10話 初心
放課後、和乃は曲選びのために早速担当者たちといろいろな曲を聞いていた。イヤホンもせずに流しているため、教室にいるだけで勝手にBGMとして耳に入ってくる。
それが嫌なら帰ればいいだけだ。それなのに。
「類香ちゃんはどれがいいと思う?」
類香は和乃に捕まってしまい、担当でもないのに強制的に曲選びに参加させられていた。和乃以外の担当者三人は、類香がそこにいることに困惑しているようにも見える。
それが分かっている類香は三人に申し訳ない気持ちになった。自分という存在と関わらせられて、非常に気まずいだろう。どうして瀬名さんがいるの? なんてことを言ってくるような人たちでもない。
「どれでもいいんじゃない?」
類香は彼女たちに申し訳なくなり、早くその場から逃れたかった。
「それじゃ迷っちゃうよ」
「歌うのは和乃でしょう? ……というか、歌えるの?」
にこにこ笑っている和乃を類香は呆れた顔で見る。
「合唱祭では、上手だねって褒められたことあるよ」
「確かにわのちゃん、歌上手いよね」
選曲担当の一人、津埜が手を叩いた。
「カラオケでもすごく上手だった」
「そんな、嬉しいけど照れるよ」
津埜は普段から和乃とも仲が良い生徒だ。最近の類香に傾倒する和乃のことをどう思っているのだろう。
「練習すれば、きっとどれも歌えるよ」
和乃は控えめにそう笑う。
「この曲もいいと思うんだけど」
少女漫画に出てきそうなくらい綺麗に結ばれた三つ編みを肩の前に出し、津埜がスマートフォンを操作した。
「うん! いいね!」
「ダンスとかつけたい感じ」
「わのちゃん踊れるの?」
和乃と担当者たちは和気藹々とした雰囲気で話をしている。そのコットンのような朗らかな空気を目の前に類香は何も言えなかった。
「練習すればきっと何でもできるようになるよ」
和乃の言葉は眩しかった。まぁ、それは間違いではないかもね。類香は珍しく和乃に同意できた。類香自身も人に無関心になれるように努力をしたものだ。
誰かさんのせいで、その努力が無駄になりそうだけど。
類香は恨めしそうに和乃を見る。
「三曲くらい用意するみたいだから、あと一曲だね」
順調に曲が決まっていく中、類香はどうしても自分がここにいる存在意義が見出せず、心を無にすることに徹した。
「悩んじゃうね……!」
視界に入る和乃はいつも楽しそうだ。癒し系って、こういうタイプの人も入るのだろうか。
そんなことを考えていた時、聞き慣れた音楽が類香の耳に入ってきた。
「あ……」
思わず空気が抜けるような声を出した類香に和乃は笑いかけてくる。
「この曲知ってる? 類香ちゃん」
「うん……」
楓花が家事をしている時によく流れてくる曲だ。これも畔上のサークルの曲だったようだ。身近な才能に類香は感心する。
「明るいけど切なくて、なんかあったかい曲だよね」
「今時の童謡みたい」
類香の表情の変化に気づいた津埜たちもこの曲の話で盛り上がってくれていた。
「ねぇ、類香ちゃん。この曲どう思う?」
「え……? まぁ、いい曲、だよね」
自分をじっと見てくる和乃に、類香はそう返した。
すると和乃は溢れんばかりの嬉しさで笑った。
「じゃあ最後はこの曲にしようか!」
「……え?」
類香は困惑した表情で津埜たちを見る。担当者は彼女たちだ。そんな、自分の意見で決められたら気まずい。
しかし津埜たちは和乃に負けないくらい嬉しそうに頷いていた。
「いいと思う! これにしよう」
「決まりだね。畔上に伝えてくる。まだ帰ってないはずだし」
畔上の席に鞄があることを確認し、担当者の一人が立ち上がる。もう一人もそれに続いた。
類香はこの流れにぽかんとした表情で津埜のことを見る。その視線に気づいた津埜は、その勝気な表情をニヤリとさせた。
「瀬名さんが協力してくれて助かった。ありがとう」
「え?」
「瀬名さんと同じ曲聞いていたなんて、なんだか不思議」
津埜の悪意のない表情に、類香はどう答えれば良いのか言葉が見つからなかった。そうすると、つい和乃のことを見てしまう。
「本当だよね。類香ちゃん、いつもどういう曲聞くの?」
和乃の笑顔が少しだけほっとした。女子生徒とどう接していいのかが分からない。自分のことを疎ましく思っている相手なら、どうとでも対応できるが。
しかし津埜たちは違う。これまでまともに話したこともないが、少なくともそう思われてはいないようだ。類香にとってそれは大問題だった。自分のことなんて、嫌いになってくれていいのだから。
「特に好きな曲とかは……決まってないよ」
変な回答だったと思う。それでもこれが精一杯だ。
「あはは。好きな曲って決められないよね。私もたくさんあるんだ」
「津埜ちゃんは音楽が好きなんだよ」
和乃が何故か得意気に言った。
「瀬名さん、今度わのちゃんも一緒にカラオケに行こうよ」
「え……!?」
津埜の提案に類香は仰け反った。
「わのちゃんの歌の練習!」
「いいの? ありがとう! 津埜ちゃん」
和乃は嬉しそうだ。それとは対照的に類香は冷や汗をかいていた。
「瀬名さんはどう?」
「類香ちゃんも一緒に行こうよ!」
「えっと……」
これは困った。類香はまた返答に悩んだ。今度は和乃を頼れない。
断るのは簡単だ。しかし、こんなこともこれまでなかった。悪意のない相手を傷つけたくはない。そもそも傷つくのかも分からないけれど。思い上がるのもいい加減にしたい。
「…………」
類香は黙ったまま、ちらりと教室の後方を見る。夏哉の席だ。今日は部活の助っ人に行っているらしい。よくは知らないけれど、どうやら彼は運動神経抜群だそうだ。それが校内でも有名で、部活には入っていないのに頻繁に助っ人として呼ばれると聞いた。
誰も座っていない夏哉の席を見て、彼との会話を思い出していた。
類香はクラスメイトのことを何も知らない。和乃のことも正直手放しには信用できない。しかし。
「……予定が合えばいいよ」
以前と比べて人と話すことを億劫に感じなかった。和乃に調子を壊されたせいだ。善意を無下にはできない。自分の方もしんどくなる。それは面倒なことだから。だから、この誘いも断ることはしない。類香は自らにそう言い訳をした。




