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ようそこ地獄へ!

 生い茂る木々のざわめき。

 まぶた越しでもわかるいい天気。

 緩やかな風と柔らかい草のベッド。

 疲労感だろうかひどく身体がだるい。


 もう少し休んでいたい誘惑もあったが、人の気配に瞼を上げる。

 二人の少女にのぞき込まれていた。

 すごく近い。だが、覚えのない二人だ。


「ここが天国か」

「残念、地獄だよ。お兄さん」


 もののたとえだよな?

 少なくとも少女たちは地獄の住人には見えないし、ここが地獄とも思えない。


「君たちは?」

「ボクはあーちゃん。唐突に始まった罪人生活を、親切丁寧にお世話するバニーさんです」


 長いプラチナブロンドの髪に真っ赤な瞳。ピコピコ揺れるウサ耳には小さな王冠が引っかかっている。革と拘束具であしらわれたボンデージルックを着こなす様は、地獄っぽいと言えなくもない。


「その耳、本物?」

「まぁね! ちなみに、本日の露出度はお高めです」


 地獄とは思えない歓待ぶりに感心していると、隣の少女もおずおずと口を開いた。


「わ、わたしはマコって言います! えっと、罪人です。よろしくお願いします!」


 丸っこい瞳にくせっ毛のショートカット。怯えながらもしっかり自己紹介する辺りに育ちの良さを感じる。大きめのブレザーはいいとこの学生服のようだが、バニーと並ぶと妙なお店みたいだ。


 自己紹介を終えた2人は、俺の言葉を待っている。

 困ったな。


「俺は……誰だ?」


 有り体に言えば記憶喪失。

 知識はあるのに、自分のこととなるとさっぱりだ。この辺の気持ち悪さは説明しがたいものがある。


「なぁ、俺が誰だか知ってるか?」

「罪人に記憶がないのは基本だからね、そんなに慌てなくてもいいよー」

「罪人って俺もか? ここが地獄って言われても意味わかんねぇし……」

「それは、おかしいなぁ」

「なにがだよ?」

「大抵の人はここが『地獄』だって聞くと納得するからさ」


 身に覚えがあるというやつだろうか。

 俺にはない。善人だった記憶もないが。


「いや、待て。記憶がないのにそれはおかしいだろ!」

「生前の記憶はなくしてるけど、全部じゃないからね」

「たとえば?」

「自分の罪。君たちがここにいる理由かな」


 あーちゃんが探るようにのぞき込んでくる。

 この際なんでもいいのだが、いくら頭をひねっても自身に関しては微塵も思い出せない。


「自分の顔すら思い出せねぇ……」

「そんなもんじゃない? 自分の顔なんて滅多に見ないし」

「か、カッコいいですよ!」


 微妙な間が気になるので、俺の顔は少女がのぞき込める程度と仮定しておく。

 地獄にしてはラフ過ぎるとは思うが、甚平に下駄履きだって悪くない。

 しかし、問題はそこじゃない。


「この際、顔はどうでもいいんだよ。なぁ、罪を忘れるとどうなる? なにか困るのか?」

「困る人もいるし、そうじゃない人もいるかな。別に罪を忘れること自体にペナルティがあるわけじゃないしね」

「そんなもんか」


 案外ゆるいな地獄。


「そうだ、マコはどうなんだ? なんでこんなとこに居るんだ?」


 あえて馴れ馴れしくいってみたのだが、話題が悪かった。話を振られたマコは明らかに辛そうな表情を浮かべている。

 地獄行きが決定した原因など思い出したくもない様子。


「やっぱ言いにくい?」

「そうですね、話したくありません……」


 丁寧に断られる。大人しそうなマコが、この話題に関してはとりつく島もなかった。


「ほらほら、そういうのは後にして、とりあえず町にでも行こうよ! 詳しいことはおいおい教えてあげるからさ」

「地獄の一丁目ってのは決まり文句みたいなもんだと思ってたけど、地獄にも町があるんだな」


「洒落たこと言うじゃねぇか。じゃあ、今からここが地獄の一丁目だ」


 唐突に会話に割り込んでくる第三者。

 この二人が俺を見つけたように、他の誰かも俺たちを見つける可能性を考えていなかった。相手が武器を持った野郎という時点で、地獄感5割増しだ。


「あーちゃん、地獄の治安ってのはいかほど?」

「いい場所もあれば、悪い場所もある」

「ここは?」

「無法地帯かな」


 声をかけてきたのは、ボロをまとい手斧で武装した髭面の青年。

 一歩遅れて木の陰から現れたのは、トゲ付き肩パットを装備したモヒカン。こちらの得物はくだものナイフ。

 そして、不気味なホッケーマスクの巨漢が茂みの中から姿を表す。ショルダーパッドにグローブとスティックの重装備だ。


「……アイスホッケー?」

「ちがう」


 野太い声で否定された。違うのか。

 ともあれ、見事な守備配置についたホッケーマスクによって、俺たち三人は完全に囲まれていた。


「そっちの混ざりモノはともかく、ブレザーのガキはちょうどいいな。おい、痛い目みたくなかったら大人しく付いてきな」


 値踏みする髭面に、俺の姿は映っていない。そうか、俺は売り物にはならんか。

 混ざりモノと称されたあーちゃんも少々難色。地獄でのウサ耳人気はそれほどでもないらしい。


 しかし、人攫いなのか盗賊なのかは知らないが、地獄で悪行とは堂に入ってるな。筋金入りとはこういう奴を言うのだろう。

 すっかり縮こまったマコを背に、あーちゃんに耳打ちする。


「こいつらの『お世話』もしてくれたりするのか?」

「この人たちは趣味じゃないなー」


 あーちゃんがそう言うや否や、ホッケーマスクが俺に向かって低めのタックルを開始した。

 登場時とは打って変わっての素早い動きで、ホッケーマスクはすでに目と鼻の先。体格差と距離のせいで、何倍にも見える。

 これは死んだな。いや、もう死んでるらしいけど。


「盗賊ゲットだぜ!」


 あーちゃんの軽快なかけ声。

 俺やマコが目を見張る中、小柄なあーちゃんがホッケーマスクの巨体をアイアンクローで押しとどめていた。

 バニーどころかベアーだよ。

 助けてくれたのも含めて色々ビックリだ。


「放せ! くそ! 放せ、ブス!」

「ブスとか言わない」

「いぎぎぎぎぎぎぎぎっ!」


 奇声を上げてもがく巨漢。マスクは砕かれ、取り落としたスティックがあっけなく踏み折られる。

 誰もが言葉を失う中、トレードマークを失った元ホッケーマスクの身体がゆっくりと持ち上げられていく。


「地獄ルールその1。多少、死んでも大丈夫!」


 あーちゃんはそう言って、巨体を地面に叩き落とした。

 原型は残っているが息はない。

 振り上げられた時に、すでに首はあらぬ方向に曲がっていた。


「そんな」


 マコが青ざめている。

 たぶん、俺も似たような顔色。展開が急すぎて処理が追いつかない。

 薄々わかっていたことだが、あーちゃんは俺たちとは別物だ。いや、別格と表現した方が正しいか。地獄の獄卒。鬼。そんな単語が脳裏をよぎる。


「最初から死んでるんだから、そんなヘコまないでよ」


 へらへらと笑うあーちゃんはなかなかに刺激的。思った以上に危険人物だぞこいつ。

 マコは自分が置かれている状況も忘れて、物言わぬ身体のそばに駆け寄り涙を流していた。

 少女の涙に胸を打たれたのか、殺人バニーもばつの悪い表情で視線を揺らす。こっち見んな。


「地獄ルールその2! 罪人は死にません!」

「っ、あ、本当ですか!?」

「ホント、ホント! どっかで復活するから、大丈夫だって!」


 ゆるいフォローの横で元ホッケーマスクの身体が灰色の粒となって崩れていく。ゆっくりと砕けていく様は、死体とは思えないほど幻想的だった。

 泣いた子供が何とやら、マコは赤い目をこすりながらその様を感慨深く眺めていた。

 人のことを考えている余裕などないのだが、このマコという少女は危なっかしくて目が離せない。今後は保護動物として扱うべきだろうか。子犬っぽいしな。


「てめぇ! ふざけたことしやがって!」


 俺が妄想の子犬娘を愛でている間にも、現実は粛々と進行中。


 死をも恐れないというのは、ここまで人を愚かにするのか。あれほどの力量差を目の当たりにしながら、敵意を無くさない髭面に軽く感動する。

 だが、口先の威勢はいいものの、髭面が向かってくる気配は一向になかった。怖がっているのとはどこか違うな。

 そんな俺の違和感もおかまいなしに、気を取り直したあーちゃんが髭面を挑発する。


「その得物は飾りかなぁ?」

「そんな、わけあるか! 同時にいくぞ、モヒカン!」

「いや、兄貴は無理っしょ?」


 空気が読めないのか、律儀に返事をするモヒカン(本名?)のせいで、髭面の顔がゆがむ。

 あーちゃんが小悪魔フェイスをニマリと歪める。


「キミの罪はありがちかな? た・と・え・ば、女の子に触れられないとか」

「兄貴はそんな外道じゃねぇ!」

「じゃあ、何?」

「暴力が振るえないだけだ!」

「バカ野郎、口閉じてろ!」


 焦る髭面に、モヒカンがばつが悪そうに目をそらす。

 我が意を得たりとばかりにあーちゃんのチュートリアルは続く。


「ふふん、気付いたかな? 地獄ルールその3。罪には相応の罰がある。罪人には行動の制限やペナルティがあるのさ。それこそ罪人ごとに千差万別だけどね」


 それがどの程度の強制力を持つのか、罪を忘れている俺にはわからない。だが、それが他人に知られて厄介なことは容易に想像できた。どうりでマコが口をつむぐはずだ。


「だから、なんだってんだ! おい、やっちまえモヒカン!」

「さっきの見てました? 瞬殺ですよ」


 モヒカンは見かけによらずとても素直だ。いや、素直過ぎるな。もしかしたら、それが彼の罰なのかもしれない。

 あーだこーだと内輪もめを始めた二人はどこかコミカルで、これにはあーちゃんも興をそがれたご様子。


「無抵抗の相手はちょっとヤだなー。君たち盗賊向きじゃないし、今日は見逃してあげる。ほら、行った行った」


 素っ気ないあーちゃんを尻目に、盗賊たちはどこかばつが悪そうだ。実際、仲間がやられた上に実入りもないのでは盗賊としては形無しか。

 もっとも、あんな残虐ショーは勘弁願いたいので髭面に助け船を出しておく。


「この子はたぶん罪人じゃないぞ。だから、素直に逃げとけよ」

「くそが! 混ざりモノのくせに!」


 またそれだ。どうにも差別的な含みがあって引っかかるな。

 せっかくなので素直なモヒカンにでもご教授願おう。


「モヒカン君、混ざりモノって何?」

「混ざりモノってのは地獄で何度も死んでる奴のことだ。ここじゃ死んでも蘇るが、身体のパーツが増えたり欠けたり、記憶がすっ飛んだりすんだよ。人でいたかったら身体は大切にすることだな」

「モヒカンって本名?」

「違ぇよ。本名は聞くんじゃねぇぞ」


 渋々語るモヒカン(あだ名)にすでに戦意はなく、最後の戦力を失ったことを悟った髭面はようやく元来た道を引き返していった。

 その背中を追うモヒカンが、挨拶代わりに軽く手を挙げていく。挨拶の出来る子だった。本当に盗賊向きじゃないな。


 どうやら無事に切り抜けられたようで一安心。

 何より実演付きで有意義な情報も得られた。


 罪人は死なない。

 ただし、いつか人でなくなるかもしれない。


 罪人には罰がある。

 当然といえば当然な仕様。

 さて、俺にはどんな罰があることやら。


 そして、あーちゃんの実力。

 自分のことをちゃん付けで名乗るただのイタイ奴ではなかった。胡散臭いが、このバニーさんとは仲良くしよう。主にボディーガード的な意味で。


「何?」

「ウサ耳大好き」

「それは良かった! じゃあ、そろそろ行こうか。ほら、マコちゃんも行くよー!」

「今、行きます!」


 やけに静かだと思えば、マコはホッケーマスクの消えた場所にお墓らしき物を作っていた。大きめの石の前には花まで添えてある。


「それ必要か?」

「何となく」


 はにかみながら笑うマコ。

 本当に地獄が似合わない子だ。興味本位で悪いが、こうなってくるとマコがなんでこんな場所に居るのか気になってくる。一緒にいれば知る機会もあるかもしれない。もっとも、それを知る状況はあまり良さそうとは思えないが。

 ともかく、この先はもう少し平和な道中を期待したいものだ。

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