第55話 事務作業と、「2年目」の幕開け
サーシャの部屋。
継承の儀式が終わってから数日後。
サーシャの部屋に、机が二つ並べられている。
一つは、俺の部屋からさっき運んできた物だ。
そして、その横には、この部屋にもとからあった机。
机の主、つまりサーシャが、俺の横で若干引きつった表情をしている。
その眼の先には。
うずたかく積み上げられた、書類の山。
山。
山。
「ユーリ様。・・・これ、ひょっとしなくても、全部目を通すんですよね?」
「もちろん。今までは俺が一手に引き受けていたけど、これからはサーシャにも目を通して貰うし、署名もしてもらうから。新領主が何も知らないのはまずいからな。」
「なんか大変そう・・・」
「大変だよ、でも領主になるってこう言うことだから。」
「ユーリ様はこれを一人でこなされていたのですか!?さすがユーリ様です!」
「従者時代には、むしろこっちが本職だったからな。なに、全部目を通して気になる所が無ければ署名をするだけだよ。」
「わたしにできるかなぁ・・・」
サーシャは若干たじろいでいるようだ。
「大丈夫。俺だって最初は何が何やらさっぱりだったし。」
俺は自信なさげなサーシャの髪を優しく撫でた。
「わからなかったら何でも聞いてくれ。俺もずっと横にいるから。」
はい!ありがとうございます!!やっぱりユーリ様が一緒なら、こういった時も心強いです!!」
今日も今日とて、サーシャの笑顔がまぶしい。
「ありがとな。」
「ユーリ様のそれは?」
「これか?俺個人の領地の分だよ。」
俺は自分の机の上の書類を顎で指す。
ロスラヴィ以外の俺個人の領地、つまりブリカノフカ領とククリスク領の分だ。
遠隔地には代官を派遣してあるが、領地が増えるとどうしても俺が決裁する書類は多くなる。
その書類の山を、サーシャはまじまじと見つめている。
そして、自分の机の書類の山に目を落とし。
「・・・よし!頑張りましょう!」
―そうだ、こればかりはどうしようもない。
そして、書類の山に戦を挑み始めた。
次の日も。
その次の日も。
来る日も来る日も、俺とサーシャは書類と格闘し続けた。
気が付けば、窓の外の雪が無くなり。
昼間は暖炉に火が入らなくなっていた。
「ユーリ殿。サーシャ嬢。差し入れをお持ちしました。」
「こんにちは。」
ミーリャさんとイオナも様子を覗きに来たようだ。
「お、ミーリャさん特製の紅茶とクッキーじゃん。俺これ好きなんだよな。」
「わたしもです!いつもありがとうございます!」
「いえいえ。いつもながら、喜んでいただけて何よりです。」
「俺は慣れているけど、サーシャはこう言う事務は初めてだからな。二人とも、ちょっとサーシャに言葉をかけてあげてよ。」
「サーシャ嬢。無理はなさらず、それでいて一つずつ前へ。」
「サーシャさん、私は応援することしかできませんけど、頑張って下さいね!」
「ミーリャさん・・・イオナさん・・・。二人とも、ありがとうございます!」
最初はたじろいでいたサーシャも、次第に作業に没頭するようになり。
うずたかく積み上げられていた書類の山は、日に日にその高さを下げて行った。
やがて。
春が夏に変わる頃。
「終わりました!やっと!」
「お疲れサーシャ。」
俺はサーシャの頭をぽんぽんと撫でた。
「ユーリ様とみんなが、声をかけてくれたおかげです!本当に、ありがとうございます!」
久しぶりに。
まじまじと窓の外を眺める。
「気が付けば、ユーリ様がここに来てから、もう一年が経っているんですね。」
「そうだな。去年の今頃は、ロスラヴィの戦いが終わって・・・」
―おっと!
頭の中によぎったのは、忘れもしない。
近づいてくるサーシャの顔と。
頬にあてられた、唇の感触。
流石に恥ずかしすぎるので、俺はその情景を即座に頭から振り払った・
「・・・う、うん、とにかくもう1年過ぎた。」
よくよく見れば、サーシャの顔も少し赤い。
―やっぱり、それを思い出すよな。
「・・・」
「・・・と、とにかくユーリ様。今年もよろしくお願いします。」
「・・・おう。こちらこそ。」
重荷を下ろしたばかりだと言うのに、何だこの気まずい空気は。
多分、鏡で見れば、俺もサーシャみたいに顔が赤いのだろう。
穴があったら入りたいぞ。
「穴」があった場所なら去年秋に行ったけど。
何日か後。
食堂。
今日はイオナは来ていない。
ミーリャさんは玄関に訪問者があったと言うので、応対に出ている。
「とにかく終わったな。」
「終わりましたね・・・。」
俺とサーシャと二人して、ミーリャさんの紅茶をすする。
「ユーリ様とのこんなまったりとした時間、わたしは心地よくて好きです。」
「俺もだよ。いつまでも続いてくれると、うれしいんだけどな。」
―空が青い。
そんなまったりしている所に。
早足の足音が響き渡ってくる。
そして、乱暴にドアが開けられた。
「ユーリ殿、サーシャ嬢、一大事です!」
ミーリャさんが飛び込んで来た。
―そら来たぞ。
「どうした?」
「玄関の人って、どんな話をしていたんですか?」
どこかの使者らしいが。
「それが!・・・替え玉が!!・・・二人目が!」
「替え玉?」
「二人目?」
俺もサーシャも何のことやらさっぱりで。
少し考えて、合点がいく。
「「・・・まさか」」
「はい、そのまさかです。」
「昨年王都で殺された『王子様』を、替え玉であったと称する者が兵を挙げました!」
「うわあ・・・」
「ええっー!!」
俺は頭を抱え、サーシャはびっくり仰天する。
二人目の偽物。
―そんな話があるかよ・・・。
―いや、あるのか。まさに目の前に。
さあ、動乱2年目の幕開けだ。
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※次回投稿は8月15日(日)午後から夕方を予定しています。