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悪意は善意に駆逐され、聖女達は眠りに着いた

「教皇様、ロアス王国が降伏しました!」


 教皇の間に衛兵からの報告が上がる。

 居並ぶ幹部達は青ざめた表情のまま項垂れていた。


「まさかロアスまでもが...」


 教皇が呻く。

 勇者の断罪を行った隣国のロアス王国は教会にとって最後の防波堤だった。

 世界最大にして最強の国だったロアス王国。

 教会本部があるノア公国と友好国のロアス王国が落ちたと報告は同時に公国の終わりも告げていた。


「教皇様どうしましょう...」


 幹部の1人が隣に座る教皇に尋ねた。

 問いに答える事が出来ない。

 それは全ての幹部達も分かっていた。


「まさか教会に反旗を翻す反逆の徒がここまで居たとは...」


「ハムナがあれ程慕われていたなんて」


 幹部達は事態を甘く見ていた。

 断罪によって教会側の力を強め、勇者の名声を落とすつもりが全く逆の結果となっていたのだ。


「...ハムナの樹か」


 忌々しそうに幹部が呟く。

 タンサレ王国はハムナの遺体を持ち帰り、王宮の庭に埋葬した。

 そこから自生した1本の木。

 僅か1年で大樹となり美しい花を沢山咲かせた。

 その花を国王は、


『勇者、そして神の加護が花に宿っているのだ、今こそ神を騙る教会に怒りの鉄槌を!』


 そう言って配った。

 ナンリム一世の檄に心は一つとなった。


 タンサレ王国を中心とする反教会軍はそれから僅か3年で各国からの支持を集め、破竹の勢いで教会側の国を飲み込んでいった。


 そのうねりは軍隊だけに留まらず、ハムナに命を助けられた民衆達を中心とした義勇兵も加わった。

 教会側の軍は戦地で補給もままならず、一方的に蹂躙された。


「ハムナを殺したのは間違いでしたな」


 幹部の1人が言った言葉に部屋の空気が凍り付く。

 幹部は構う事なく言葉を続けた。


「こうなっては生け贄が必要かと」


「生け贄?」


「教会は勇者を助命しようとした、それを許さずハムナを処刑した魔王に操られし女...」


「ローレンか?」


 教皇の目が光った。


「それを裁判で証明し、裁くのです」


「しかしローレンは最早...」


 幹部の脳裏に現在のローレンの姿が浮かぶ。


 4年前、真相を知り発狂したローレン。

 再婚約を結ぶところでは無かった。

 教会はあらゆる治療を行ったが、錯乱は収まらず今は教会の地下牢に幽閉されていた。


「丁度良いではないか」


「...教皇様」


「今のローレンを見れば民衆だけでは無い、タンサレ王国を中心とした反乱軍の奴等も真の原因はローレンだったと納得するであろう」


 歪んだ笑みを浮かべる教皇。

 幹部達も納得した様子で追随する。


「早速バカ共に使者を立てるのだ!

 そして民衆を集めよ、教会が悪魔に鉄槌を下すとな!」


「は!」


 教皇の号令に幹部達が立ち上がり、こうして聖女の裁判という茶番劇が幕を開けた。


「出ろ!」


 地下牢から引き摺り出されたローレン。

 4年間光の届かぬ地下牢での幽閉生活。

 身を清める事すら無かった身体は垢に(まみ)れ、美しかったブロンドの髪は一部が剥げ落ち、何より皺だらけの容貌は美しかった面影は全く失って老婆の様であった。


「...臭え」


 脇を掴む衛兵は顔を歪めた。


「よく死なねえな」


 食事も碌に与えられて無かった身体は枯れ木の様に細く今にも折れそうだった。


「腐っても聖女か」


「ああ、病気1つしねえのはさすがだ」


「早く死んだ方が楽だぜ」


「確かにな」


 軽口を叩きながら衛兵達はローレンを教会本部前の広場に作られた特設の法廷へ連行した。

 集まった民衆達は変わり果てたローレンの姿に罵倒するのも忘れて沈黙していた。


 この場に呼ばれた反教会代表のナンリム一世と数人の女達は静かな目でローレンを見つめるが、ローレンは全く反応する事が無かった。


「魔王に呪われし女ローレンよ!」


 法廷の壇上から教皇の声がこだまする。


「世界の救世主たる勇者ハムナを魔王の手先となり処刑した罪許し難し、よって神の名に於いてここに断頭を命ず!」


 教皇の言葉をただ黙って聞くローレン。

 ハムナと聞いた時、僅かに身体を震わせただけだった。


「直ぐに刑の執行を!」


「は!」


 衛兵がローレンを断頭台に連れて行く、ハムナがされた時と同じ様だった。

 そして衛兵がローレンに断頭斧を振りかぶったその時。


「教皇!」


 広場にナンリム一世の声が響き、同時に女達が衛兵の腕を掴んでいた。


「貴様、教皇様を呼び捨てるなど不逞な!」


「やかましい!」


「ヒッ!」


 国王が睨みつけると幹部は恐怖に腰から砕け落ちた。


「ローレンと話がしたい」


「...許そう」


 教皇は虚勢を張り国王に頷くが、足は震えていた。


「ローレン」


 国王は無理矢理ローレンを立たせるが視線すら合わせない。


「ハムナに詫びぬまま死ぬつもりか?」


「...それが私に...出来る事だから...」


 ローレンのひび割れた唇から紡ぎ出される小さな掠れ声に教皇達は驚愕した。


「馬鹿者!!」


 国王の怒声が響く。


「貴様に出来るのはこの場に集まったクズ共を断罪する事だ!

 それ以外にあるか!

 それがハムナに詫びる事だろうが!

 黙って死ぬのが償いになるか!」


 国王は懐から花と小さな木の実をローレンに押し付けた。


「...これは?」


「ハムナから生まれた神木の花と木の実だ。

 貴様に与えるのは不本意だが、神からの神託なのだろ?」


「神託...あれは夢では無かったの?」


 ローレンの言葉に国王は頷く。


『木の実を食べ神の裁きを果たせ、そして生きなさい』

 それがローレンの聞いた神託だった。


「何をしておる!止めろ!止めさせろ!!」


 ただならぬ空気に教皇が叫んだ。

 教皇を始めとする教会側の人間に一切届く事の無かった神託。

 彼等は神から既に見捨てられていた。

 衛兵達が抜刀してローレンと国王達に殺到する。

 僅か数人の国王達は取り囲まれてしまった。


「良いのか?民衆達の前で」


 焦る様子もなく国王が教皇に聞く。


「構わぬ、民衆共々皆殺しにすればよい」


 教皇が手を上げると更に大勢の衛兵が広場に集まった民衆達を取り囲んだ。


「止めろ話が違う!儂はローレンを殺すから見に来る様に言われただけだ!」


 民衆の中に居た1人の男が叫んだ。

 ローレンの元婚約者だった男。


「先ずは貴方から」


「止めろ!!」


 教皇の合図に衛兵が斬りかかる。

 武器を持たない公爵はたちまち衛兵達に斬り殺された。


「腐ってますね」


「全くだ」


 女達と国王は呆れを通り越した様子で凶行を見ていた。


「次は貴様達だ!」


 教皇が衛兵達に命じる。


「させない!!」


 女の叫び声と同時に天から降り注ぐ無数の光。

 凄まじい轟音が大地を揺す。

 それは聖女の聖魔法。

 だが威力は以前と比べ物にならない。

 轟音の後、衛兵達は全て塵と化していた。


「...まさか、貴様何故...」


 教皇が呟く。

 そこに居たのは光に包まれた女、ローレン本来の姿だった。


「後は任せる、終わったらタンサレ王国に来るが良い」


「けじめは着けてね」


「それがハムナ様に詫びる事よ」


 国王と女達が歩くと民衆達は黙って道を空けた。

 ローレンの前には教皇と幹部達。


「止めろ、ローレン。

 お前に教皇を譲る、どうだ?世界はお前の物だぞ」


「ローレ...いえ聖女様、まさか教育係の私を殺さないわよね」


「止めてくれ!俺には家族が...」


 口々に叫ぶ幹部達。

 ローレンは静かに手を上げた。


「神の雷」


 次の瞬間稲光がローレンの前に落ちる。

 光が収まった後には何も無かった。

 ローレンを除き誰1人の姿も。


 余りの光景に唖然とする民衆。

 ローレンは振り返る事なく、その場を後にした。


 半年後、ローレンはタンサレ王国の王宮に居た。


「これからどうするのだ?」


 ハムナの樹に祈りを捧げ終わったローレンに国王が尋ねた。


「旅に出ます。

 生きる価値の無い命ですが、何かの役には立ちましょう。死ぬ事は出来ませんから」


「魔法すら使えないお前が?」


「...それは」


 国王の問いに窮するローレン。

 断罪の後、ローレンは魔法が全く使えなくなっていた。

 ローレンは操られていた。

 しかし勇者ハムナを殺した女として一部の人間から恨まれている。

 魔法も使えないローレン、危険は明らか。

 その場に居た女達も同じ考えだった。


「昨日神託を見た」


 突然国王は話し出した。


「『ここでハムナの菩提を弔え。

 いつの日かハムナが生まれ変わったなら側に居られよう』とな」


「まさか!?」


「本当ですか?」


「...陛下」


 国王の言葉に女達の目が輝く。

 ローレンは国王を見つめていた。

 全ての力を失ったローレン、神託はもう下りる事は無い。


「私は聖職者では無いからな、単なる夢かもしれん。後は好きにせよ」


 国王が立ち去り、残されたローレンと女達は静かに頷いた。






 その昔、勇者は聖女達と魔王を倒しました。

 しかし聖女は魔王の呪いを受けてしまいました。

 悪に染まった教会は勇者を貶める為に聖女を唆し、聖女は勇者を殺してしまいました。


 その後、勇者の名誉を信じていた人々が立ち上がりました。

 彼等は力を合わせ遂に悪を倒しました。

 その中に呪いを解かれた聖女の姿もあったそうです。


 悪は滅び、聖女と勇者を慕う女達は彼の菩提を弔いながら生涯を終えました。

 女達は亡くなると勇者が眠る樹の側に埋められました。

 すると不思議な事に木が生えてきました。

 まるで勇者を守るかの様に。


 1人、また1人と亡くなり、その度に木は増え続け、最後に聖女が亡くなります。

 彼女は勇者の樹の隣に埋められました。


 最後に生えてきた樹と勇者の樹はいつも枝を擦り合わせていました。

 まるで2本の樹は夫婦であるかの様に。


おしまい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この世界の神はとても厳しい。 人間が人間以外の悪と戦う時は力を貸した。 しかし、人間が人間自身の愚かさによって害される事は止めなかった。 勇者は、神が授けた力によって抵抗する事が出来たは…
[一言] 連理の枝ですなぁ 真に恐ろしかったのは呪いか人間か…
[良い点] ナンリム一世がいい王様すぎて惚れる [気になる点] クズどもへの断罪が瞬殺すぎる。 あんなところで引っぱっても物語的にバランス悪いのはわかるけども!w 神の炎とかにして生きながら焼けばよか…
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