらを踏む。
「な、なにがおかしいのよ」
「いや、悪い。天音にも苦手なものがあるのだなと思って」
「そりゃ、あたしだって人間だもの。苦手なものだってあるし」
そっぽを向いたまま、天音はビシリと指をさす。
「いっとくけど、このことを口外したら承知しないから。ああ、もう、マジ最悪。イグニストゥバル欲しかったな」
「直接買えばいいではないか」
「シングルだと、あれのSSR3万円ぐらいすんのよ。ガチデッキ一つ組めるっての」
「そ、そうか」
紙切れ一枚にそこまでの価値が生じるというのは、龍二にとって理解しがたい感覚だった。
天音はぶつくさ文句を言いながらも、ちゃぶ台の上に広がっていたカードをひとまとめにする。そして、鞄を肩にかけた。
「もう帰るのか」
「腹いせにゲーセン行ってくるわ。龍二も来る?」
「遠慮しておこう」
「ふーん、そう」
食い下がることもなく、天音はそそくさと倉庫から退出する。残された龍二は、一枚だけ置いてけぼりにされたカードを見つけた。
「アンデット・バンデットと言ったか。お前はとことん不憫な奴だな」
紙切れに同情を送るなど笑止であったが、龍二はそっとポケットに忘れ物を忍ばせるのであった。




