ギャル
孤立無援となったわけだが、元よりこの調査に他者の介入など不要だった。プレハブ倉庫に向かうのが遅れても「迷った」と言っておけば、言い訳として通用するだろう。
そう思いつつ、明らかに倉庫とは見当違いの場所へと足を進めていく。この中学は階層と学年が比例しており、目的地は最上階の三階に位置している。
一組の教室は階段を登り切ってすぐだった。業後ということもあり、教室内に残っている生徒はまばらだ。その中でも、机を椅子替わりにして座っている、髪の一部を赤く染めている女生徒が嫌でも目に入った。決して、スカートを限界まで短くしており、下着が見えそうで見えないからではない。
天音が「ギャルといえばギャル」のような風貌なのに対し、談笑している少女は「正真正銘のギャル」だった。無意識のうちに立ち尽くしていると、相手の方から龍二の存在に気付いたようだ。
「あれー、お客さんじゃん。しかも、下級生?」
学年を判別できたのは、学証バッジの色が違うからだ。少女は手慣れた調子で机から飛び降りると、珍獣でも見つけたかのように龍二に近寄って来た。
「えー、見かけないけど、なんか可愛くなーい」
「そういや、二年に転校生が来たとか言ってたじゃん。ひょっとして、この子じゃね」
取り巻きらしき、これまた「校則? 何それおいしいの?」な着崩し方をしている女生徒たちが龍二を指差す。敵にペースを握られては不利になる一方だ。怯まされたのは不覚だが、挽回せんと龍二は胸を張る。
「探している人がいてな。このクラスにいると聞いたのだ」
「へぇー。もしかして、恋人とか」
「こ、恋人!?」
想定外の言葉に素っ頓狂な声をあげてしまう。そんな様子などお構いなしに髪を染めた少女は続ける。
「だって、わざわざ学年違う教室まで来てるってことは、そういう用事っしょ。え、もしかして、あーしとか」
「乃映、うぬぼれ過ぎっしょ」
「うっせーし」
とりあえず、髪を染めた少女が乃映という名前だということは分かった。珍しい名前ではあるが、身内に真夢と名乗っている女がいるためか、さほど驚きはなかった。
相手のペースに振り回されてばかりではいけない。眼鏡の位置を直した龍二は乃映に向き直る。
「改めて尋ねるが、このクラスに御子柴天音という生徒がいるはずだ。知っていることは無いか」
その名を出した途端だった。朗らかだった乃映の表情が一変した。取り巻きも顔を見合わせている。
「あんた、どうして天音のことを知りたいの?」
「ちょっと呼び出しを受けてな。会うまでに彼女のことについて知っておこうと思って」
「へー。あいつ、そんなことやってんだ」
その声音に龍二は鳥肌が立った。対峙しているのは魔法の力を持たないただの人間のはずだ。なのに、一瞬ドラグラスの形態に変貌しようと思い至ったのは何故だろうか。もちろん、実際に変化するはずはなく、動揺を悟られないように再度眼鏡に手を伸ばす。
「あんたがどういうつもりかは知らないけど、あいつとはあんま関わらない方がいいよ」
「良からぬ噂が流れているからか」
「あー、援助交際してるとかってやつ? 知らんけど。っていうか、まともに学校来てないから確かめようがないし」
「でも、実際にやってるかもしれないよ」
「それなー」
取り巻きが指を突き刺し合う。龍二は顎に手を添えた。当事者が在籍しているクラスでも有力な情報は得られないか。
「っていうか、あいつよりか、あーしらと遊ばない? ほら、カラオケとか興味ある?」
「あー、久しぶりに行きたーい。乃映のY〇ASOBIめっちゃ上手いし」
取り巻きが便乗して盛り上がる。だが、龍二はさっと踵を返す。
「すまない、邪魔をした。天音について聞きたかっただけだ」
「ふーん、そう。まあ、あんたがどうなろうと知ったこっちゃないけどさ。後で問題になると面倒だからもう一度言っとくわ。あいつに関わるのは止めときな」
「忠告はありがたく受け取っておこう」
それだけ言い残し、龍二は教室を後にした。
指定されたプレハブ倉庫は、校庭の隅にポツネンと建てられていた。部活の真っ最中で、グラウンドでは野球部やサッカー部が練習試合で盛り上がっていた。その活気など無縁のように、倉庫周辺は不気味なぐらいに静まり返っている。
魔境に踏み込んだかのような緊張感があり、つい足がすくんでしまう。とはいえ、別に歴戦の猛者に挑もうというわけではないのだ。すぐに冷静さを取り戻し、倉庫の扉を開く。
蒸した熱気が流れ込んでくる。窓は開放されているようだが、内部環境は快方とは言えなかった。無意識に手で首元を扇ぐ。
「おー、来たか。まあ、適当に座んなよ」
体育で使われていたであろう、古びたマットをソファ代わりにし、天音がくつろいでいた。制服の上からパーカーを羽織り、スカートは限界まで短い。思い切り下着が覗いていたが、指摘するのは野暮というものだろう。
「約束通り来たぞ。アスタリウスについて教えてもらおうか」
「あー、それか。まあ、約束したもんね。でもさ、せっつく必要なくね? ちょうど暇してたからさ、ちょっと付き合ってよ」
「また勝負をするのか」
「それもいいかもね。スイッチでもいいけど、そうだな」
鞄から携帯用ゲーム機という、中学校に必要とは思えない代物が覗いたが、気のせいではあるまい。




