撤退
アスタリウスの放った弾丸が霧に阻まれる。バイパーカイライン本体に到達する前に、酸の中に金属を放り込んだかのように融解していく。魔弾すらも溶かす、バイパーカイラインの防御魔法であった。仮に近接戦闘を挑んでいたら、ダメージを与える前に骨すら残らず消失する羽目になるだろう。
攻防一体の、バイパーカイラインが駆使する魔法の中でも上位の代物である。さしものアスタリウスも攻略に苦心する。かと、思われたのだが。遥か上空、霧の壁が展開されている範囲の外へと逃れる。
「ヘッセ・マ・ハーフ(天使の羽ばたき)」
そのまま、真上から羽吹雪をぶつける。霧は広域をカバーできるものの、死角を消せるわけではない。ほんの一瞬で突破口を見破り、そこに突貫をかけたのだ。
そのうえ、アスタリウスは攻撃の手を緩めない。羽吹雪が通じたのをいいことに、光弾を連発する。矢継ぎ早の魔法に、バイパーカイラインは毒霧を解除せざるを得なくなった。
もはや、怪物の形態を維持するのもやっとだ。認めたくはないが、彼女の実力は歴代の魔法少女でもトップクラス。下手をしたら、クーグッツにさえ匹敵するやもしれない。
だとしても、一矢報いぬまま敗北するわけにはいかなかった。未だに蛇の頭で威嚇を続ける怪物に、アスタリウスは興味深く腰に手を据える。
「いいじゃん。こういうのを待ってたんだよ。でも、もうすぐ終わりになるのが残念かな」
その一言でドラゴンカイラインに懸念がよぎった。現状、確認できている中で最強の威力を誇る魔法「マッラーフ・クゥドゥーシュ・サークディ(神聖なる天使の裁き)」。満身創痍のバイパーカイラインがあれの直撃を受けたら。
そんな最悪の予想が現実になろうとしている。アスタリウスが天に腕を掲げ、魔力を集約していく。その挙動に既視感がある。間違いなく最強クラスの魔法が来る。
気が付いた時にはドラゴンカイラインはバイパーカイラインを庇うように駆け出していた。口腔内には溢れんばかりの炎が充填されている。
「マッラーフ・クゥドゥーシュ・サークディ(神聖なる天使の裁き)」
「ヘーシュ・ゲ・エノン(地獄の業火)」
互いに最強クラスの魔法を最強クラスの魔法で迎え撃つ。天空からのビームと火炎放射が激突し、爆音が轟いた。
咄嗟に放ったこともあり、威力は全開ではない。それでも、衝突の衝撃で両者が吹き飛ばされるぐらいの実害は発生した。
「ドラグラス様!」
怪物形態を解除し、バイパラスはドラグラスへと駆け寄る。ドラグラスはかろうじて本性を保っていた。だが、魔力の確保が最優先と判断し、即座に形態解除する。
一方で、アスタリウスも肩を押さえ、地面に膝を着いていた。強制変身解除には至らなかったが、これ以上の戦闘は危険だった。シェムから「魔法少女は正体を明かしてはいけない」と厳命されている。別にそんなのはどうでもいいのだが、敵対勢力に変身前をバラすのがどれだけのリスクになるかは考えないでも分かる。
「前言撤回しとくわ、ドラグラス。あんた、最後の一撃は効いたよ。やればできるじゃん」
「減らず口は相変わらずだな。次は二度と口が効けないようにしてやる。と、言いたいところだが、今日のところは見逃しておいてやろう」
「ドラグラス様。まさか、撤退なさるおつもりですか」
「このまま戦うのは愚策なのは、お前も分かっているだろう。ラークンスのジジイに薬を用意させる手間もある」
妬ましそうにアスタリウスを睨んでいたバイパラスだったが、やがて諦めたかのように、ドラグラスの首に手をまわした。
「何をしている」
「疲れましたわ。ドラグラス様、アジトまでエスコートなさってくださいませ」
「甘えるな」
「ああ、いけず。しかし、これもまたご褒美ですわ」
「あのさ。あたしは何を見せられてるの」
呆れ顔のアスタリウスに、ドラグラスはびしりと指をつきつける。
「とにかく、勝負は後日に預ける。せいぜい首を洗って待っているのだな」
「言うじゃん。ま、楽しみにしてるよ」
それを捨てセリフに、アスタリウスは天空へと飛び去って行く。戦闘の余波か、空き地の地面は大きく抉れている。カイラインの怪人に人間の街を修繕する義理など無いのだが、修復が大変そうだなと思わなくはなかった。
ともあれ、今は治療が先決だ。ドラグラスはバイパラスを連れ立ち、戦場を後にするのだった。




