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25話 微笑


 長い長い帰り道を歩き、類香は両親のことを夏哉に話し始める。二回目だからだろうか、和乃の時よりは緊張していなかった。

 夏哉は橘立華と本間芳樹を知っていた。それは両親の芸名だ。夏哉も和乃と同じ映画を見たことがあるそうだ。類香はその作品の知名度に改めて驚いた。


「私の両親なの」


 類香の言葉に夏哉も和乃と同じく目を丸くした。そして言葉を探すように、夏哉は目を伏せてしまった。


「悪い。気の利いた事なんも言えなくて……。なんて言ったらいいのか分からない」


 正直に出てきたその言葉は類香の心を震わせた。申し訳ない。彼に対してそんな気持ちでいっぱいになった。


「ほんと、俺、情けないな……」


 夕陽と共に落ち込んでいく夏哉に類香は胸が締め付けられる。


「私が勝手に話しただけだから……! 夏哉、そんな顔をしないで……」

「でも、瀬名にとっては大事なことだろ」

「そうだけど……だけど、隠していたのは私だから。言いたいと思ったのも私。私は、自分の気持ちだけをあなたに押し付けてるの」


 類香は夏哉の前に立ちはだかった。


「そんな顔が見たいんじゃない。ごめんなさい。私の我が儘に付き合わせて」

「瀬名はよく謝るよな」

「え?」


 夏哉は類香の気まずそうな顔を見て、微かに息を漏らして弱弱しく笑った。


「話そうって思ってくれた、それが俺は嬉しい。だから、瀬名にはその誠意を返したい」

「……夏哉」

「これまで隠してきたことを話すんだ。どんなことだろうと、覚悟のいることだろ?」

「……そりゃ、そうだよ」


 しっかり貼り付けたはずの絆創膏がはがれていく。その言葉を求めていたように類香の瞳が揺れた。


「私は、今まで自分を避けていたんだから。向き合うのが怖かっただけなんだろうけどね」

「瀬名は、強いな」


 夏哉は口元だけを緩ませる。


「知れば知るほど、瀬名はいい奴。ほんと、変な奴だな」

「……なに、それ」


 類香は彼の微笑みが恥ずかしくなり、夏哉を疎ましそうに見る。


「瀬名、教えてくれてありがとうな」

「……うん」

「俺にできることなんてないかもしれないけど……」

「……夏哉は、人助けが得意じゃない」

「ははは。そうだな!」


 ようやく夏哉がいつもの調子で笑ってくれた。類香はそれを見て心が落ち着いた。夏哉は話を聞いてくれた。それだけでも十分助かったのに。彼もまた自覚はないのか。類香はふっと笑う。そして、また歩き始める。


「このこと話したの、和乃と夏哉だけなの」

「……そっか」

「二人には、すっかり私の張りぼてを剥がされちゃった。これまでの苦労が水の泡だよ」

「悪かったな」

「ううん」


 類香は静かに首を横に振った。


「それでよかったの。私は、もう偽らなくて平気」

「……ああ」

「自分のこと、もっと自分の心に素直になる。自分らしさを求めていいんだって、気づいた」


 類香は夏哉を見て微笑んだ。


「私はもう、自分を演じなくていいの」


 そのすっきりとした微笑みに、夏哉はつられて頬を緩める。


「ようやく、そう思えたんだ。両親のように、演じる必要なんてないんだって」


 そうだ、それは。

 類香の頭の中に和乃の姿が浮かんでくる。


 -和乃のせい。和乃の、せい……。ううん


 類香は、導き出した答えにくすっと吹き出した。


「和乃のおかげで、そう思えたの」


 夏哉は嬉しそうに笑う類香を見て少し面を食らったような顔をする。


「瀬名、そんな笑顔もできるんだ」

「何よそれ。やっぱりばかにしてない? 私のこと」


 類香は、くすくすとからかうように笑った。


「悪い悪い。そう思われるのはこちらの落ち度です」

「本当だよ。傷つくじゃない」

「すみませんねぇ。正直者で」

「ふふ……あはは」


 類香は小刻みに震えながら笑った。どうしても抑えられなかった。


「そうだったね。正直者の夏哉だったね」

「瀬名も、からかってない?」


 夏哉は眉を下げて笑う。その困ったような表情が、類香にとってはまた可笑しかった。

 最寄り駅に着くころ、類香は足取りが軽いことに気づいた。

 自分を隠さないって、こんなにも気分が晴れやかになるものなのか。

 類香は自分のままでいられるその場所に、心からの感謝を送った。



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