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「ん?ポンタ。お前なんか貧相になったな。顔もなんか変だぞ」
清潔保持スキルでドサッと抜けた毛溜まりのそばにいるポンタ。アンダーコートが大量に抜けた影響で身体が痩せて小さく見えるのだ。
顔が変?
トコトコと歩いて鏡の前にいく。
あー、サル期だなこれ。
ダブルコートの子犬は顔の周りだけ先に毛が抜けておサルさんみたいになる時期があるのだ。
ランガス、一生のうちのこの時期にしか見られない特殊な状態だ。よく見とけよ、ある意味貴重なんだから。
「それにしてもお前、服でも脱いだのかってぐらい毛が抜けてんな。皮膚病とかになってねーだろうな?」
ポイッとひっくり返され、毛を分けて皮膚を見られる。男同士ではあるが丸出しのままジロジロと見られるのはなんか恥ずかしい。
ポンタは恥ずかしくなり顔を横に背けた。
「なんともねーようだな。冬毛が一気に抜けたってことか?」
そうそう。お前がブラッシングしてくれないからだよ。
「ま、なんともねーならいいか。飯食いに行くか」
ランガスは常連になっている食堂へと向かった。
「ちょっと、ランガスさん。魔獣なんか連れて来たら困るよ」
「ちげーよ、こいつは犬だ。しかも賢いから心配すんな」
「犬だって?なんか随分とみすぼらしい犬だね。どこで拾ってきたんだい?」
「訓練校の奴らが見付けたやつでな。訓練の的にされてたから可哀想になって買ったんだが当たりだったわこいつ。魔物の索敵も出来るし、薬草とかもすぐに見つけやがるんだ」
「へぇ、冒険者の相棒としてうってつけだね」
「だろ?」
ランガスは恰幅のいい飯屋のオバちゃんとそんな会話をしていたら近くに座ってた柄の悪そうな毛むくじゃらの奴が絡んできた。
「ランガスよぉ、飯屋に獣なんか連れてくんな。獣臭くて酒が不味くならぁ」
お前の方が獣臭いわ。清潔保持したばっかだから獣臭いわけないだろうが。
俺を臭いといったやつに向かって鼻を抑えながら見てやった。獣臭いのはお前だ。
「ラーク、お前の方が臭いってよ。うわっはっはっは」
「なんだとっ」
「ここで暴れんじゃないよっ。確かにあんた臭いじゃないか。たまには風呂に入ってから飯を食いにきな」
と、オバちゃんがいうと店の中は大笑いになった。みんな同じ事を思っていたのだろう。
「キャメル、お前なに笑ってんだ。おめ~だって臭ぇだろうが」
「お前よりマシだ。なー、メビウスもそう思うだろ?」
「どっちも獣臭いわよ。もう慣れたけど」
メビウスと呼ばれた女の人は色っぽいな。杖持ってるから魔法使いだろうか?
「ランガス、その犬なんて名前?」
「こいつはポンタだ。つい最近までタヌキみたいだったんだ。ごっそり毛が抜けて貧相になっちまったがな」
へぇ、と言いながら近付いてきたメビウスはひょいとポンタを抱き上げた。
うむ、この感触はなかなかに宜しい。女の人ってこんなに柔らかいんだな。
ポンタは犬の立場を利用して胸に顔を埋めてみた。至福至福♪
「あら、随分と甘えたなのね」
「まだ仔犬だろうからな」
「この仔犬、魔物の索敵も出来るんでしょ?私にくれないかしら?」
なんですと?飼い主がランガスからこの感触の良い女の人に変わるのか?
「ダメだ。こいつは俺のもんだからな」
「えー、ケチ。ねー、ポンタくん。私の方が良いわよねぇ」
むぎゅうっ
うん、ランガスの硬い身体よりこっちの方がいい。
「こら、ポンタ。お前こいつに連れて帰られたら痛い目に合うぞ」
ひょいとポンタを取り返すランガス。
痛い目に合う?
「あら残念。せっかく実験を手伝って貰おうと思ったのに」
実験?
「ポンタ、お前変なもん飲まさせれたり塗られたりすんぞ」
「変なものって何よぉ。新しいポーションの実験を手伝って貰おうと思ったのにぃ」
こいつ、動物実験に俺を使うつもりだったのか…
ポンタはコソコソとランガスの後ろに隠れた。
「あら、隠れちゃった」
「こいつは人の言うことを理解するからな。俺の言ったことがわかったんだよ」
「たまたまでしょ?」
「まぁ、そう思っとけ」
ランガスはポンタように焼き鳥を注文して自分は何かの肉とビールを頼んでいた。焼き鳥をウマウマと食ってるとランガスに運ばれて来たのは分厚いステーキ。なんの肉だろうか?見た目は牛肉みたいで旨そうだな。霜降りでは無いが赤身のステーキだ。
「流石はAランク、ミノタウルスとは豪勢なもん頼みやがったな」
「今日、半年分の依頼料もらったからな」
ミノタウルス?
「お、ポンタ。お前も食いたいのか?ほれ、一口食べてみろ」
と、切り分けてくれた一切れを食べてみる。おっ、硬いけど臭くない。USビーフのステーキみたいな感じだな。
「どうだ?旨いだろ?」
コクコク
「お前ちゃっかりしてやがんな。イノシシとか鹿とかあまり食わねえくせに、ミノタウルスなら食うんだな」
イノシシみたいに臭くないし、鹿みたいにパサパサしてないなからな。硬さを除けば十分に食うに値する。確かミノタウルスって牛の魔物だよな?この世界じゃ動物より魔物の方が旨いのか。
支払いは1万Gぐらい払ってたからミノタウルスのステーキはそこそこ高いみたいだな。俺も人化したらあれぐらい食えるぐらい稼がないとな。そうでないと肉は鶏肉ぐらいしか食えん生活になってしまう。
酔ったラークにまた絡まれそうになったので早々に飯屋を退散したランガスとポンタ。
翌日からランガスはギルドに顔を出して魔物討伐中心の依頼を受けるのであった。索敵を手伝うことで少しずつポイントが溜まっていく。どうやら自身でお金を貰わなくても依頼をこなすことでポイントは加算されていくようだ。
依頼を受けている間に魔物の名前や討伐証明としてどこを持って帰るか学んでいくポンタ。ランガスも人に話し掛けるようにポンタに教えていく。魔物の種類別に臭いも覚えた。こうしてポンタは冒険者としての基礎を学びつつ日々を過ごすのであった。
そして年を越し、念願の成犬になる時が来た。
おっ、ウィンドウの中に人化スキルが増えてる。ようやく人化出来るのか。説明では人化した後も犬にも戻れるらしい。
いきなり人化したらランガスが驚くだろうから寝るのを待って実験してみる事に。
人化スキル発動っ!
ボワンっという効果音が聞こえたような気がした。
やった!人の姿になってる。
が、なんだこれ?
暗い部屋の中で鏡に写った自分をみると、ケモミミと尻尾がある。爪は人の爪ではあるが元の黒色だ。髪の毛はウルフセーブルと同じく黒とシルバーが混ざった感じ。手触りもポメラニアンと時と同じだ。顔立ちはポメラニアンの時の面影を残すベビーフェイス。くりくりした目の目尻からアイラインを入れたような模様も残っているので我ながら可愛らしい。見ようによっては化粧をした女の子にも見える。
そして人化しても小さい。
これ、身長が155cmぐらいしかないんじゃないのか?
「神様っ、神様っ」
「おおー、哀れな者よ。もう成犬になったのじゃな」
「人化は出来るようになったけど、これ成長途中?」
「いや、もうそれで大人じゃ」
マジかよ…。ランガスとか190cmくらいあるんだぞ。他の人も元の世界より大きいし、男の平均身長は180cmくらいありそうなんだけど。女の人でも平均で165cmくらいか。
「もう少し背が高くならないんですかね?」
「それで可愛いではないか?」
「可愛いけどっ、可愛いけどっ」
女の人よりかなり小さくても恋愛対象になるのか?誰かは背の低い男は人権が無いとか言って炎上していたけれども。
「俺はモテたいんです。この身長でモテますかね?」
「心配するでない。モテモテじゃ」
ならいいけど…
「話はそれだけか?」
「えっ?あ、はい」
神様は忙しいらしく、すぐに話は終わってしまった。
「んん…、誰かいんのか?」
やばっ、ランガスが目を覚ました。
「だっ、誰だっ!」
「あの、ランガス…」
「まさか天使か…、何と愛らしい…」
一糸まとわぬ姿のポンタを見てランガスは見惚れてしまうのであった。
じりっじりっと近寄ってくるランガス。
「ラ、ランガス、落ち着け俺だ、ポンタだよ」
「可愛い…」
「いやーっ、やめろーっ、離しやがれっ」
ガッと腕を掴まれたポンタはランガスに抱きしめらめる。
「神よ、自分に天使を使わせて下さったのか」
ダメだ。このままではやられてしまう。
「嫌だーーーっ。ファーストキスが奪われるぅぅぅぅ」
ふんぬっと抱き締めてくるランガスを引き離そうとするが、哀れなポンタは非力なので屈強なランガスはビクともしない。
ヤバいこのままではっ このままではっ
ポンタはランガスの腕の中でジダバタ暴れて忍び寄ってくる唇を必死で交わし続けるのであった。