【07】 聖女と騎士の誓い
あら。『聖女と騎士の誓い』なんてよく知っているわね。……シンシアが教えたのかしら?
丸い瞳をきらきらと輝やかせながら、リンツァとサラは頬を桃色に染めている。熱のこもった眼差しで見つめてくるその様子は、可笑しくも可愛いらしい。
だけど、ね。
「ご期待にそえなくて悪いけど。それはないわ」
苦笑しながらそう答える。リンツァとサラはつまらなそうに「なーんだ」と、つやつやの頬をぷくりとふくらませた。その仕草にも思わず微笑んでしまいそうになる。
「たぶんだけど、団長様は約束を守ろうとしてくださっているの」
「約束?」
「そう。前回の討伐戦のときに、団長様と『神聖力』のお話をしたのよ。そのこともあってわたしを指名してくださったのだと思うわ」
「ふうん……。じゃあ、これからもずっと『蒼の翼』にはユリアージュ様が同行するのですか?」
「それは……ないと思うけど……」
さすがに……『蒼の翼』の出動のたびに指名される、ということはないだろう。
「それじゃあシンシア様も順番に同行できるのですね! この間もユリアージュ様のことをずっとずっとうらやましいって言ってて、早く自分に回ってこないかなぁって言ってました」
「言ってたよね!」
「ねーっ!」
ふたりで顔を見合わせて得意そうに頷き合っている。
おやおや……。シンシアはそんなことを言っていたとは。このふたりの前では迂闊なことは言えないわね。あっという間に神殿中に広がってしまいそう。
「さあさあ。そろそろ夕食の準備をする時間だわ。一緒に厨房まで行きましょう。それとね、噂話をするのはあまり感心しませんよ」
ダメよ、と顔をしかめてみせる。
「はーい!」
「はーい!」
にこにこしながら元気よく返事をしたリンツァとサラ。ぱたぱたと廊下を走り出した。
「こら。廊下を走らない!」
「はーい!」
「はーい!」
きゃははと笑って、ふたりで競争をするように早足で歩いていく。
本当に、解っているのかしら……?
後ろ姿を見ながら、ちょっと心配になってしまった。
──夕食後
湯浴みを終えて部屋で髪を乾かしていると、扉を叩く音がした。姿を見せたのはシンシアだった。
「ユリアージュ。ちょっといい?」
どうぞ、とも答えないうちに、シンシアは部屋に入ってきて寝台に腰を降ろす。いつもは猫みたいにくるくると悪戯に表情を変える瞳は、今は珍しく真面目な表情をしている。
「どうしたの?」
髪から滴る水がシャツを濡らさないように、タオルを肩にかける。一応は訊いてみるが大方の予想はついていた。リンツァとサラが話していた『蒼の翼』への同行のことだろう。っていうか、それ以外にないよね。
「あのね、今度の『蒼の翼』の遠征のこと。北の神殿から同行する聖女に、クワトロ団長様はユリアージュを直々に指名したって。ミモザ神殿長から聞いたの」
やっぱり。
「わたしも午後にミモザ神殿長から聞いたところなの」
「団長様が聖女を直々に指名するなんて……珍しいよね。中央神殿を通して許可をもらわないといけないし。ああっ……もう~。わたしの順番が伸びちゃったぁ。……ねぇ、まさかとは思うけど……前回の同行のときにクワトロ団長様と何かあった? もしかして……抜け駆けして『聖女と騎士の誓い』を結んだとかじゃないよね?」
うーん……。シンシアまでがそれを訊く?
「してないわよ。えーと……リンツァとサラに何か聞いてない?」
「なんであの子たちが出てくるの?」
不思議そうに首をかしげるシンシア。
どうやらリンツァとサラは「噂話はいけません」という言いつけを、きちんと守ったようだった。
「クワトロ様とは何もないし、誓いもしていません」
「本当に?」
「嘘なんかつかないわ。シンシアならよく解っているでしょう?」
「んー。それはそうなんだけど……。相手はあの噂のクワトロ団長様だし。もしかしたらユリアージュだって……。それに、先を越されたら悔しいし」
最後はもごもごと口ごもったシンシア。子どもがそうするように唇をとがらせた。
「そんなことあるわけないでしょ。クワトロ様は約束を守ろうとしてくださっているだけよ。たぶんね」
「約束? どういうこと?」
リンツァとサラに説明したことを、もう一度シンシアにも話す。わたしの経歴を調べたクワトロ様は、最初は『治癒』の力に懐疑的だったことをつけくわえた。いざこざの件までを話したら質問責めになることは確実だ。そうなると長くなるので、平手打ちの経緯は省く。
「……だから、クワトロ様はわたしを指名をしてくださったのだと思うわ。ミモザ神殿長も仰っていたけど。今後のことも考えると、わたしには信用が必要でしょう?」
シンシアは「はぁっ」と大きなため息を吐いて脚を組む。
「わかってたけど……。聖女って、世間ではまだそんな印象なのよね。『清らか』『純潔』『清廉』なんていうのをどこかでは求められてるなんてね。意識が古いっていうか、頭が固いっていうか……。わたしたちは女神様のご神託は受けたけど、普通の女の子と同じ。なーんにも変わらないのにねぇ」
シンシアとわたしは同じ時期に神殿に入った。リンツァとサラのようなものだった。シンシアのほうが三歳若い。
「そうよね」
わたしたち自身はごく普通とはいえ、女神様の神聖力の代行者という肩書きはある。だからある程度は仕方のないことかもしれない、とも思うけど……。やっぱり窮屈にも感じる。
当時、十五歳になったばかりで神殿に入ったシンシアは普通の女の子への憧れが強い。彼女は平民の出身だった。実家は商売をしている。その関係から取引先からの打診があり、二十歳以上も年の離れた男性の後妻にあてがわれそうになった。そんなのはまっぴらだと、家出をしようとしたときにご神託を受ける。それを理由として、渡りに船とばかりに神殿へとやってきた。「わたしはいつか騎士様と恋をして聖女を引退するの!」。それがシンシアの目下の目標だった。
「いっそのこと、女神様は男性にも女性にも平等にご神託を授けてくださればいいのにね。神殿にも男性の聖女が入ってくれば職場恋愛だってできるし、職場結婚もありかも。そうしたら世間の聖女に対する印象は変わるはず。ね! どう? いい考えでしょ?」
ぐいっと身を乗り出したシンシアの瞳は悪戯っぽく輝く。
男性の聖女って……。
「いい考えだと思うけど……男性は聖女って呼ばないんじゃないの?」
「ん? まあ、細かいことは気にしない!」
意外と大雑把なところは昔からだ。
「そういえば……。リンツァとサラに『聖女と騎士の誓い』を教えたのはシンシア?」
「そうよ」
なぜか得意なそうな表情をした。
『聖女と騎士の誓い』。
相性の良い神聖力を持つ聖女を見つけた騎士が、その聖女に一生の忠誠を捧げる決意を誓う儀式。
跪いた騎士から差し出された手を聖女が取ったならば……儀式は成立する。
聖女の神聖力と加護を受ける騎士の体質には相性がある。
神聖力は女神の慈愛の力が聖女を通して顕現されるものだ。いったんは聖女の身体を通すことになる。そうなるとそこはやはり、その聖女の個性というかクセのようなものがどうしても混じってしまう。基本的に神聖力に相性が悪いということはないが、聖女の個性と騎士の体質によっては、すこぶる相性が良いということがある。
「だって聖女にとっては憧れじゃない。実質、結婚の申し込みなのよ。なんてロマンティックなの!」