プロローグ 忘れないでね
「縺ソ繧薙↑縲√ヰ繧、繝舌う」
瓦礫の山の上で、怪物が咆哮している。
立ち込める土煙の中に、大量の血の臭いがぷぅんと混じり、肺に絡み着く。
遠くからけたたましく聞こえるサイレンが、ビリビリと心臓を震わせた。
黒々とうねる触手が地面を抉った。弾けた瓦礫が僕の頬を掠め、背後の壁にあたって壁ごと崩れる。裂けた頬からじわじわと滲んだ血があごを伝い、手に持ったカメラへと滴り落ちた。
眩い朝日が怪物を照らす。三メートルはあるだろう堂々たる体躯の表面を、黒い触手が波打ち、ゼリー状の粘液を飛ばす。
「ワ゜ダ縺ハ。ゼがイ■ヲ救゜タ■■カッダノ■」
怪物の咆哮が地面を揺らす。
粘液が泡立ち、けれど砂のように掠れたジャリジャリとした声が、人間には理解できない言葉を吐く。
怪物の体がボコボコと膨れる。皮膚に浮かんだ血管らしきものが青く発光している。怪物の吐き出す息は黒煙となり、口端から垂れる涎が地面を溶かした。
僕は一歩前に進んだ。
首から下げたカメラを、怪物に合わせる。
レンズ越しに視線がかち合った。沼底のような深い色をした巨大な瞳を見て、僕は思い出す。
『私の目、大きくて可愛いでしょう?』と言っていた彼女の言葉を。
ああ、そうだね。君の目はとっても大きくて、素敵な目をしているよ。
「忘れないよ」
君が。化け物でないことを僕は知っている。
君が。普通の女の子だということを僕は知っている。
「ミ゛ン××な゛。ダイ好木■ヨ■△」
魔法少女に憧れていた女の子がいた。
ピンク色の髪をした、可愛いものが大好きで、ぬいぐるみのチョコちゃんがお友達で、たくさんの夢をもっていて、ちょっと我儘で、皆のことをふりまわして、だけど本当はとっても思いやりがあって、そして、ずっと魔法少女に憧れていた可愛い可愛い女の子がいた。
君はただ、可愛い魔法少女に変身して、世界を守りたかった。
薬物にも、ヤクザにも、宗教にも、殺人にも。関わるつもりなんてこれっぽっちもなかったんだよね。
黒い触手よりも、ピンク色の衣装を着たかったんだよね。
怪物は空を見上げる。大きく開いた口の中が青く光る。
怪物の体の内側から駆け上がっていく光が、その口に凝縮されていく。
眼球が焼け焦げそうになるほどの熱く眩しい光を、僕は瞬きをせず見つめていた。
大丈夫、と僕は繰り返し言った。大丈夫、大丈夫だよと。
溢れる涙を何度もぬぐう。怪物に対する恐怖などみじんもなかった。
ただあるのは、心臓が破れそうなほどに激しい悲しみだった。
「僕は君を忘れないよ」
君という人間を僕は絶対に忘れない。
世界を壊す怪物の姿ではなく。笑顔が眩しい、人間の姿をした君のことを、僕は絶対に忘れない。
世界が君を化け物だと恐れても。
君は人間だ。
笑顔が可愛い、ただの女の子だ。
怪物が絶叫する。それはきっと、『彼女』が心の奥底から放った声だった。
「どゥ■か、私ォ忘レナイ゛縺で縺ネ」
口から放たれた青白い閃光が空を突き抜いた。
視界が光に埋め尽くされて、何も見えなくなった。
僕は、シャッターを押した。
変身しないで。縺ゅj縺ちゃん