過ちと悪意は連動する
胸糞描写ありです。
ハムナの処刑から1ヶ月が過ぎた。
あの夜、神託に絶叫した聖女は錯乱状態のまま翌朝教会の馬車に乗せられ隣国にある教会本部へ連れ戻された。
当初錯乱が続いていた聖女だったが、教会の看護に自我を取り戻す事が出来たのだが、それは新たな地獄の始まりでしか無かった...
「おはよう」
「おはようございます聖女様」
保護した女達と会う為教会に程近い建物に顔を出した聖女ローレン。
以前の様な暖かい雰囲気は無く、寒々とした空気が漂っていた。
「また減りましたね」
「はい」
ローレンから魔王の呪いで操られていたと告げられた女達。
ある者はローレンを罵り、またある者はハムナの後を追い死のうとした。
彼女達も魔王の呪いを僅かながら受けていたのだ。
ローレンを介して魔王の呪いを...
「彼女達は?」
残された数人の女達を前にローレンは尋ねた。
行く宛ての無い彼女達。
恋人や婚約者の元に帰る選択肢は無かった。
思い出したのだ、ハムナへの想いに。
「いつもと同じです。タンサレ王国に向かうと言っておりました」
「そう」
タンサレ王国が彼女達を受け入れてくれるか分からない。
捕らわれたハムナをローレンと共に散々罵ったのだ。
何も言わず、悲しそうな目を向けていたハムナの姿を思い出すと胸が押し潰されそうなローレンだった。
「私達も今日此処を去ります、最後にご挨拶を済ませたかったのです」
残された女達がローレンに頭を下げた。
「ありがとう、でも王国は」
「分かっております。
せめてハムナ様の近くで死にたいのです」
受け入れを期待しない彼女達の言葉に自分が捲き込んでしまった罪の大きさを改めて知るローレンだった。
彼女達に別れを告げローレンは教会本部へと赴く。
ローレンはタンサレ王国へ何度も手紙を送った。
謝罪とハムナの名誉を回復する内容だが、タンサレ王国からの返答は一切無かった。
当然の結果。
諦め切れないローレンは教会本部を通じて手紙を送った。
教会の力を背景に何らかの返答を期待しての事だった。
「教皇様、タンサレ王国から手紙は来ておりませんか?」
「まだのようですね」
白く長い髯、華美な祭服を着た教皇は聖女の言葉を煩わしそうな態度で答えた。
「教皇様の親書を無視するとは、なんたる不敬な奴よ」
「全くでありますな、せっかく教皇が破門を解いてやると言っておるのに」
教皇の周りで口々に国王を罵る幹部達、その様子に聖女は自身の犯した過ちに苛まれる。
「それよりローレン、貴女は一体どうするつもりなのですか?」
項垂れる聖女を名指しで呼ぶ1人の女。
女はローレンが修道女だった頃の教育係だった。
ローレンが聖女に選ばれ、女も一司祭から幹部へと出世をしていた。
「...どうするとは?」
掠れる声で聖女は答える。
「貴女の婚約に決まっていましょう!
多大な寄付を頂いてる公爵様との婚約を一方的に破棄し、教会は莫大な慰謝料を支払ったのですよ!?」
「それは...」
聖女は言葉に詰まる。
公爵との婚約に聖女の意思は存在しなかった。
ローレンが聖女に選ばれると突然公爵家から申し込まれた婚約。
何度か顔を合わしたが、年は30歳以上離れており、妻や側室を既に10人以上囲っている醜悪で尊大、好色な男だった。
当然聖女は婚約を拒んだ。
しかし教会側はそれを許さず、無理矢理婚約を結ばせたのだった。
魔王討伐前に婚姻を急く公爵と教会、そんな聖女を救ったのが勇者ハムナだった。
『魔王討伐が果たされるまで聖女の婚姻は止めて頂きたい』
有無を言わせぬ勇者の言葉に教会側は折れた。
魔王を倒せるのは勇者、世界を救う事が出来るただ1人の前に教会側は逆らう事が出来なかったのだ。
ハムナは聖女を救った。
そして聖女は魔王討伐の旅をする内にハムナの優しさと誠実さに惹かれていった。
それはハムナも同じであった。
懸命に彼の為戦う聖女、いつしか2人は愛し合う様になっていたのだ。
「幸いにも公爵様は再度婚約を結ぶのであれば慰謝料は返金すると仰有られました。
慈悲深い公爵様です」
女は白々しく涙を拭う仕草をする。
婚約破棄の際、以前公爵から受け取った金銭を浪費して返す事が出来ず、自身の娘を公爵に差し出していた。
それでも足りず、更に金策に追われていた所で起きた今回の断罪劇。
それだけに女も必死だった。
「聖女、既に勇者は死んだのだ。
お前に裁かれてな」
それまで黙っていた教皇が聖女を射貫く目で呟いた。
「...それは魔王の呪いに」
「だとしてもだ、教会は貴様の告発で勇者を裁いた。
そして断頭という厳罰を科したのだぞ、民衆の前でな」
脳裏に浮かぶ光景に、込み上げる嘔吐感に耐えながら聖女は教皇を見る。
断頭にせよと密かに命じたのは教皇だった。
魔王の呪いでハムナに対する憎しみ。
考える事が出来ない聖女は教皇の言いなりだった。
「一部の民から断頭はやり過ぎだったとの声も上がっておりますからな」
「左様、あれだけ熱狂しておきながら勝手なものです」
「反乱の動きすらありますな、教会に歯向かおうなど、神罰が下りましょうぞ」
嘲笑う様に幹部達は聖女を見る。
ハムナに対して行った処刑が残虐非道であったと他国からの非難が教会に届くようになっていたのだ。
実際ハムナが魅了で女を操っていたと告発したが、世界で誰1人被害者が居なかった。
当然だ、魅了は存在しなかったのだから。
「今となっては事実はどうでも良いのだ」
「なんですって?」
教皇の言葉に聖女が睨む。
しかし教皇は気にする事なく言葉を続ける。
「教会が聖女に掛けられた魔王の呪いに気づけず、勇者を殺したとなれば我々の権威は失墜してしまう。
そんなバカな事が決して有ってはならん。
ローレン、魅了は存在して貴様は操られ、婚約を破棄してしまった。
魔王を倒した事でお前の魅了は解けた。
そして女達を救い、勇者は裁かれた。
それが真実なのだ」
有無を言わせぬ教皇の言葉に聖女は違和感を感じた。
「まさか教皇様は私が魔王の呪いに掛かっていると知って...」
「話は終わりだ、出ていきなさい」
「答えて下さい!!」
「衛兵、聖女を外に!」
衛兵が聖女を羽交い締めにする。
必死で抵抗する聖女だか、教会内で魔法は発動しない。
男の力に抗う事も出来ず引き摺られていく。
「許さない!
ハムナをハムナを返して!!」
「もうハムナは居らぬ!貴様が殺したのだ!!」
幹部の1人が頭上にある絵画を指差した。
「これが真実なのだ!」
「ギャァァ!!」
人間の物と思えない叫び声を上げる聖女。
そこには満面の笑みを浮かべ、ハムナの首を掲げる自分の姿が描かれていた。