【04】 団長の事情
「聖女様たちの天幕とは反対方向に走り出されたので……。火焔龍の気配が残っているとはいえ、まだ何が出るかわかりません。おひとりでの夜間の行動はとても危険です」
確かに……そうだ。
圧倒的な上位種である龍のいる土地には、魔獣は近づきたがらない。この土地にいた火焔龍は討伐されたが、まだ龍がいたという気配は微かに残っている。その気配をものともしない魔獣が近くにいないとも限らない……。
「……ごめんなさい」
いくら頭に血がのぼったとはいえ、単独行動をとるべきではなかった。団体行動を乱すし、聖女に何かあった場合には『蒼の翼』の責任となる。つまりは、団長であるクワトロ様の責任だ。
「いえ、責めているわけではありません。そもそも私が調子に乗って……つい軽口を利いてしまったので……。それに……いや……。昼間の戦闘の昂りがまだ残っていたようです。たいへん申し訳ありませんでした」
何かを言い淀んで神妙な表情をしたクワトロ様は、ひとつ息を吐く。真剣な口調と眼差し。
うん……。本当に……悪かったと思っているみたい。っていうか、初対面ではあんなに失礼な態度をとったのに、今回のことは悪いと思ったのね。
濃い金色の長髪は、月の光を浴びて淡い黄金色に光っている。火焔龍と対峙をしたときの、蒼白銀の力に包まれた勇姿を思い出す。
「わたくしも……思いっきり頬を叩いてしまいました。申し訳ありません」
頭を下げて謝罪をする。理由はあれど、手を上げてしまったことはやはり、わたしのほうが悪い。
「貴女からの謝罪は必要ありません。私の失言のせいですので……」
クワトロ様は納得がいかないみたいだった。でも、それじゃあ公平じゃないよね。
「それでは……中間をとって、おあいこ……ということにしてくださいますか?」
よく見ると、クワトロ様の頬には赤い手形がうっすらとついていた。
すっと頬に手を伸ばす。
一瞬、クワトロ様は後ろに退こうとする。
「治癒をかけるだけです」
手のひらが淡い黄色に光ると、赤い手の跡も消えた。
「……ありがとうございます」
「お礼なんて……。わたくしのせいですから」
「……こちらもどうぞ」
クワトロ様は反対側の頬を向けた。
え? なんで?
「ユリアージュ様のお気の済むように殴ってください」
「いえいえ。叩きませんよ?」
「お気の済むまでどうぞ」
「いえいえ」
「そんなことを仰らずに」
クワトロ様も退かない。しばらくそんなことを繰り返して埒も明かない。
「叩きませんよ。わたくしの手も痛いですから。またこれも嫌がらせですか?」
「いえ! そんなことは決して!」
慌てて否定をすると、必死に両手を振るクワトロ様。その様子と、火焔龍に挑んだ差異がなんだか可笑しく思えて、つい笑ってしまった。
「冗談ですよ。ささやかなお返しです」
そう言うと、困った表情を見せてうつむいた。
「私はもうひとつ、ユリアージュ様に謝らなければならないことがあります」
息を吐いてから顔を上げる。
「私は……正直に申し上げて、貴女の聖女としての能力を疑っていました」
その告白に初対面での態度を重ね合わせて、ああ、やっぱり思ったとおりだと腑に落ちる。
クワトロ様は続けた。
「特異な経歴を持つ方だとは、風の噂程度には聞いておりました。今回の火焔龍討伐の命が下ったときに、貴女が同行されるということで、経歴を調べさせていただきました。私の認識では、聖女職に就かれる方がかつては婚姻をされていて、さらに離婚歴がある……ということは信じられないことでした」
「……」
「言い訳に聞こえるのは重々承知しています。しかし、私は『蒼の団』の団長です。力もないのにコネで就いた聖女のために、団員の命を危険に曝すわけにはいかない」
眉間に深い皺を寄せたクワトロ様。
……仰ることは理解できる。
野盗や魔獣などの討伐にかり出されるのは『蒼の翼』が圧倒的に多い。今回の火焔龍討伐もそうだ。下位貴族からなる『銀の牙』は、後方待機や、あらかた方がついたところで出張ってくることもざらにある。
聖女の『力』が足りないと『蒼の翼』は大きな犠牲を出しかねない。……ご神託を受けずに、コネで聖女職を得るという者がいるという噂も確かにあった。
「世間では聖女職は未婚の乙女が務めるもの……と、まだ思われていますものね……。ですが申し上げたように、聖女の力と婚姻の有無や年齢は関係がないのですよ。それに……わたくしはご神託を受けて聖女職に就きました」
「はい……。それは私の認識不足でした。事実、ユリアージュ様の『治癒』の力は、今までに同行されたどの聖女様の力よりも……私にとても……しっくりと馴染むというか……。本当に誠に申し訳ありません」
腰を深くに折り曲げてクワトロ様は頭を下げた。最敬礼だ。さすがにこれには、わたしのほうが恐縮してしまう。
「あの、本当にもういいです。顔を上げてください」
「では……ご無礼をお赦しくださいますか?」
謝罪の気持ちは十分に伝わってきた。クワトロ様には、団員を守らなければならないという使命感と理由があった。
わたしだって、思いっきり頬をひっぱたくという失礼をしでかした。それなのに、赦す主導権がわたしだけにあるのは……なんだかすっきりとしない。
クワトロ様は取り繕うことなく正直に話をしてくださった。わたしも……思わず感情が昂ってしまった理由を話したほうが公平なように思う。
わたしの経歴を噂でも聞いたことがある人の中には、クワトロ様と同じように、聖女としての力に疑念を持っている人たちもいるはずだ。団員の信頼も篤い、『蒼の団』の団長であるクワトロ様に事情を話しておけば、余計な誤解はある程度なら防ぐことができるかもしれない。
「あの……わたくしの話も聴いてもらえますか?」
クワトロ様は顔を上げると首をかしげた。少しだけ不思議そうな表情をすると「はい」と頷いてくれた。