第9話 ミーリャ、屋敷に来る
使用人と門番が出来る人募集。
酒場の張り紙を見たという女性が、屋敷を訪ねてきた。
「まだ募集してから3日しかたってないぞ。」
「こんなに早く来るとは思いませんでしたね。」
順調すぎて戸惑っている俺達に、彼女は自己紹介をした。
「メイド兼門番に志願した、ミーリャ・リスキノヴァ、歳は18です。よろしく・・・お願いします。」
肩下まで伸ばした長い黒い髪、緑色の瞳に大人びた顔。
身長は女性にしては高く、俺よりわずかに低い程度だ。18歳と言うことは、16歳の俺よりも年上だ。
この場では一番年長で、年上なお姉さん的な貫録もありそうな物だが。
その声は少し震え、顔もうつむいている。
―緊張しているのかな。―
「えーと、ロスラヴィ領主代行で、ミーリャさんの雇い主って言うことになる、ユーリ・オリョノフです。」
「お、おなじく、ロスラヴィ領主の孫、サーシャ・ロスラヴィです。」
思わず改まってしまう。
屋敷を一通り案内した後、早速仕事に入ってもらった。
なんというか、完璧だ。
家の事を、すごい勢いでこなしていく。
家の掃除。
「屋敷中がピカピカだ・・・・」
「わたしだけじゃ手が回らなかったところまで・・・」
サーシャもびっくりしている。
昼食の時間。
ミーリャさんが料理を作っている。
サーシャも手伝いを申し出たが、せっかくなのでミーリャさんだけに任せてみた。
「今までわたしが作ってたので、待ってるのがなんか落ち着かないです。」
「サーシャもたまにはのんびりしなよ。」
「はい。」
「お待たせしました。」
ミーリャさんが料理を持ってくる。
シチュー・ピロシキ・サラダなどが綺麗に盛り付けされている。
「これは!」
「おいしいです!」
俺もサーシャも、ミーリャさんの料理に感動している。
「喜んでいただけて何よりです。」
作ったミーリャさんも嬉しそうだ。
庭の手入れ。
「すごい勢いで雑草が消えて行く・・・」
「わたしはちょっと手が回らなかったのに。」
その後も、彼女は家のあらゆる業務を、黙々と、完璧にこなしていった。
そして、夜。
「いやーミーリャさんが来てくれてよかった。」
「わたしもそう思います。色々助かります。」
「ありがとう・・・ございます。」
ミーリャさんは下を向きながらも、少しだけ笑みを浮かべた。
「なんというか、料理はすごく美味しいし、掃除も庭の手入れも、見ていて感動しちゃいました。」
「お気に召していただいてなによりです。私、昔からメイドと言う職業にあこがれを持っていたので、日々こうしてお仕えする日を待ち望み、鍛練に励んできたのです。」
すごい熱の入れようだ。メイドとしての鍛練・・・なんてものがあるのか。
「ミーリャさんの部屋は、大昔使用人さんが使っていた、玄関近くの部屋をそのまま使ってもらおうと思います。」
「では、ユーリ殿、サーシャ嬢、おやすみなさいませ。」
「「おやすみなさい。」」
ミーリャさんが退出した後。俺とサーシャは俺の部屋に残って話し続けていた。
「今日一日で屋敷が見違えっちゃいましたね。」
「うん。ひとまず、家の事は安心だね。」
「ミーリャさん、あまり笑わなかったですね。恥ずかしがり屋さんなんでしょうか?」
「多分ね。それでいて、仕事は完璧にこなす人なんだろうな。」
「ま、慣れてくれば、その内打ち解けてくれるよ。」
「そうですね。わたしももっとミーリャさんともお話ししたいです。」
昼間から、俺も色々しているので疲れている。
「明日も早いし、俺はそろそろ寝るよ。」
「はい。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
朝、ミーリャさんが作ってくれた朝食を食べ、モンスター退治のため森へ向かう。昼食は大体森でサーシャが作ってくれる。
「ユーリ様、今日はボルシチを作りました。ミーリャさんの料理には負けちゃうかもしれませんけど・・・」
「いや、サーシャの作るボルシチもおいしいよ。」
「ありがとうございます!ユーリ様によろこんでいただけて、わたしうれしいです!」
これは本心だ。
サーシャの作る料理も、素朴な味でおいしい。
とびきりの笑顔を向けてくれるサーシャに、そのまま伝えるのは恥ずかしいので言わないけど。
一方、ミーリャさんは、相変わらず笑わない。笑わないながらも、仕事は楽しそうにこなしている。
何か、別の原因がありそうだ。
そんな生活を続けて、更に1週間くらい経った夜の事だった。
俺が部屋で寝る支度をしていると、サーシャが部屋を訪ねてきた。
少し、元気がない。
「どうしたの?眠れない?」
「もうユーリ様ったら。わたしそんなこどもじゃありません!」
頬をぷっくりとふくらましている。
「・・・でも、笑わないで、聞いてもらえます?」
「うん。どうしたの?」
「・・・最近、夜、一人の時に何かの気配を感じるんです。」
「屋敷の中で?」
「はい。」
屋敷の中で、気配・・・か。
「その気配・・・この世の者でなかったりして。」
「ひっ!ユーリ様、脅かさないでください。わたし、そういうの苦手で。」
サーシャが予想以上におびえている。
「わるいわるい。サーシャがそこまで怖がるとは思わなくて。」
アンデッドが実在するかどうかは、俺は知らない。
魔法があるのだから、そういう存在もあるのかもしれないな。
「いつ頃から?」
「はじめは・・・わかんないです。でも、気が付けば、毎日そうなんです。」
「あ、でも、変な気配がするけど、それとは別に、もう一つ気配を感じるんです。なんというか、なにかに守られてるような。」
何かに・・・ね。
「守護霊とか?」
「ひゃっ!やめてくださいったら。」
守護霊でもダメか。
サーシャには、当分の間俺の隣の部屋で寝てもらうことにした。
流石に同室はまずいし、な。
それでサーシャも安心したようだ。
翌日。俺はミーリャさんに尋ねてみた。
「ミーリャさん。仕事はどうですか?」
「とっても楽しいです。私、昔から家事をするのが大好きで、メイドのお仕事にあこがれていたんです。」
「あこがれ、ねえ。」
「はい。掃除をしたり、お食事を作ったり。メイドとしてのお仕事をやっている時は、一番楽しいです。」
ミーリャさんは、少しだけ笑った。
なるほどね。
確かに、仕事をする時のミーリャさんは、実に楽しそうな表情をしている。
ただ。
それだけでは無く、どこか、物憂げな表情が混じるのだ。
それから、更に数日がたった。
ミーリャさんは、相変わらず物憂げな顔をする時がある。
「仕事をしている時は、本当に楽しそうなんだけどなぁ。」
「なにか、他に悩みがあるんでしょうか?」
「今夜、聞いてみるよ。」
―そろそろ、かな。―
サーシャには明かさなかったが、ミーリャさんの悩みは、大体見当がついている。
その日の夜中。
サーシャが夢の中なのを確認すると、俺はミーリャさんを部屋に呼び出した。
「ご用件は何でしょうか。」
「こんな夜中に悪いですね。」
俺は、早速本題を切り出した。
物憂げな顔をしている理由・・・ではない。
もっと本質的な話だ。
「とりあえず・・・サーシャにばれてるのは、まずいと思いますよ。」
そう。夜中にサーシャが感じる気配。
今回に限っては、アンデッドなどではない、生きている人間―ミーリャさん―の物だ。
ミーリャさんは少し動揺したそぶりを見せた後、覚悟を決めたように語り始めた。
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