1 夫の同僚を助けることになった
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
アーダはエミリの夫デニスと同い年の23歳で、背が高くすらりとした女性騎士だ。少しキツめの中性的な顔立ちは凛として美しく、紹介された際、彼女の切れ長の目で見つめられたエミリは、そのあまりの格好良さに思わずウットリしてしまった程だ。
エミリはと言えば夫デニスやアーダより5つ年下の18歳。少しだけタレ目のエミリは、美人というよりも可愛らしいタイプで、周囲からはよく「童顔」だと言われる。身体もやや小柄で、シュッ&キリッとしたアーダとは対照的な容姿だ。
独身の間は貴族邸でメイドをしていたエミリ。エミリの両親も兄も、同じ貴族邸で使用人として働いていた。結婚を機に仕事を辞めたエミリ以外の家族は、現在もその貴族邸で働いている。
ちなみにエミリとデニスは見合い結婚だ。お互いの結婚前の事はよく知らない。が、結婚後は特に問題も無く、夫婦関係はそれなりに良好だとエミリは思っている。
「ええ。わかりました。アーダさんは任務中に利き腕を怪我されたのでしょう? まだ7歳の妹さんと二人暮らしでは、さぞかし困っていらっしゃるでしょう。私で良ければ、アーダさんの怪我が治るまで、毎日食事の支度に行きますよ」
エミリがそう言うと、デニスはホッとした表情になった。
「ありがとう。アーダは妹に満足な食事を与えられない事を気に病んでいるようでね。君の料理は美味いから、アーダも妹もきっと大喜びだな」
「うふふ。任せてくださいな」
その日の夜。夫デニスが、同居している家族にこの件を話した。
この家にはエミリ、デニス夫婦と、デニスの母親フレヤ、そしてデニスの妹アリス(15歳)と弟ニルス(12歳)の計5人で暮らしている。デニスの父は7年前に病で亡くなったそうだ。
結婚して半年ほどのエミリとデニスの間にはまだ子供はいない。この家の家事は姑と15歳の義妹で充分手が足りるはずだし、嫁のエミリが暫くアーダの手伝いに行っても何の問題も無い、とエミリは思っていた。
ところが、驚いたことに、デニスの話を聞いた家族全員が反対をしたのである。
まず、姑のフレヤが思い切り顔を顰めて言った。
「デニス。あなた何を言ってるの? エミリちゃんにアーダさんの食事の世話をさせる? バカ言わないでちょうだい!」
義妹アリスもデニスを睨み付ける。
「お兄ちゃん、最低ね!」
12歳の義弟ニルスまでが、デニスに軽蔑の眼差しを向け言い放つ。
「くたばれ! クソ兄貴!」
エミリは驚いた。
⦅え~!? 何、この反応?⦆
訳が分からない。
デニスの同僚、それも同期の仲間であるアーダが、任務中に利き腕を怪我した。彼女は独身で既に両親は他界していて、まだ7歳の妹との二人暮らしだ。「怪我をしてから外食や保存食ばかりの食生活になってしまい参っている。せめて育ち盛りの妹にはちゃんとした家庭料理を食べさせたい」とアーダから相談を受けたデニスが、料理自慢の新妻エミリにアーダ姉妹の毎日の食事作りを頼んだ――というのが、この件の経緯だ。姑や義妹、義弟から反対される理由が思い当たらない。
困惑するエミリをよそに、デニスと家族は言い争う。
「困っている同期を助けるのに、何で反対されなきゃいけないんだ?」
デニスの台詞に、心の中でウンウンと頷くエミリ。
姑フレヤが大きな声で言い返す。
「自分の胸に手を当てて考えな! このバカ息子!」
義妹と義弟もフレヤに加勢する。
「お兄ちゃんの【人でなし】!」
「くたばれ! クズ兄貴!」
⦅え~? そこまで言っちゃう~?⦆
エミリはどうしていいか分からず、黙ったまま固まっていた。
散々揉めた挙句、結局、デニスが家族の反対を無視する形で、エミリは当初の予定通りアーダの家で食事作りをすることになった。
姑フレヤからは何故か「エミリちゃん、本当にゴメンね。アーダさんの家の食事なんて適当に作ればいいからね。ちょっとでも嫌な目に遭ったら、すぐに全部放って帰っておいで」と念を押された。
「???……は、はい」
困惑しながらも、翌日から早速エミリはアーダの家に通い始めたのである。