第44話 ポドリア郊外の戦い
翌朝。俺達は、大聖堂を出発した。
連戦が続いたパルスカの兵は、ロスラヴィに遷る総主教や、教会の関係者、共にロスラヴィに遷される王子様の棺等の護衛。
主に敵と戦うのはロスラヴィ領とブリカノフカ領の兵の役目と決まった。
「ユーリ殿、敵の主力を発見しました。軍司令タマンスキーが1万5千の兵を率いて、ロスラヴィとブリカノフカへの街道上、ポドリア村の郊外に待ち構えているようです。」
こちらの戦える兵は、およそ6千数百。もちろん気は抜けないが、戦力差的には今までで一番少ないだろう。
兵達の声が聞こえてくる。
「なあ、おら3回は敵にやられて負傷したはずなんだが、いつの間にか治っちまっただ。この場合どうなるんだ?」
何故傷があっさり治ったのか、皆不思議そうな顔をしながらも受け入れているようだ。
「そりゃ3回やられたんだから、それを書いとけばいいんだ。領主代行様はそうおっしゃったろ。」
「とにかく、無理をして、死にさえしなければいいのさ。だったら大抵のことは何とかなりそうだ。」
「ククリスクを出発してから大聖堂までの一連の戦いで、死者はおよそ百数十。残りはユーリ殿の治癒の力で自然回復して健在です。」
「すごいですよね、ユーリさんの力って。大体の傷はなんとかなっちゃうんですから。」
イオナが感心している。
「イオナ、だからと言って敵に突っ込んだりするのはやめてくれよ。あまりにひどい傷だと大変・・・と言うか、当然俺はそんな無茶許さないからな。イオナのことだって大切なんだから。」
「ユーリさん・・・。ありがとうございます!」
イオナは何故か少し顔を赤くしている。
「俺達は、またここに戻ってくる。そして、次戻って来た時は、俺は王を名乗ろうと思う。」
離れ行く王都を見ながら、俺は改めて決意を固めた。
「そうですね。ユーリ様、また戻ってきましょうね!」
「ユーリ殿と戻ってくる、その日が楽しみですね。」
「私もです。」
やがて、前方に敵の姿が見えてきた。
俺はいつものように魔法を唱える。
『攻撃力上昇!』
『防御力上昇!』
『俊敏性上昇!』
『自動回復!』
敵も戦闘態勢に入っているようだ。
「秘密警察の報告が本当なら、敵は二千程度しか残っていないはずだ。どう見ても敵の数が多すぎる!おいモリノフ、敵が壊滅したのは見間違いじゃないか!」
タマンスキーは動揺しているようだ・
「そんなはずはない!我が秘密警察は確かに、王宮の戦いと合わせ敵の半数以上を死傷させたはず・・・!」
近くにいるモリノフも、愕然としているのが見える。
―ゴリツィンはいないのか。さてはまた城で留守番だな。
「いいか。接近戦を行う部隊を複数のまとまりに分ける。各隊は車輪のように総主教聖下の護衛隊の周りを回りながら、それぞれが敵に一撃を与える。一撃くわえたら、無理をせずすぐに次のまとまりに交代だ。」
こうすることで、傷ついた兵はすぐに後ろに回って自動回復することが出来る。
後ろを周りながら回復した頃に再び前線に繰り出すと言う策だ。
「な!なんだあの陣形は?」
「まるで車輪だ・・・」
「一体どんな意図が?」
敵は訳が分からないようだ。
「えいっ!」
バシュバシュバシュバシュ!
サーシャのクロスボウと部隊の弓が、動揺やまない敵へと降り注ぐ。
「ぐふっ!」
「げえっ!」
「ぎゃん!」
タマンスキーがたまらず叫んでいる。
「ひるむな!敵は手負いだ!全軍突撃!」
ウラーー!
すぐに接近戦が始まる。
俺もミーリャさんもイオナも、他の兵に交じって敵を薙ぎ払い続ける。
「おりゃあー!」
「・・・!」
「はあーっ!」
ザクッ!ザクッ!ザクッ!
「うわっ!」
「ぎゃあ!」
「ぐえっ!」
「ユーリ殿。いったん下がります。」
「ああ。また後で。」
「ユーリ殿もですよ。」
そう言いながらミーリャさんが俺の袖を引っ張る。
「俺も!?」
「ユーリさんが自分で言った策ですよ。」
イオナもその気の様だ。
「そりゃそうだけど・・・。」
「そうです!ユーリ様も一度後ろに下がって下さい!」
俺の後方にいたサーシャも声をかけてくる。
「そ、そうか。」
何か複雑な気分だが、ここは一度下がろう。
傷ついた兵達が、自動回復の力で見る見るうちに元気になっていく。
「領主代行様。なんだか知らねえけど、オラ達の装備はあっという間に傷が治るんだすなあ。」
「んだんだ。なぜか疲れも取れます。あんまり無茶せん限り、いくらでも復帰して戦えますだ。」
領民の兵達が声をかけてくる。
「さあみんな、後ひと踏ん張りだ。敵の軍が崩れたら、一気に離脱しよう。」
オーーーー!
領民から歓声が上がった。
そんなことをしている内に、傷が自動回復した俺達は再び前方へ繰り出す。
敵の声が聞こえてくる。
「タマンスキー将軍。先ほどから、味方は敵を大量に負傷させています!敵は次々に新手を繰り出していますが、そのたびに敵の損害は増える一方です。」
「そうだ、敵は大損害を出している。・・・なのになぜ数が減らない!?」
「わかりません!?」
この状況が理解できていないようだ。
そうこうしているうちに、敵は浮足立ち始めたようだ。
「将軍。味方にもかなり損害が出ています!そろそろ引き時かと・・・」
「何が引き時だ!敵を取り逃がすとなれば、私はモリノフと同じ無能になってしまうではないか!」
「なっ!誰が無能だ!」
「お前のことを言っているんだモリノフ!」
タマンスキーとモリノフは俺達をほったらかしでけんかを始めたようだ。
「将軍!敵の目前で仲間割れはお止め下され!」
部下が慌てて止めに入っている。
そのタイミングを見計らっていたのか、サーシャが俺の近くに寄ってきて、小声でささやいた。
「ユーリ様。そろそろわたしの隊の矢が尽きかけています。」
「そっか。」
敵の数はまだまだ多いが、もう向こうは戦どころではなさそうだ。
―潮時かな。
「よし。敵は司令官が仲間割れしているようだし、今のうちにさっさと離脱して帰ろう。」
「サーシャもお疲れ。兵達にもそう言っといて。」
俺はサーシャの頭をなでてやる。
「あ・・・・はいっ!」
サーシャは嬉しそうにかけて行った。
「よし!全軍、攻撃止め!敵から離脱する!弓隊が先頭、俺がしんがりを務める。移動開始!」
オーーーーーー!
味方が陣形を変え、サーシャ達から順に戦場を離脱していく。
敵が気付いて慌てるが、もう遅い。
「あっ!敵が退却していきます!我らの勝利です!」
「馬鹿者!敵の狙いは最初から領地への帰還だ!逃がすな!追え!」
「敵が速すぎて追いつけません!」
「なんだって!」
俺達も移動を開始する。
「くそう・・・!やいユーリの奴め!覚えていろよ!この戦いは、我らが!このタマンスキーが勝ったんだからな!断じてお前たちを取り逃がしたわけでは無いんだからな!」
タマンスキーが遠くで吠えているが、それもみるみる内に遠くなっていく。
やがて、敵の姿は完全に見えなくなった。
その日の夕方までに、敵から数十キロの距離まで移動した。
野営地にて一泊することになった。
サーシャが駆け寄ってくる。
「お疲れ様です。ユーリ様の勝ちですね。」
「そうです。ユーリ殿の勝ちです。偵察隊の報告では、敵は1万近くの犠牲者を出し、ほぼ壊滅しました。もはや敵に戦う力は残っていない様です。少なくとも1年は軍を動かせないでしょう。」
「意外と戦果を挙げていたのか。もっと少ないと思っていた。」
「ユーリさんの作戦がまた当たりましたね。」
「ここまでハマるとはちょっと意外だったけどな。」
「全部ユーリ様の力ですよ。もっと誇りましょう。」
サーシャはそう言って盛り上げてくれている。
―そうだな。素直に喜ぶか。
「よし!勝鬨を上げよう!」
エイ!エイ!オー!
エイ!エイ!オー!
エイ!エイ!オー!
全将兵が、勝利を分かち合った。
―といっても。
「さて、勝鬨を上げたけど、もちろんまだ『戦い』は終わっていない。サーシャ達は、先にロスラヴィに戻ってくれ。俺はブリカノフカに寄ってくる。」
「ユーリ様。健闘を祈ります!」
「ユーリ殿なら大丈夫ですよ!」
「ユーリさん、お話、頑張ってください!」
戦いは終わった。
―これからは、交渉の時間だ。
俺はロスラヴィに戻るサーシャ達といったん離れ、パルスカ兵と元ブリカノフカ領の兵を連れてブリカノフカへ帰還した。
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※次回投稿は7月10日(土)午後から夕方を予定しています。