【06】 理由
──翌朝
王都に帰還する前に『蒼の騎士団』の騎士様たちと、エスター、レイニー、カペラ、わたしの四人の聖女を前にしたルミナス様とクワトロ様は、魂送りの儀で判明したことの報告をした。
魂送りの儀とは、聖女が同行した討伐戦などで倒した野党や魔獣たちの魂を、安らかに天に送るための儀式となる。慣例としては、中央神殿から派遣された聖女が魂送りの儀を行う。今回は火焔龍の魂に触れてその記憶を受け取り、なぜ龍が暴走したのかを探る目的もあった。
「あの龍は、商隊に盗まれた番の卵を取り返そうとしていました」
ルミナス様のその言葉に、場の空気がざわめく。
龍が狂うことは稀だった。なにか特別な理由があるのではないかと推測されていた。
龍という種は高い知能をもつ。周辺諸国では神の使いとして崇めている国もある。龍の卵を盗むことは禁忌。それでも、卵を高額で取り引きをする者たちがいるという噂もされていた。とても残念なことだが、それが事実になったということ。
そして、番。龍は魂の伴侶といわれる番を持つ。その一生で、同時代に番と巡り逢える確率は二割ほどだという。番の卵が産み落とされた瞬間にそれを察知して、どこの大陸であろうが、いくつもの夜を越えて迎えに行くといわれていた。その番の卵を商隊に盗まれてしまったとなれば……。
「それで卵は……?」
ルミナス様にエスターが尋ねる。
「襲われた商隊が割ってしまいました」
哀しい微笑みを浮かべたルミナス様。
「そんな……」
カペラがぽつりと呟く。
たいせつなものを喪うという悲しみ。それは人でも龍でも同じのはず。
……胸が痛い。
「商隊はそのことを隠していたのですね」
騎士様のひとりがため息を吐いた。
クワトロ様は一歩前に出た。厳しい表情のまま、ぐるりと一同を見渡す。
「商隊は国を渡り歩く上で、龍の卵の取り引きも行っていたのだろう。おそらくは、今回が初めてというわけではないように思う。末端の商人はどこまで知っていたのかはわからない。しかし、このような事態は人と龍の双方にとって、将来的に好ましからざる状況を招くことは想像に容易い。人を害した龍は討伐の対象になる。……悲劇は繰り返されるべきではない。ましてや到底、許されるべきことでもない。私たちは速やかに中央に事実を伝え、最善を尽くす義務がある」
クワトロ様の真摯な言葉に皆は大きく頷いた。もちろん、わたしも。
北の神殿に向かう馬車に乗る前に、ルミナス様やエスターたちに別れの挨拶を済ませる。
ルミナス様は王都の中央神殿に。エスター、レイニー、カペラ、わたしは東西南北のそれぞれの神殿に戻る。
討伐戦の聖女側からの報告は、ルミナス様がまとめて中央神殿にあげることになっていた。
馬車のタラップに足をかけた。そのまま朝の空を見上げる。月が消えたあとには、薄い青色の空が広がっていた。
火焔龍の魂はルミナス様に送られてこの空にのぼっていった。今ごろは番の魂と再会していることだろう。
……幸せでありますように。
ほんの少しでも空に祈りが届くといい。
ふと、視線を感じて振り返る。
離れた樹の下に、騎士様たちと集まっていたクワトロ様と視線が合ったように思えた。
クワトロ様は討伐任務完了の報告をするために、そのまま王都へと帰還する。北の神殿までの護衛は、別の騎士様がついてくれることになっていた。
軽く会釈をする。クワトロ様は手をあげて応えてくれた。
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「えっ!? また……わたくしですか?」
火焔龍討伐戦を終えて、北の神殿に帰ってきてから数週間後。
「そうなの……『蒼の翼』の騎士団長様からの直々のご指名なのですよ」
再び『蒼の翼』に同行する任務を、ミモザ神殿長から命じられた。
神殿長室の長机に肘を載せて、両手を組んだままミモザ神殿長は微笑んだ。
通常は騎士団に同行する聖女はひとりに固定されるのではなく、順番になる。それなのに……また、わたし?
「団長様はよほどユリアージュの力をかってくださったのね。……前回からそれほど間が空いていないから大変だとは思うけど、これはあなたのためにもなると思うの。慣例からははずれるけど……。だけどこれからも神殿に残るつもりでいるのなら、騎士団に認められて積んだ実績は信用になるわ。特にあなたには」
ミモザ神殿長は、わたしが神殿に入る前のことも、入ったあとの事情もよくご存じだ。経歴のために誤解を受けないようにと、いつも心を配ってくださっている。
ご神託を受けて神殿に入ったばかりのころは、不安定になってしまう気持ちを持て余していた。眠れなくて涙をする夜に、よく話を聞いてもらった。
「祈りなさい。他者の幸せを願うということは、あなたの幸せも誰かに願われているということですよ」。そう仰ってくださったミモザ神殿長。自分がわからなくなって、迷ってしまっていたわたしの目標となったお方。
「はい。謹んでお受けいたします」
そう答える。ミモザ神殿長は優しく微笑んでゆっくりと肯いた。
神殿長の部屋を出ると、聖女見習いのリンツァとサラが待ちかまえていた。どうやら扉に張り付いて聞き耳を立てていたらしい。
「こら。お行儀が悪いわよ。立ち聞きなんかしてはダメでしょう」
注意をすると「はーい」「ごめんなさーい」と、にこにこしながらも、あまりそうは思っていない様子で返事をする。
まったくもう……。まだ子どもなのよね。
リンツァとサラは半年前にご神託を受けて北の神殿にやってきた。リンツァは十二歳。サラは十一歳。歳が近いせいもあってか、自由時間はふたりでよく一緒に遊んでいる。
「ねえねえ。どうしてまたユリアージュ様が『蒼の翼』と同行するのです?」
「なんで? なんで? シンシア様も『蒼の翼』に同行して、団長様に会いたいって言ってました」
ふたりでいっぺんに喋りだした。
「はいはい。教えてあげるから順番に話してね」
「はーい!」
「はーい!」
リンツァとサラは顔を見合わせるとうふふっと笑った。
クワトロ様とルミナス様は、王立騎士団本部に火焔龍の暴走した理由を報告していた。
今までにも龍の卵を密売する商隊の噂はあった。それでも確証はなかったのだ。今回の討伐戦では、火焔龍の記憶を読み取ることにルミナス様が成功した。その成果があり、王立騎士団は禁忌を犯す商隊の摘発に本腰を入れはじめたと報らされていた。
ここ、北の神殿の聖女シルフィーも先日は、諜報活動を行う『銀の牙』に同行していた。
『銀の牙』が集めた情報を元にして、荒事は『蒼の翼』に回ってくる。聖女は必然的に『銀の牙』や『蒼の翼』に同行する機会が増えることになる。
「だから『蒼の翼』の団長様はわたしを指名してくれたようなの」
リンツァとサラにも理解しやすいように、かみ砕いて説明をした。
「でもでも、前回もユリアージュ様ですよ?」
「普通なら聖女は順番に交代して同行するんでしょ?」
そうなのよね。ミモザ神殿長はクワトロ様がわたしの力をかってくれたから……と仰っていたけど。前回の討伐戦でお話をしたことをクワトロ様は守ってくれようとしているのかしら。わたしの聖女としての力を証明するために、気を使ってくれている……ということ? 神殿に残る上では、それはとてもありがたいことだけど。
「あーっ! わかった!」
リンツァが声を上げた。
「ユリアージュ様は……もしかして団長様と『聖女と騎士の誓い』をしたのですか?」