【01】 出逢いは突然に
「貴女がユリアージュ様ですか……。聖女なのに結婚歴があり、離縁した後もまだ聖女職を続けているという方は」
目の前でそう驚きの声をあげた男は、王立騎士団『蒼の翼』の団長様。
王立騎士団のなかでも平民出身者で構成される『蒼の翼』を率いる弱冠二十九歳。叩き上げで頭までのぼりつめた実力者。
しなやかな体躯と甘い顔立ちで、町娘から貴族のご令嬢、果ては未亡人までをも虜にしているという。そういう噂だ。
なるほど。
軍服の上からでもわかる鍛えられた胸板は、薄くもなく厚すぎでもなく、適度な筋肉で覆われている。青と緑色が混ざりあった瞳は、目尻がほんの少しだけ下がった切れ長の三白眼。野性的な香りを放ち、なおかつ艶めいた光を湛えているといえなくもない。前髪と一緒に無造作にひとつにまとめられた濃い金色の長髪は、弛くウェーブがかかっている。形のよい額に高い鼻梁。輪郭もしゅっとしていて、唇は薄い。声は低めだが華があり、なめらかな響きで耳当たりは良かった。
噂に違わぬ美丈夫は認めよう。
しかし……なんとも失礼な男でもある。
「団長、クワトロ団長」
脇にいた騎士様は、ちらちらとこちらの顔色をうかがいながら男の名を小声で呼び、脇腹をつついた。
わたしの眉間が寄ったのを見逃さなかったようだ。
「ん? ああ……失礼しました。あまりにも特異な経歴をお持ちの方なもので。つい、心の声が素直に出てしまったのです」
そう言って柔らかく微笑む。
隣の騎士様は額を押さえて小さく首を振った。
……これって。
ケンカを売られている?
そんな言葉を飲み込んで淑やかに微笑んだ。
出戻りだって聖女は聖女だもの。
「……初めまして。王立騎士団『蒼の翼』、クワトロ騎士団長様」
初めまして、に力を込める。
そう。なにを隠そう、わたしとこのクワトロ様は今日、今、この時が正真正銘の初めまして、なのだ。
「わたくしの私情をどこでお知りになったのかは存じませんが……わたくしが聖女に任命されたのは、夫だった方と離縁してからです。それに……聖女職だからといって結婚してはいけない、などということはありませんよ」
努めて穏やかに。
自分にそう言い聞かせながらお仕事用の作り微笑いを浮かべる。
「……それは勉強不足で申し訳ない。しかし、かなり珍しいですよね。『聖女』というのは、うら若き未婚の女性が一般的だと思いますが……。ねぇ?」
クワトロ様はわたしに同意を求める。
「ねぇ?」って同意を求められても。ねぇ? そんなの知らんけど。なんていう思考も微笑みの裏に隠す。
クワトロ様が仰ったことは偏見に過ぎないが、世間一般に浸透している聖女の印象はそういうものだということも理解できる。だから、そんな偏見を持っていることを一概には責められない。
決して婚姻の有無や年齢は関係がない。だけど、聖女という言葉から連想される処女性のせいもあるのだろう。
確かにご神託を受けて聖女に任命される女性は、なぜだか未婚の者が多い。多いというか、ほとんどがそうだ。総じてうら若き乙女が聖女職を務めることになる。それでもたまに、ごくごく稀に、わたしみたいな者にもご神託が下るのだ。
そのまま一生を神殿で過ごす聖女もいれば、聖女を引退してから結婚する者もいる。引退してから……というのは、やはりそれだけ聖女職との両立は大変なのだろう。それに、騎士団に同行して表立って活動する聖女は、体力面を考慮されて比較的に若い世代が多い。旅の移動は体力を使う。歳を経た聖女にはその仕事は回らない。すると、目に付く聖女は皆、若い世代……ということになる。
「まあ……クワトロ様はとても率直にお考えを口に出される方ですのね」
「私は正直も取り柄の人間ですので」
……皮肉が通じているのだか、いないのだかわからない。
だけど、つまり。
クワトロ様はなにが言いたいのかといえば。
わたしが結婚歴と離婚歴があるうら若くない聖女だと。
それでもまだ聖女職を退かずに続けている非常識な女だと。
そして、わざわざ面と向かってそういうお気持ち表明をしたかったと。そういうことですよね?
そんなことをわざわざお知らせしてくれる理由というのはおそらく……。
これから貴方たち『蒼の翼』と火焔龍討伐戦に同行する聖女がわたしだということが気に食わないから……よね? 誰かほかの者と交代してほしいと考えているのかしら。
もしかしたら……離婚歴があることで、わたしの『治癒』の力にも懐疑的になっている?
「ご安心くださいませ。離縁したうら若くない聖女といえども、中央神殿から任命されているのです。聖女としての『力』に、なんの問題もございません」
顔には穏やかな微笑みを張り付けたまま彼らを観察してみる。
クワトロ様の隣の騎士様は顔面蒼白。
当のクワトロ様はどこ吹く風で微笑んでいる。
確かにその若さで『蒼の団』を率いるだけのことはありそう。飄々とした態度は一筋縄ではいかない男みたい。
でも残念でした。
中央神殿からの指示ですからね。絶対に聖女の交代なんてできないのです。
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『蒼の翼』に命じられた任務は、国境付近で暴れた火焔龍の討伐だった。
王立騎士団には三つの『団』がある。
上位貴族からなる『黄金の鬣』。下位貴族からなる『銀の牙』。平民からなる『蒼の翼』。
『黄金の鬣』は主に王族、王城の護衛を担う。『銀の牙』と『蒼の翼』は街の警護と野盗や魔獣の討伐の責を負う。
失礼な男──クワトロ団長様が率いる『蒼の翼』というのは──。
男女を問わずに腕に覚えがある平民にとっては、『蒼の翼』に入団することは憧れとなっていた。
厳しい入団試験に合格すれば騎士として叙勲される。
そこで手柄を立てることができれば、褒美としてさらに上の爵位を望めるかもしれない。もしくはどこかの貴族に見初められて、家門の一員となれるかもしれない。
それなりの野心を持って入団を目指す剛の者たち。
そんな中で頭に立てるのは本物の実力者のみだ。当然のことながら上に立つためには、人望も必要……なはずなのだけど。
国境に向かう団の馬車の中から、窓の外を馬で並走するクワトロ様を眺める。
あの後しばらく様子をみていた。だけど、ほかの関係者や騎士様たちにはあのような態度はとってはいなかった。丁寧に対応し、気さくに応える。どうやら『蒼の翼』の団員たちにも慕われているようだった。
わたしの経歴を知った人々からは、好奇の目で見られることには慣れている。ただ、面と向かって口に出したのはクワトロ様が初めてだった。
涼しい顔で馬を走らせるクワトロ様をじっと眺めていると、ふと視線が合う。
彼は取って付けたような微笑みを浮かべて、すっと視線を逸らした。