訪問者蛇腹真夢
そのままゲームセンターに留まっていても益は無さそうなので、龍二もまた帰路につくことにする。しばし歩みを進めていると、やけに周囲の人々の喧騒が耳に障る。焦燥を隠そうともせず、逃げ惑う者もいる。
「カイラインの怪物だ」
「魔法少女が戦っているぞ」
そんな声が聞こえたものだから、龍二は人々の群れに逆らわざるを得なかった。おそらく、バイパラスかゲキトラスが出撃しているのだろう。それだけなら放っておいてもいいのだが、魔法少女が交戦中なら話は別だ。
人々が混乱の真っただ中にいるのをいいことに、以前の大人の姿へと変身する。全力は出せないが、走力はこちらの方が上だ。カイライン幹部としての角を顕わにした形態にならなかったのは、魔法少女と戦う時に万全を期したかったからである。
やがて、喧騒の中心地にたどり着く。だが、一歩遅かったようだ。怪物が爆散する光景とともに、豆粒ほどの大きさになる高度まで飛び去った魔法少女を見送るに終わった。
ドラグラスとして力を解放し、もう一度魔法少女を呼び戻すか。だが、交戦していたのがアスタリウスである保証はない。それに、本当に彼女と戦うことになったとして、確実に勝つための策が用意できていない。前回と同じく、あわよくば引き分けに終わるだろう。無駄に魔力を消費する。そんな愚策は三下が犯すことだ。
とりあえず、ネガニウムの残滓が漂っていたので、火事場泥棒よろしく回収しておく。調査はまだ初期の初期だ。気張りすぎても成果は期待できないだろう。中学生の龍二としての姿に戻り、当初の目的地に向かうことにした。
多少迷いつつも到着したのは、町はずれにある古びたアパートだった。人間に交じって活動するなら、拠点となる住居が必要だろうと、ラークンスの道具を使って契約したのだ。
体を休めるだけなら、カイラインの本部に移転すれば事足りる。だが、学校への転入手続きなどで「本拠地」として住所が必要となったのだ。それに、いざという時に「住所不定」と言い張っては余計なトラブルになりかねない。警察ぐらいなら力づくで排除できるのだが、無用な争いは避けるのがドラグラスとしての信条なのだ。
二階建てで全部で六部屋しかなく、一階の中央、103号室が龍二に割り当てられた空間だ。鍵を開け、埃臭さの残る室内へと足を踏み入れる。
「お帰りなさいませ、ドラグラス様。ご飯にします、それとも、お風呂、それとも、あ、た、く、し?」
「帰れ」
まっすぐにドアの外を指差した。なぜか既に先客がいた。お水な商売をやっていそうな女性が身に着けるドレス姿をした妖艶なお姉さんだ。
鍵をかけて密室だったはずなのに、侵入者がいる。十分に通報案件だが、女の正体を知っている龍二は嘆息するばかりであった。
「何をしに来た、バイパラス」
「嫌ですわ、ドラグラス様。この姿の時は蛇腹真夢とお呼びくださいまし」
「ならば俺のことも龍二と呼べ」
「お安い御用ですわ、龍二様」
バイパラスもとい真夢はこれ見よがしに足を組み替える。男子中学生の姿になっているせいか、つい反応してしまったのが不覚だった。
「それで質問に戻るが、何をしに来たのだ、バイパ、真夢」
咳払いして言い直す龍二。こういう時に意地を張ると、堂々巡りになって話が進まないというのは学習済みだ。
「特別なことはありませんわ。龍二様が魔法少女アスタリウスを倒すために潜伏活動をするとお聞きしましたので、そのサポートを申し出ましたの」
「別に頼んだ覚えはない」
「いいえ。人間として生活するのは色々と不便ですわよ。サポートがあった方が楽ではなくて。おはようからお休みまで、いえ、ゆりかごから墓場までお世話させて頂きますわ」
「後半は意味が違ってくると思うぞ」
「些細な違いですわ。さてさてお疲れでしょう。お夕飯を用意しておりますわ」
台所からは香ばしい湯気が漂ってくる。炊飯器のスイッチも入れられており、まさに我が物顔で利用していたことが窺い知れる。
龍二がドッカと座布団で胡坐をかくと、真夢は手慣れた手つきで料理を盛り付けていく。お新香にサラダにゆで卵と、随分と庶民的な献立だ。唾液がこぼれそうになるのを寸前で堪える。
だが、真打は最後に登場した。どんぶりに大盛につがれた白米。その上に掛けられたのは、あめ色になるまで煮込まれた玉ねぎと調和する大量の牛肉。そのまま焼肉として提供されても申し分ない逸品が、市販品を逸脱したタレと調和し、空腹の腹の虫をこれでもかと刺激してくる。
繰り返すが、龍二たちカイライン怪人にとって、人間の食事は嗜好品に過ぎない。それでも、いや、だからこそ、美食というものに夢中になることもある。
「さあさ、熱いうちに召しあがりくださいませ」
「お、おう」
箸を握り、龍二は舌なめずりをする。熱伝導で掌が火傷しそうだったのも構わず、どんぶりを片手で持ち上げる。そして、白米と共に牛肉をかきこむ。
口の中全体に広がる肉汁。弾力のある身から、噛めば噛むほど脂が溢れ出して来る。そして、タレは肉本来の味を殺すどころか、むしろ調和して数段階引き上げている。
一口食べたが最後だった。ずっと絶食していたのではと見間違えるほどの勢いでどんぶり飯を平らげていく。合間に差し込む総菜も、脂身を緩和して良いアクセントとなっている。
早食いタレントもかくやという速度で龍二は丼を空にした。腹をさすっている姿を前に、真夢もまた箸を進めている。
「うむ。料理の腕は素直に褒めてもいい」
「ありがたき幸せですわ」
「ところで、この肉はどこで手に入れた。そんじょそこらの安物ではないような」
「お気づきになりまして。仕事のついでに手に入れましたの」
嫌な予感がして、龍二は眉日をひくつかせる。




