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3 女性騎士の毒牙



 姑フレヤは溜め息混じりに話を続けた。

「それがね。その後、アーダさんが今度は5つも年下の後輩騎士と関係を持ったの。あ、エミリちゃんと同い年ね。しかもアーダさんの方からグイグイ迫ったらしくて――デニスと婚約中の身なのによ? 信じられる?」

「私と同い年?」

 胸がざわつく。

「あの、もしかして、その後輩騎士は『ケヴィン』という名ではありませんか?」

「ええ。デニスから聞いたのは確かそんな名前だった気がするわ。エミリちゃん、まさか知り合い?」

「……ちょっとした知り合いです。そうですか。ケヴィンはアーダさんと……」

「だいたい、何度も問題を起こすあの女に王国騎士団が何の処分も下さないのも納得いかないわ。騎士団の威信を保つ為なんだろうけど、醜聞を隠蔽する事ばかりに躍起になって――」


「……。それにしても、アーダさんがそんな人だったなんて本当にショックです。彼女とは毎日会って話もしてますけど、全然そんな風な女性には見えませんし」

 呟くエミリ。正直な感想だ。

「そう。それがあの女の性質たちの悪いとこなのよ。見るからに常識が無さそうとか、見るからにふしだらそうって訳じゃないから、次々と男が引っ掛かるのよね~」

「なるほど……」

 毎日エミリとにこやかに言葉を交わしている、妹思いのアーダに、まさかそんな別の顔があったとは……。

 人間の業って闇が深いな、とエミリは思った。


「で、そこまでコケにされて、やっとこさ阿呆のデニスも目が覚めたって訳」

「さすがに、それで目が覚めなきゃヤバいですよね?」

「ホントにね。アーダさんはすっかり浮気相手の後輩騎士――ケヴィン君だっけ? 彼に夢中になっちゃって、デニスが別れを告げても『ハイハイ。器の小さい男ね』って鼻で笑って簡単に婚約解消を受け入れたらしいの。その余りのふてぶてしさにデニスも『今度こそ本当に彼女に愛想が尽きた』って言ってたわ」

「それはそうでしょうね」

「でね。その後、知り合いがデニスに見合い話を持って来てくれて」

「あ~。それが私との縁談だったわけですね?」

「そうなのよ。ようやくアーダさんと縁が切れたのだから、とにかくデニスにきちんとした女性と所帯を持って欲しくて『いい娘さんがいたら是非紹介してほしい』って私が友人知人に声を掛けまくってお願いしていたの」

「そうだったんですね」

 

 思い返せば、初めてデニスと会った見合いの席で、彼はあまり元気がない様子だった。その時は慣れない見合いに緊張しているのかな、としか思わなかったエミリだが、あの時のデニスはアーダと別れて間がなかったのだろう。そんな修羅場の直後だったのなら、精神的に相当疲弊していたのではなかろうか。


 デニスはいかにも騎士らしく大柄で逞しい男性だ。ものすごいイケメンという訳ではないが、精悍で男らしい顔立ちをしている。5つ年下のエミリに優しく丁寧な口調で話し掛けてくれて、見合いの席での印象は悪くなかった。

 そして後日、デニス側から「是非、縁談を進めたい」という申し出があったと聞いた。今考えると、姑フレヤ主導の申し出だったのだろうが。

 デニスとの見合い話を持って来てくれたエミリの母親の友人は言った。

「エミリちゃん。見合いではね、その『悪くない』っていう印象が大事なのよ。一目惚れなんてそうそうあるもんじゃないんだから、イヤじゃなけりゃ上等よ。イヤでなければ暫くお付き合いをしてみなさい。どうしても無理なことが出てくれば、その時点で断ればいいんだから」

 今まで多数の縁談を纏めて来たと言うその人の言葉に、若いエミリは素直にそういうモノかと思い「お受けします」と返事をしたのだった。


 その後、エミリとデニスはデートを重ね、やがて正式に婚約をした。

 エミリの目に映ったデニスは紳士的で誠実な男性だった。ときめきは感じなかったものの、この男性ひととなら穏やかな家庭が築けそう、と思ったエミリは、充分納得尽くでデニスとの結婚を決めたのである。


 姑フレヤが言う。

「エミリちゃんとの結婚が決まった時、私もアリスもニルスも大喜びしたのよ。これでやっとデニスに幸せがやって来ると思ってね。あ、もちろん、デニス本人がエミリちゃんとの結婚を望んだのよ。エミリちゃんのことを『あの子といると気持ちが安らぐ。不思議と心地いいんだよ』って言って」

「え? デニッさんがそんな事を?」

 デニスから、直接そんな台詞は聞いたことが無い。

 そんな風に思ってくれていたのかと思うと、エミリはちょっぴり嬉しくなった。

   

「無事に結婚式も終えて、エミリちゃんがこの家で暮らし始めてくれて、私は本当に安堵していたのよ。それなのに、あの女が――」

 あの女とは間違いなくアーダの事だろう。

「アーダさんがどうかしたんですか?」

「新婚ホヤホヤのデニスに復縁を迫ってきたの。正気とは思えないでしょ? あの女は人としての何かが欠落しているのよ」

 空いた口が塞がらないエミリ。

「……。それはまた、凄いですね」

「もちろんデニスは断ったのよ。なのに、アーダさんは執拗にデニスに付き纏ってきてね。デニスも辟易しているようだった。あ、後輩騎士には直ぐに飽きちゃったみたいよ。そのケヴィン君とやらも不憫よね。結局、アーダさんにポイ捨てされたんだもの。それから、任務中にアーダさんが怪我をして――放って置けばいいものを、お人好しのデニスが彼女に同情して、事もあろうにエミリちゃんを彼女の所に手伝いに行かせるなんて言い出したから、私もアリスもニルスも頭にキちゃったのよ」

「なるほど、そういう事だったんですね」

 婚家の家族がアーダを厭う理由がようやくハッキリした。そしてアーダの家に通うエミリを案じる理由も。


「アーダさんは今もデニスとの復縁を諦めていない。そんな彼女の所にエミリちゃんを行かせるのは危ないって、何度もデニスに言ったんだけど、デニスは『アーダは別にエミリに恨みなんか持ってないだろ?』って。あの子は少し人の心情に疎いところがあって【女の敵は女】になってしまうんだって事が理解できないみたいなの」

 ちょっと鈍い男性にはありそうな事だと、エミリは思った。

 姑フレヤは続ける。

「だからね。エミリちゃんには早いとこ事実を明かしたかったのよ。もうアーダさんの家に行くのはやめていいから。デニスには私からもう一度よく話すわ」


 フレヤがエミリを案じてくれているのは分かる。

 けれど、エミリは少し考えてから、こう答えた。

「いえ。当初の約束通り、あと4週間ほどアーダさんの家に手伝いに行きます」

「エミリちゃん?」

「今のところ、アーダさんは私に牙を剥いてはいません。何よりまだ7歳のイーダちゃんを放って置けないんです。勿論、少しでも嫌がらせをされたら、その時点で全て投げ出して逃げますから。今まで通り彼女の家に行かせてください」

 エミリの返事を聞いて、フレヤは呆れたように言った。

「エミリちゃん。貴女、お人好し過ぎよ」

 フレヤの言葉にエミリは首を竦めた。


「お義母さん。一つだけお願いがあります」

「なぁに?」

 エミリは、フレヤからアーダに関する諸々を聞いたことを、夫デニスには内緒にして欲しい、とフレヤに頼んだ。

「デニッさんとギクシャクしたくないんです。お願いします。今まで通り、私は何も知らない事にしておいてください」

「……エミリちゃんはそれでいいの?」

 フレヤは困惑の表情を浮かべたが、エミリは「とにかく内緒にしてください」と押し切った。



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