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23話 一歩


 和乃に自分のことを話した日から、類香は両親のことを知ろうと少しずつ動き始めた。それでもまだ作品をちゃんと見る勇気はなかった。何度も挫折してきたからだ。

 まずはネット上で見れる記事や、楓花の持っていた昔の雑誌を読むことにした。ネガティブな記事だけは見ることができなかったが。そこには類香のことが書いてある可能性だってある。それはきっと耐えられない。

 匿名の意見がまとめられているものも見ようとはしなかった。そこには、彼らの無責任な言葉や価値観の押し付けがあるだけだ。


 これまで、日本に来てからは避けてきた両親の情報や姿は類香にとってはすべてが新鮮だった。同時に知るのが怖かった。しかし今は、その恐怖と戦おうと思える。

 逃げ出しそうになった時には和乃の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 自らの過去に潰されないように和乃も頑張ってきたのだろう。それは並大抵の精神力ではないはずだ。とても過酷で孤独だったはずだ。その辛さは類香にも推し量れない。

 そんな和乃の言葉が類香の背中を押した。


―私は、そんな類香ちゃんが好き。ご両親に感謝したい―


 そんなこと、どうして言ってくれるのだろう。

 無条件の優しさが類香の心に突き刺さった。


 類香は雑誌を隣に置き、楓花にとある動画を見せてもらった。

 それは初めて見るもので、類香はスマートフォンの音量を最大まで上げた。楓花は類香のことをいつも通り温かく見守ってくれている。楓花としても嬉しいのだろう。姉に興味を示す類香を見るのは。

 動画を再生すると、そこに映っているのは涼佳だった。メイクもしておらず、服装も地味なものだったが、それでもその美しさは目を見張った。類香にはあまり似ていない。しかし、眉毛の形は同じだった。


『楓花? 見えてるかな?』


 涼佳が画面の向こうに笑顔を映して喋っている。これはかつて楓花に送られた動画。まだ涼佳が駆け出しの頃のものだ。


『今、撮影中なんだよー』


 涼佳は周りの景色を映す。夜中のようで、辺りは暗い。広い川の近くなのだろうか。屋形船の明かりがちらちらと浮かんで見える。近くには商業施設もあるようだ。賑やかな音楽が聞こえる。向こう岸に見える煙突からは煙が出ていて、時折、船の汽笛の音が聞こえてきた。

 撮影スタッフの姿も遠くに見えている。とても寒そうで、皆、白い息を吐いていた。


『私、こんな地味な姿で出るの。楓花、どうかな?』


 再び自分を映して涼佳は笑う。一人で画面に向かってしゃべることに照れている様子だ。


『でも、この作品を頑張れば、きっと目に留めてもらえると思ってる。作品が良いものになるように貢献するよー。楓花、そっちはどう? やっぱりそっちのティーンエイジャーって楽しい?』


 楓花は当時、海外の学校に通っていた。海外志向の両親の影響だ。この時から、涼佳は海外にいる家族とは離れ日本で一人で挑戦をしていたのだ。


『私の名前がそっちにも届くように、応援してね』


 涼佳は画面に向かって手を振った。その笑顔はとても優しくお茶目だった。

 彼女の指が伸びてきて、動画はそこで終わった。

 類香は楓花にスマートフォンを返した。


「ありがとう。楓花さん」

「いいのよ」


 楓花はスマートフォンを受け取ると、にっこりと笑った。


「楓花さんにとって、私の両親ってどんな人? 雑誌とか見ても、やっぱりよく分からない」

「涼佳は歳が離れているから、すごく大人に見えて、私にとっても自慢のお姉ちゃんだったよ。芳樹さんのことはそこまで知らないんだけど、とても優しい人だった」


 楓花はスマートフォンを机に置いた。


「俳優だから、本性を隠すのは得意なのでしょうけど、二人は……涼佳は、そういうの下手だったかも」

「そうなの?」

「うん。演技も最初はド下手だったからね」


 楓花はくすくすと笑う。


「だけど、努力家だったから。どんどん上手になっていって、皆に認められるようになったの」

「……そうなんだ」


 類香は仏壇に目をやった。


「水面下で足をばたつかせてるのよ。見えないようにね。それくらいの根性があるから、俳優業が楽しかったのだと思うわ」

「……楽しい、か」

「涼佳は、仕事が大好きだったからね」

「楓花さんと一緒だ」


 類香は楓花のしみじみとした表情にくすっと笑った。


「似てるんだね。姉妹は」

「……そう?」


 楓花は自覚のなさそうな顔をしている。


「私は、類香も涼佳に似てると思うな」

「……え?」


 類香は思わず呼吸を止めた。類似点なんてあるのだろうか。一緒にいられた期間は短すぎたのに。


「類香も、努力家じゃない」

「…………」

「一生懸命すぎて、暴走しがちだけどね」

「それ、褒めてるのかな?」


 類香は困ったように笑った。


「褒めてるって! 私は、そこまでの努力はできないから。仕事は好きだけど、ただ向いてるってだけだし」

「そうかなぁ?」

「そうでしょう!」


 楓花は類香に歯を見せて笑う。少しだけ涼佳に似ているその表情に、類香はどきっとした。

 涼佳は自分の母親だ。

 今までちゃんと見ることができなかった彼女の瞳の奥に秘めた面影に、その実感が少しだけ沸いてきた。




 すっかり定番となった屋上で食べる昼ご飯。

 類香は今日も和乃と一緒にお弁当を食べている。和乃のお弁当はいつも栄養バランスの考えられているものだった。


「類香ちゃん、今日はおにぎりなんだね」


 和乃が類香の手元を見てそう言った。


「うん。ご飯が余ってたから。今日は、楓花さんの分も作ったの」

「楓花さん、いつか会ってみたいなぁ」

「……いつか会えるよ」


 類香はそう言っておにぎりを口に運んだ。友達に家のことを話すなんて、類香にとっては照れ臭すぎる出来事だった。

 和乃が鮮やかな色の鮭に箸を伸ばした時、二人の前に影ができた。視界から光を奪われ、二人は顔を上げる。


「二人ともいつもここで食べてるの?」


 その影の正体は夏哉だった。購買で買ったパンを掲げて爽やかに笑っている。今日は白のセーターを着ているせいなのか、太陽が当たって真っ白に見えた。


「夏哉、眩しい」


 類香は思わず目を細めた。


「悪い悪い。俺、そんなに輝いてたか?」

「は?」


 類香は呆れた顔で夏哉を睨みつける。


「日向くんも屋上で食べるの?」

「今日はそうしようと思って」

「夏哉、今日は一人なんだ?」

「そ。みんな用事があるからな」

「じゃあ一緒に食べようよ、日向くんも」


 和乃はそう言って類香の方に詰める。類香はそれに渋々同意し、夏哉の同席を認めた。


「夏哉はいつもパン買ってるわけ?」

「俺、購買のパン好きなんだよなー」


 夏哉は和乃の隣に座ると、今日の昼食を見せつけてきた。


「私、購買で買ったことない。日向くん、おすすめとかある?」

「ああ、色々あるぞ。今度一緒に買いに行くか?」

「いいの? 教えて欲しいな」


 和乃はにこにこと笑いながら会話を進めていく。類香はその会話を静かに聞いていた。


「そうだ日向くん。津埜ちゃんがね、文化祭の発表きてくれてありがとうって」

「ん? そんなこと、わざわざお礼を言うものでもないだろ。なんか悪いな」


 文化祭という言葉に夏哉が一瞬瞳を止めたのを類香は見逃さなかった。夏哉は絶対にあの時何かを聞いていた。類香はそう確信していた。和乃の良くない噂を黙っていたなんて、なんだか寂しい。広まる前にどうにか対処できたかもしれないのに。

 今ならそう思える。

 類香は大きく口を開けておにぎりを頬張った。


 -私に言ったところでって気持ちもわかるけどさ……


 類香はそれを理解してもなお不満が残っていた。


 -責任取ってもらうって決めたんだから


 類香の静かな決意に、夏哉は気づいているはずもなかった。



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