俺が100年前に結婚を約束した姫が現代日本にいるわけがない。いや、いる!?
「俺さ、100年前に結婚を約束したお姫様がいるんだよ」
小学生の頃、友人達にそう暴露すると大爆笑された。多分俺が今までの人生の中で一番笑いを取れた瞬間だった。
「いや、冗談でも嘘でもないんだって。俺、魔王を倒したらお姫様と結婚する約束してたんだよ」
前世の記憶を取り戻した俺は家族や友人達に打ち明けてみたが、今になって考えてみれば誰も信じてくれるはずがなかったのだ。まだ江戸時代や平安時代を生きていただとか、せめてこの現実世界での前世の話だったら多少の信憑性はあったかもしれない。しかし、魔王を倒すために何年も旅に出ていただとか、険しい山の頂上でどでかいドラゴンと戦っただとか、俺の過酷だった実体験はファンタジーな漫画やアニメの見過ぎだとかゲームのやり過ぎによる夢や妄想だと一蹴された。俺は100年の時を越えてこの世界に転生してきたはずだが、この世界の100年前はそんなファンタジーなものではない。
どれだけ俺が必死に伝えても、そんなドラゴンや魔王が出てくるファンタジーな話を誰もまともに相手してくれるはずもなく、中学高校と時が経つに連れ段々とそれを話題に出すのを控えるようになり、俺は前世の記憶を胸の内にしまって至って普通の青春時代を送っていたつもりだった。
高校二年の春、新しい教室、新しい席で俺はHRが始まるのを待っていた。
「今年はどうなるかね、勇者さんよ」
右隣の席に座るインテリメガネが俺を嘲笑うかのように言う。この何とも腹立たしいメガネ男子、高岸は小学校からの縁で、高校でも二年連続同じクラスになるという腐れ縁だ。
「腐れ縁も幼馴染の女の子とだったら嬉しいものだけどな」
「お前にはお姫様がいるのに?」
「もうやめてくれ、お姫様なんて恐れ多い」
昔、口を滑らせてしまいコイツには前世の記憶を話してしまったため、俺が勇者を自称している変人だと思っているようだ。俺も一人の男子として勿論恋愛に興味はあるが、どうしても前世の記憶が頭をよぎって踏み出せない部分があった。
しかし、突然教室に戻ってきたクラスメイトの男子が興奮を抑えきれないのか息を切らしながら、男子のグループが集まっていた教壇近くで叫んだ。
「お、おい! めっちゃ可愛い転校生が来るぞ!」
その一言でクラス中の男子が大盛り上がりだ。可愛い女子の転校生が来るという一大イベントに巡り合えるとは、俺もテンションが上がってしまう。
「さっき担任の中田と転校生が話してたんだよ。しかもパツキンのハーフっぽいぞ!? 何でも帰国子女らしい」
今時ハーフも珍しくなくなってきたが、恋に飢えた青春時代の男子にとっては逃すわけにはいかない大きなチャンスである。俺も地毛が金髪の外国人や染めている人を見かけたことはあるが、やはり金髪と聞くとあの人のことを思い出す。
「英語教えてもらうって口実で近づけねぇかなー」
「下心見え見え過ぎるだろ。部活とか入るかな、俺将棋部だけどどうにか目立てないか?」
クラスメイト達は転校生の話ではしゃぎっぱなしだったが、右隣に座る高岸は薄ら笑いを浮かべているだけだった。
「どう思う、勇者さんよ。お前の隣の席、空いてるぞ」
俺の左隣、窓際の一番後ろの席が空いている。俺は誰の席だろうと思っていたが……転校生をこんな窓際に追い込むかよ。
「それに、お前が言うお姫様は金髪だったんだろう?」
「別にこの世界でも珍しくないだろ金髪なんて。校則で髪染め禁止だから地毛だろうけど、帰国子女って頭良さそうだし仲良くなれる気がしない」
「成程、じゃあ成績優秀な俺なら近づけるかもしれないな」
「話が面白くないとモテねぇぞガリ勉野郎」
「それは勝ち組になってから言うんだな妄想勇者」
まだクラスメイト達は転校生の話題で盛り上がっているようだったが、とうとう担任の中田が教室に入ってきて怒鳴りながら生徒達を席につかせていた。
HRが始まり、担任や生徒らの簡単な自己紹介と連絡事項が終わると、クラス中の生徒達が、特に男子がソワソワとし始めていた。まだかまだかと、噂の転校生の登場が待ち遠しくてしょうがないらしい。そんな生徒達を見ながら中田は不機嫌そうに咳払いをすると「もしかしたらもう知っているかもしれないが」と前置きして話し始めた。
「このクラスに転校生が来ることになった。ほら、入ってきなさい」
教室の扉から、金色の髪がひょこっと出てきた。噂通り金髪で、まるで人形のような出で立ちの可愛らしい少女がトコトコと黒板の前まで歩いてきて、黒板にチョークで自分の名前を書いて口を開いた。
「私の名前は姫川華恋、カレンと呼んでください。まだ日本に帰ってきたばかりで日本での生活に慣れていませんが、早く馴染めるように頑張りますのでよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた彼女の自己紹介を聞いたクラスメイト達は盛大な拍手を送っていたが、俺は体を震わせていた。
まさか。
まさか、また会えるなんて。
「姫……?」
俺がそう小さく呟くと、右隣に座っていた高岸が不思議そうに俺の方を向いた。
「どうした?」
「い、いや、気にしないでくれ」
いいや、気のせいだろう。きっと他人の空似に違いない。その一目で脳裏に焼き付く程に神々しく可憐な雰囲気は確かに彼女を彷彿とさせたが、まさかそんなことがあるわけない。
俺は邪念を振り払おうと一人頭をブンブンと振っていたが、姫川華恋という転校生は驚くべき一言を言い放った。
「実は、私には100年前に結婚を約束していた方がいます」
彼女の一言で教室中が騒然となった。「100年前?」「何の話だ?」「イギリスじゃ普通なの?」「ブリティッシュジョーク?」などと皆が彼女の発言に困惑しているようだった。ただ一人、高岸は驚いたような表情で俺の方を向いた。
「なぁ……もしかしてお前の話、本当なのか?」
「いや、俺も信じられん」
「カレンって名前だったか?」
「あぁ、カレン……様だった……」
その容姿といい名前といい、転校生の少女は俺が100年前──前世で結婚を約束したお姫様本人に違いなかった。
「その方を探すために日本へ戻ってきました。いつか会える日を楽しみにしております」
どうしてわざわざ転校初日の自己紹介でそんな爆弾発言みたいなことを言ったのか、彼女は笑顔だったがクラスメイト達はまだざわついていた。
「あー、姫川さんは5歳の頃からイギリスに住んでいて、まだ日本に慣れていないんだ。皆、仲良くしてやってくれ。席は……栗栖の隣な」
担任の中田も彼女の発言に珍しく困惑した様子だったが、俺の左隣の席を指差していた。皆の注目が集まる中、姫川華恋は俺の隣の席に座った。
「貴方のお名前は?」
「え? あ、栗栖明です」
「よろしくお願いしますね」
姫……いや、姫川華恋は俺に笑顔を向けていたが、俺は椅子を出来る限り右隣に寄せて、そして高岸に助けを求めていた。だが奴は素知らぬ顔でだんまりを決め込んでいた。
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姫川華恋が転校してきてから一週間が経とうとしていた。転校初日は彼女の席の周りにクラスの女子や彼女を射止めようとする男子が群がり俺は避難していたが、最近は大分落ち着いてきていた。彼女もすっかりクラスに馴染んでいるようで、長い間イギリスにいたというが日本語も流暢で日直などの仕事もそつなくこなし、やはり英語の授業ではハードルも上がるが彼女は期待以上の語学力を見せる。初日の奇怪な発言は何かのジョークというように皆は受け止めているらしい。
一方俺は、全然彼女に近づくことが出来ていなかった。
「なぁ勇者さんよ」
放課後、日直の仕事で姫川華恋が席を外している中、高岸が帰る準備をしながら話しかけてきた。
「お前、お姫様を追っかけてたんじゃなかったのか?」
そう、転校初日から俺は自分から彼女に一切話しかけたことがない。そんな俺にも彼女は愛想を振りまいてくれるが、どうすればいいのかわからないというのが本音だ。俺に前世の記憶が無ければもう少し上手くコミュニケーションを取れているはずなのだが。
「いや……言っても100年も前の話だぞ。大体、俺は姫とろくに会話したことがなかったんだよ」
「王様が決めたってことか?」
「そう。俺は王国の辺境の村、貧乏な農民の生まれだぞ。それが女王になるかもしれない姫に謁見するどころか、結婚なんて……出来すぎた話だったが、緊張しすぎて何を話したかあまり覚えてない」
「お前は前世でもそんな奥手だったのか」
結婚の話は国王が魔王討伐の報酬として勝手に決めたようなものだったが、それを姫は了承してくれていたし多少の親交はあった。今の彼女と変わらず、姫は下々の人間にも愛想よく振る舞ってどんな人間にも人気のあった、お世辞抜きに素晴らしい人間だったが……今の俺は勇者でも何でもなくただの男子高校生だ。勇者という肩書を持たない俺が姫に近づくのは恐れ多い、という前世の習慣が体に染み付いてしまっている。
「人気があるからな。あのお姫様は。早くしないとお前は一生幻に囚われ続けることになるぞ」
「そうは言ってもなぁ……何かきっかけでもあれば良いんだが」
俺は高岸と一緒に帰ろうと教室を出たが、偶然通りがかった担任の中田に捕まってしまい、何故か俺だけが数学のプリントを上の階にある三年の教室から職員室まで運ばされることになった。
中田は無愛想でその上いちいち小言が多くあまり人気がない数学教師だ。俺も事ある度に何かの雑用を押し付けられてきた。溜息を吐きながら職員室から教室へ戻る途中、廊下の角を曲がろうとした時──突然俺の目の前に本の山が現れた。
「あっ」
「ぐへぇっ!?」
まるで壁のような量の本の山を避けきれずに直撃してしまう。俺は廊下に倒れて大量の本の下敷きになっていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てた様子の少女に体を揺さぶられながら、俺は顔の上にのしかかっていた本を取っていた。どうやら図鑑のようで様々な魚について書かれていた。
「いや、俺は体だけは丈夫だから大丈夫だ……」
俺が今までに一体どれだけの魔物と生身で戦ってきたと思っている。いや、それはあくまで前世での話だが、どういうわけか俺はこの現世でも体が丈夫らしい。子どもの頃にトラックに弾かれたことがあったが奇跡的に傷一つなかったこともある。
そんな俺はこんなハプニングを物ともせずに、こんな重い荷物を運んでいる女子を手伝おうかと彼女の顔を見た──が、俺は再び驚愕した。
「ひ、姫……川さん!?」
心配そうな表情で俺の側でペタンと座る少女は姫川華恋だった。彼女は大量の図鑑の直撃を受けてずっこけても平気そうな俺を見て驚いているようだったが、「そういえば」と口を開いた。
「貴方は栗栖さん? お怪我はないですか?」
「い、いや、大丈夫です。あの、姫……川さんは大丈夫ですか? どこか痛い所は?」
「いえ、私も問題ないですよ。すいません、前がよく見えなくて……」
そりゃこんな大きな図鑑を何十冊も持ち運んでいたら……と思いながら俺は廊下に散らばった図鑑を回収していたが、こんな十キロ以上はありそうな重さを、しかもどでかい本の山を姫川さんは一人で運んでいたのか?
「えっと……これ、姫川さんが一人で運んでらっしゃったんですか?」
「はい。司書の先生が大変そうに運ばれていたので、図書室まで手伝ってあげようかと思って」
そういえば司書は華奢な体格の女性だ。とはいえ手伝うにしても女子が一人で背負うような量のものじゃない、普通は台車でも使うはずだ。
「俺も手伝いますよ。一人じゃ大変でしょうから」
「え、良いんですか?」
俺は姫川さんが持っていた図鑑の七割程を持ったが、それだけでも変な持ち上げ方をすると腰をやられてしまいそうな重さだった。
図書室は二階の渡り廊下を歩いて隣の校舎の三階にあった。図書室まで図鑑を運ぶと、今度はそれを棚に入れる作業も姫川さんと一緒に手伝うことになった。まさかこうして姫川さんと二人になれる機会が巡ってくるとは思わなかった。いや、今日暇で良かった。それに仕事を押し付けてきた中田に感謝しないといけない。
「あの、姫……川さん」
俺は棚に図鑑を入れながら、隣で作業している姫川さんに話しかけた。
「カレンで良いですよ」
「じゃあカレンさん。わざわざお聞きするのは失礼かもしれませんが……転校してきた初日におっしゃっていた、あの『100年前に結婚を約束していた人』ってどういう意味なんでしょうか?」
俺は彼女を姫と意識し過ぎてしまい、柄にもなく随分と丁寧な口調で言った。姫……いやカレンさんは手を止めると、フフッと微笑んで嬉しそうに口を開いた。
「信じられないお話かもしれませんが、私には100年前、結婚を約束した方、いわゆる許嫁がいました。その方は私達の国を滅ぼさんとする魔王の討伐へと向かいましたが……その勇姿をこの目で見ることは叶いませんでした」
手先がプルプルと震えて作業がままならなくなったため、俺は手を止めて彼女の話を聞いていた。
「勿論この世界のお話ではありません。どういった巡り合せなのか私はおよそ100年もの間、冥界を旅して一風変わった世界へと転生して参りましたが、またいつか、あの世界を共に生きた方々と再会できるのではと心待ちにしているんです。勿論、結婚を約束を交わしたあの方とも……」
俺は、もう半ば諦めていた。前世の記憶なんか捨ててこの世界で堅実に生きようと考えていた。
だがカレンさんは……いや姫は、俺達のことを忘れずにいてくれていたんだ。間違いなく、彼女は俺が憧れた人だった。
「あの、その結婚を約束した人の名前って──」
「はい、勿論覚えております。あの方のお名前は」
「──クリス・ウェクレイド」
俺がその名を呟いて姫の方を向くと、彼女は大きな図鑑を手に持ち、口を開けたまま俺の方を見ていた。俺は声を震わせながら、クリス・ウェクレイドという名の勇者について語った。
「辺境の村に生まれたクリスは名字を持っていませんでした。ですが勇者としての活躍を認めてくださった国王様がその褒美として、王国の中でも名高い貴族の名を与えてくださいました」
かつては国王の政を助ける宰相を多く輩出していた貴族の名門ウェクレイド家は当時断絶状態にあったが、国王のご厚意で勇者がその名を賜ることで復活した。流石に宰相にはならなかったが、家族も一流貴族の扱いに格上げされて大いに喜んでいた。
「カレンさんはライカ山脈に住まう神竜、ケリースファイの物語はご存知ですか?」
「はい。よくばあや達から聞かされました」
「かの世界で最も賢く、世界の全てを見通していると言われたケリースファイは、世界を救う勇者として姫の名を上げておりました。私は……王国の皆に勇者としてもてはやされましたが、混沌とする世界に怯える民に希望を与え、そして決戦に怯える私の背中を教えてくれた姫こそが真の勇者であると信じています」
度重なる魔物達の襲撃で王国の経済は混乱し治安も悪化する一方で、度々反乱も発生していた。俺もその対処に追われることもあったが、混乱する王国をひとまとめにしたのは若き王女、カレンだったのだ。
この世界に姫川華恋として転生してきた姫は、潤々と涙を溜めながら、笑顔で口を開いた。
「……勇者クリス・ウェクレイド。私が最後に貴方に伝えた言葉を覚えていますか?」
「『いつまでも貴方の帰りを待っています』、と」
あれから100年の時を転生のために彷徨い──いや、この世界に生を受けてからは16年ちょっとぐらいだが、長く待たせてしまった。俺と姫はお互いに涙を流しながら、感激のあまり抱擁を交わしていた。
「お会いしとうございました、姫……!」
「よくぞ再び私の前に現れてくれました、クリス……!」
長い道のりだった。かつての俺は辺境の村に住む貧しい農民の家に生まれ、村を守るために戦っていたのが次第に仕事が増えていき魔王を討伐する勇者と呼ばれるようになった。しかしこの世界でそんな肩書は一切意味がない。今の俺は一般的なサラリーマンの父親と事務職の母親の間に生まれた、特に成績が優秀というわけでもなくスポーツ万能というわけでもなく、何の特徴もないただの男子高校生だ。
前世の記憶が今の俺を縛ってもいたが、ようやく夢が叶ったのだ。俺と姫は感激の抱擁を終えると、お互いに笑っていた。
「クリス、実は初めて貴方を見たときから運命のようなものを感じていたんです」
「え? どうしてですか?」
「容姿が似ているような気がしましたし、お名前も栗栖なので」
「それは私も姫に対して思いましたよ」
名字に姫ってついてるし名前が華恋ときたもんだ。これで彼女が姫じゃなかったらただの神の嫌がらせである。
「クリス、今の私は姫じゃありません。ただの女子高生です。貴方も高校生でしょう? ここに今までの私達を隔てる身分なんてありません。普通の友達のように、軽い口調で構いませんよ」
「いや、そう言われても……困る。これは体に染み付いてるから」
「フフ、私は貴方をクリスとお呼びすればいいですか? それともアキラ?」
「いや、クリスでいいよ。その方が呼びやすいだろ」
「じゃあ私のこともカレンと呼び捨てで呼んで下さいませ」
「それはそれでむず痒いな。だったら……カレンももっと気軽に話してくれても」
「私はこの世界でもこのような口調なので」
前世では想像できないほどフラットな関係だ。おしとやかな雰囲気のカレンはウキウキしていてとても可愛らしいが、俺はあることを思い出して気落ちしていた。こんな奇跡のような感動的な出会いに水を差したくないが、俺は男子高校生栗栖明としてではなく、勇者クリス・ウェクレイドとして姫に伝えなければならないことがあった。
「なぁ、カレン……100年前の約束、覚えてるか?」
「はい。魔王討伐の暁に、でしたね」
「俺、実は……魔王に負けたんだ。そこで死んで、100年の時を経てこの世界に転生してきたんだよ」
100年前、勇者だった俺は魔王との最終決戦に挑むために仲間達と共に魔王城へと旅立った。魔王が支配している土地は広く、仲間を失いながら俺は魔王の元へと辿り着いて一騎打ちになったが──魔王の槍が俺の心臓を貫いて、回復魔法も間に合わずに俺は死んでしまった。そこから俺の魂は100年もの間冥界を彷徨い、この現代日本へと転生してきたわけだ。
俺は姫と、正確には国王と『魔王を討伐できたら姫と結婚』という約束をしていた。俺はその約束を果たせなかったのだ。
「そうですか……」
こういう形で姫に報告することになるとは思わなかった。この場合、約束を果たせなかったことを報告出来ないからだ。しかしカレンは俺の報告に深く頷いて口を開いた。
「その後、クリスは世界がどうなったかをご存知ですか?」
「いや、全然」
「実は私も、貴方が魔王の元へ向かってすぐに死んでしまったのです。ですから貴方が負けたことも知りませんでした」
「え、姫も? まさか魔王達が王国に?」
「いえ、王国軍の一部が反乱を起こしまして……私は命からがら王都を脱出しましたが、追手によって殺されてしまいました」
「そんな……!」
王国には敵対する国や組織が多く存在したが、王国軍は国王に忠実で最も信頼できる人間達のはずだった。勇者だった俺も何度も助けられたことがある。まさか彼らが反乱を起こすなんて……きっと魔王に唆されたに違いない。
「ただ私が気になるのは……私達以外にもこの世界に転生してきた人はいないのでしょうか」
俺は前世で転生に必要な呪文を使ったり儀式を執り行った覚えはないし、冥界を100年程彷徨ったことは覚えているがその時の記憶は持っていない。神様の悪戯か、こうして姫と会わせてくれたのは嬉しい限りだが、かつての仲間達とも会いたくなる。
「例えば魔王とかいてくれたら、俺にとっては手っ取り早いんだが──」
すると突然、図書室の扉が勢いよく開かれた。
「話は聞かせてもらった!」
そこに佇んでいたのは、クラスメイトの高岸だった。
「な、高岸!?」
「勇者さんよ……お前、俺の名前を覚えているか?」
「高岸勇魔……え、お前のその『魔』ってもしかして……」
子どもに『魔』という漢字を当てるとはどんな神経してるんだと俺も思うことはあった。高岸は俺の前世の話を聞いてもバカにしてくるぐらいで、奴の前世の話をすることなんて今までに一度もなかった。
「お前、まさか魔王だったのか!?」
高岸はメガネを外し、高笑いしながら言う。
「そうだよ勇者さん、お前の攻撃は中々良かったよ。あの剣は確か王国の宝物庫にあった伝説の聖剣なんだろう? お前は剣士としてだけでなく魔法にも長けていたが、申し分ない相手だったな」
「じゃあお前、俺が勇者だと知っていたのかよ!?」
「全然気づかねぇなぁと思っていたよ。俺は前世でも勇者さんとご丁寧に言ってあげてたじゃないか。ま、容姿がこうも違えば考えつかないだろうがね」
確かに前世の記憶にある魔王の容姿は、何か鎧みたいなゴツゴツとした鱗に覆われていてでっかい角も生えていて、顔と手足があるからまぁ一応人間っぽい形をしてるなと思ったぐらいだ。擬人化したらこんな感じなのか、思ってたのと全然違うじゃん。もっと脳筋かと思ってた。
「でも、高岸さんは魔王の力を持っておられるのですか?」
カレンがそうツッコむと高岸は黙ってしまった。どうやら俺が前世のように全然剣や魔法を使えないように、今の高岸も魔王の力は使えないようだ。
「俺は……この世界では普通の人間みたいに生きていたいと思ってるんだ……」
成程、勇者である俺と戦いたくないから身分を隠していたと。高岸の前世が魔王だったという事実には驚くばかりだが……ってかコイツ全然魔王っぽくないな。俺も全然勇者っぽくないだろうけど。
「いや、今更ここでお前をボコボコにしてもしょうがないだろ。てか、お前はあの戦いの後どうなったんだ? 俺も死んで王国は滅んだ、もしかしてお前が世界を支配したのか?」
「いや、多分俺もそのタイミングで死んでるんだ」
俺とカレンは同時に首を傾げていた。
「ほら、俺が丹精込めて作った槍でお前の心臓貫いたじゃん? でも同時にお前が持ってた聖剣で俺の首が持ってかれたんだ」
「じゃあ……」
「相討ち……ってことですか?」
じゃあ俺は一応姫との約束を果たせていたということだ。いや、死んでしまっては元も子もない、例えあの世界で王国に帰っていたとしても姫は死んでいて、俺は絶望に明け暮れていただけだろう。
「あの、カレン……これって約束を果たしたことになるの?」
「うーん、そうですね……生きて帰ってこないと意味がありませんよね」
「ごもっともです」
すると、カレンは何か思いついたかのように手をポンッと叩いて口を開いた。
「ならこうしましょう。今度はクリスが高岸さんに勝てばいいのではないですか?」
「え、ドンパチやれって?」
「いえいえ、今の私達は高校生です。この青春の中にも色んな勝負事があるじゃないですか、定期テストやスポーツ大会、バレンタインなんかもそうでしょう。高校卒業までに、その数々の勝負に総合的に勝った方が晴れて私と結婚、という形でいかがでしょう?」
高岸の成績は俺よりも上だが、スポーツなら楽に勝てる相手だ。かといって勉学をおろそかにするわけにもいかず、どうやら他のイベントでも高岸、いや魔王と勝負しないといけないらしい。
「って、しれっと高岸が参加してるけど!? カレンはそれでいいの!?」
「はい。私はクリスが勝つと信じています」
「姫……」
「それに私は前世が魔王の方とは結婚したくありません。だからがんばってくださいねクリス」
「は? 何か腹立ってきたんだけど? もしかして俺って勇者さんの出汁にされてるだけ?」
せっかくこうして再会できたのだから、カレンを元魔王の高岸に奪われるのだけは絶対に嫌だ。あと高校二年間、カレンが俺達に課した勝負に絶対に勝たなければならない。
「勇者さんよ……テストでは絶対に負けないからな」
「いいや、俺もカレンのためにお前を追い越すんだよ。カレンと結婚するのは俺だ!」
「フフ、とても楽しみです」
100年越しの再会を果たした勇者、姫、魔王。俺は今度こそ姫との約束を果たすために、再び魔王と戦わなければならないようだ────。