第10話 暗殺者ミーリャの事情
「数年前、私の両親は、私と幼い弟妹を残して流行病でこの世を去りました。」
「残された弟や妹を私がなんとか養おうとしました。」
ミーリャさんの生い立ちを、俺はじっと聞いている。
「私は幼いころから、貴族の御屋敷で働くメイドにあこがれていました。大きくなったらメイドになろうと、家事のやり方などを自分なりに学んでいました。ですが・・・最近はメイドもあまり流行っていないらしく、メイドの仕事は全く見つかりませんでした。」
「他の仕事にも色々就きましたが、私一人の力で家族を支えるのには限界があり、私達は常に飢え死に寸前でした。」
近年は、どこもそれどころじゃないらしいな。
「そんな時、王都からスカウトされたのです。経済的に追い詰められていた私に、選択の余地はありませんでした。それで・・・」
言葉に詰まったミーリャさんに、俺は核心―
―ミーリャさんがこの屋敷に来た本当の理由―を言い当てた。
「王都にスカウトされて・・・暗殺者になったと。」
ミーリャさんは否定しない。
「ですが、それは間違いだったのかもしれません。私は暗殺者として、数々の任務をこなし、それなりの報酬を手に入れました。今では、家族が飢え死にする心配は無くなりました。」
一度区切って話し続ける。
「・・・でも、それは私が任務に成功し続けているからの話。私は暗殺者であることに疑問を感じ、この仕事をやめようと思った時もありました。しかし、私の雇い主であるモリノフと言う男は、こう言いました。もし私が任務に失敗したり、王都を裏切ることがあれば、故郷の弟や妹に危害を加える・・・と。」
モリノフ・・・秘密警察の長官か。そんな非道な事もしていたんだな。
「彼らからユーリ殿を暗殺するように依頼を受け、ロスラヴィに潜入しようとした矢先に、あなたの名で出されたメイド募集の張り紙を見て、この屋敷に来たのです。」
「あくまで目標はユーリ殿のみ。無関係なサーシャ嬢を巻き込まないように、サーシャ嬢がユーリ殿から離れる時を見計らっていました。」
念の為サーシャにはこの数日、防御魔法をかけっぱなしにしてあった。もしサーシャに危害を加えようとすれば、自動的に攻撃は跳ね返されたはずだ。しかし、その魔法は発動しなかった。つまり、端からサーシャはターゲットではなかったのだろう。
俺が疲れていたのは、最近魔法を使い続けていた為だ。
ミーリャさんは絞り出すような声で話し続ける。
「この屋敷での仕事は、今までのどんな仕事よりも、一番やりがいがありました。出来る事なら・・・ずっとこのまま、ただのメイドとしてお仕えしたかったです。」
「そうする訳にはいかなかった・・・と。」
ミーリャさんがずっとこのままここにいれば、しびれを切らした王都はミーリャさんの家族に危害を加えるだろう。だから、ここでの仕事を本当に楽しみながらも、彼女はずっとうつむき加減だったのだ。
「ええ。あなたたちにもっと早く知り合えていれば、こうはならなかったかもしれません。でも・・・、今更遅いのです。」
ミーリャさんは俺に向き合った。その顔には、これでもかと言うほど悲壮感が漂っている。
「だから、ユーリ殿」
「私は、故郷で待つ弟妹のため」
「あなたの首を王都に持ち帰らなければならないのです!」
言うなり、ミーリャさんは剣を取り出して突っ込んできた。
『防御力上昇!』
魔法を唱え終わると同時に、ミーリャさんの剣が俺を直撃する。
「くっ!」
剣圧で胴の部分の服が切り裂かれ、俺は後ろに吹っ飛ぶ。
ものすごい威力だ。
防御力上昇のおかげでさほどダメージは無いが、普通なら即死だろう。
あってよかった魔法の力。
望まぬ戦いをせざるを得ないミーリャさんの顔も、苦痛にゆがんでいるようだ。
『俊敏性上昇!』
2つ目の呪文を唱えると当時に、彼女は威勢のいい声を上げて俺に迫ってくる。
「はあーっ!」
―盾は重過ぎる!―
ガッガッガッガッ!
続けざまに繰り出される剣を、全て盾では無く杖で受け止める。
「なぜ・・・!攻撃が当たらない!」
一旦距離をとったミーリャさんの顔が、みるみる青ざめて行く。
「あなたを・・・あなたを殺さないと・・・!私の家族は・・・!」
彼女は悪人ではない。
ただ、彼女もまた、守るべき者の為に戦っているだけなのだ。
だから、気持ちは痛いほどよくわかる。
けれども、当然俺は彼女に殺されるわけにはいかない。
ならば、やることは一つ。
「ミーリャさん、俺は、あなたを止める!」
「・・・!」
「あなたを止めて、なおかつあなたの家族も救って見せる!」
ガッガッガッガッ!
「そんな事!!できるわけない!!」
ガッガッガッガッ!
大声を出しながらも、ミーリャさんは剣を杖に打ち付けてくる。
体勢を変えながら、ひたすら防ぎ続ける。
ミーリャさんを倒す必要はない。
彼女の体力を消耗させ、隙を見て組み伏せる。
「やってみなきゃわからないじゃないか!」
渾身の力で、剣を退ける。
『攻撃力上昇!』
―やっぱり一発位は入れるしかないか!―
杖で剣を思いっきり殴りつける。
「ふんっ!」
ガキーン!
剣がミーリャさんの手から飛ばされた。
「くっ!」
彼女が俺から距離をとる。
―何かが飛んでくる!―
『防御!』
ミーリャさんの手元が光るのを確認して、俺はとっさに盾を取り出して防御魔法をかけた。
ダダダダダダダッ!
魔法の範囲から外れた壁に沢山の短剣が突き刺さる。
―これがミーリャさんの必殺技か!―
「なにが!どうなって!」
ミーリャさんは短剣が全て防がれたことに動揺しているようだ。
「終わったら種明かししますよ!」
「終わりなどない!私が、弟たちを、守るんだ!」
『防御!』
ダダダダダダダッ!
再び短剣が周りに突きさる。それを防御魔法で防ぐ。
投げる短剣が尽きたのか、もう一本剣を取り出して構える。
「はああああああ!」
ガッガッガッガッ!
息切れか、さっきより攻撃の精度が落ちている。
「なぜ!どうして!まったく攻撃が当たらない!このままでは!」
ミーリャの顔は、焦燥を越え、絶望に変わっている。
―そろそろ、頃合いだろう―
隙を見て間合いを取る。
俺は盾を短剣に持ち替える。
「うおおおおおおお!」
雄たけびを上げながら、姿勢を低くして突進する。
目標は喉元・・・
ミーリャさんは俺の狙いに気付いたのか、反射的に両手を前に出して喉元をかばう
―とみせかけて!―
至近距離で短剣を放り捨て、彼女の両手を素早くつかんだ。
「!!」
ドサッ!
そのままの姿勢で、彼女を押し倒した。
「はあっ!・・・はあっ!・・・はあっ!」
「っ・・・!っ・・・!っ・・・!」
俺も、ミーリャさんも、息が乱れきっている。
「ゲオルギー、キーラ、すまない。姉さんはあなたたちを守れなかった・・・!」
弟妹の名を呟くミーリャさんを前にして、俺は少しだまり込んでから、話し始めた。
「ミーリャさん。まだ、遅くはないです。」
「え・・・?」
ミーリャさんは何が?と焦燥しきった顔を向けた。
「明日・・・いや、今からでも、ミーリャさんの故郷に向かいましょう。この件が王都に伝わる前に、ミーリャさんの家族をロスラヴィに連れてきます。」
「私の家族を、ここに・・・?」
「そうです。ここなら空いている土地も沢山あります。俺がロスラヴィの領主代行として、ミーリャさんの家族も守ります。」
「ユーリ殿!しかし・・・私は・・・。」
「ミーリャさんはただ、大切な家族を守ろうとしただけです。今回の件、俺は全然気にしていません。」
「だから・・・これからも、よろしくお願いします。」
「・・・はい!ユーリ殿!」
彼女の顔の憂いが消えていた。
「ミーリャさんがやっと笑ってくれた。」
「なっ・・・!」
「俺もサーシャも、結構気にしてたんですよ。ミーリャさんがなかなか笑ってくれないって。」
ミーリャさんの顔が少し顔が赤くなっている。
「そうだったんですね。それは・・・とんだご心配をおかけしてしまったようで。」
「いいんですよ。今はこうして、ミーリャさんの笑顔が見れたんですから。」
俺はミーリャさんの髪をなでる。
「ユーリ殿・・・」
「さて、そうと決まれば善は急げです。早速支度を・・・」
俺がミーリャさんの上から退くために体を起こそうとした時だった。
バタン!
「ユーリ様!!大丈夫ですか!?」
乱暴にドアを開け、サーシャが飛び込んできた。
戦闘の物音を聞いて駆けつけてきたのだろう。
そしてサーシャは見る。
戦闘によって服が乱れたミーリャと、彼女を押し倒した俺を。
「・・・ご、ごめんなさいわたしお邪魔でしたねまさかそんな最中だとは思いませんでした」
「い、いや、これはちがうんだサーシャ・・・そ、そうだ!ミーリャさんにはほら、メイドの他に門番ってことで雇ったから、お手並み拝見と言うわけで」
「いえわたしは全然気にしていないので続けてもらっていいですよただびっくりしただけで」
「わたしもう少し寝ますね・・・ではごゆっくり」
サーシャがドアをパタンと閉じて出て行く。
おーいサーシャ・・・サーシャさーん?
目から光が消えてる気がするんだけど!?
・・・これは、いろいろやることが山積みだな。
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