聖女の過ち
お付き合いを
「元勇者ハムナ!禁忌されし魅了を使い、幾多の女性を惑わせし罪により斬首刑とす!」
教会が主宰する大審院講堂内に聖女の声が響く。
今は被告に成り果てたハムナは後ろ手に縛られている。
しかし、その瞳の力はは未だ失われず、真っ直ぐに聖女を見つめていた。
「くたばりやがれ!」
「よくも、よくも...聖女様に何て事をしやがったんだ!!」
兵に両脇を掴まれ、大審院前の広場へと連行されるハムナ。
取り囲む群衆から罵声が飛ぶ。
「ハムナ、最後に何か言い残す事はありますか?」
断頭台の上に頭を押し付けられたハムナに問い掛けたのは聖女ローレン。
かって勇者パーティーの仲間だった。
そしてハムナの魅了を教会に告発し、勇者を引き渡した女。
そして彼女自身ハムナによって操られ、婚約者を失ったとされていた。
「俺は魅了等使っていない...」
視線をローレンに向けながらハムナは呟いた。
「貴方の力は間違いなく魅了です。
それは魔王を倒した後、私の鑑定に証明された筈、まだ言い逃れをするつもりですか?」
ローレンが冷たく返す。
彼女は婚約者が居るにも関わらずハムナに愛を誓い、婚約を一方的に破棄していた。
そして魔王が倒された時にハムナへの愛を失った。
ローレンは魔王が倒された事で勇者ハムナの魅了が解けたとのだと判断したのだ。
「そんな物最初から持ってなかった...まあ良いローレン幸せにな...」
「時間です」
ハムナの言葉が終わらぬ内にローレンが処刑人に告げた。
普通の断頭斧より数倍の大きさがある斧が振り下ろされた。
辺り一面にハムナの血が地面を染める。
しかし勇者の加護を受けているハムナの首は落ちない。
「もう一度行きます」
処刑人が交互に斧を振り下ろす。
静かな表情で身動き1つしないハムナ。
地獄の時間が続き、集まった群衆は快哉を叫び続けた。
「...終わりました」
「お疲れ様でした」
10分後、ようやく処刑が終了した。
叫び続けた群衆も疲れからか静まり、広場は沈黙が支配していた。
「ここに大罪人ハムナ・ライラルは葬り去られました!
皆の者、神の罰は下されたのです!!」
ハムナだった物を掲げ、聖女は叫んだ。
聖女の白いローブは血に染まり、何かに酔しれる様であった。
再び群衆からの歓声が沸き上がる。
そこには魔王を倒した勇者への哀悼は無く、只犯罪者を断罪した事への喜びだけだった。
「後をお願いします」
首を籠に投げ捨て、ローレンは広場を後にする。
聖女を讃える歓声に手を上げてローレンは応えた。
「...ふう」
教会が用意した馬車に乗った聖女が向かうのは教会にある彼女の自室。
本来なら魔王討伐の後、彼女は隣国にある教会本部に戻り、婚約者と新たな結婚生活を送る筈だった。
しかし一連の騒動で婚約は白紙、もう一度婚約をやり直す予定だった。
「...なんという事をしたのだ」
「陛下?」
教会に馬車が着き、中に入ろうとしたローレンに威厳溢れる1人の男性が供も付けず帰りを待ち構えていた。
彼はハムナの出身国、タンサレ王国国王ナンリム一世だった。
「失礼します」
国王に軽く会釈を済ませローレンは立ち去る、話しを避ける様に。
「ハムナの遺体は王国が貰い受けた」
「御勝手に」
国王の言葉にローレンは立ち止まる事なく階段を駆け上がる。
教会の力は強大、それは小国であるタンサレ王国を軽く凌ぐ程。
国王は一方的なハムナへの断罪を止める様に何度も掛け合ったが無駄であった。
「さらばだ、もう会う事もあるまい」
「それは幸いですわ」
国王の言葉を背中で聞き振り返る事なく扉は閉まる。
ローレンにとってタンサレ王国で国王を前にハムナと愛を誓った事など悪夢でしか無かった。
「聖女様、お疲れ様でございました」
女性達が駆け寄る。
彼女等は共に魔王討伐へと参加した仲間達。
共に戦い喜び合い、そしてハムナに愛を誓ったライバルでもあった。
それ故、自分達が抱いたハムナへの気持ちが魅了による物と聖女から聞かされた時、彼を憎んだ。
自分達には恋人や婚約者が居たのにと。
聖女は彼女達を保護した。
幸いにもハムナの毒牙にかかった者は聖女を含め誰1人居なかったのだ。
『魔王討伐が終わるまでは』
皮肉にもハムナが言っていた言葉に救われたのだ。
身を浄め、新しい衣服に身を包んだ聖女。
食事を終えると並んだ女性達に告げる。
「さあ、今日は眠りましょう。
悪夢は今日で終わります、明日からは素晴らしい人生が始まるのです!!」
「ありがとうございます聖女様!」
感動に打ち震える一同を前に聖女は満足気に頷く。
だがそんな日は聖女に訪れなかった。
その夜、聖女に神託が下ったのだ。
『魔王の呪いに騙され、勇者を害するとは...ハムナに詫びるのです』
聖女の絶叫が教会内に響いた。