2章10話 冒険者ギルド
「それで、ジャックをクリアしたと。……確かに三人ともにジャック踏破の称号がございますね」
洋平たちは久しぶりに冒険者ギルドを訪れていた。というのもジャックを攻略すればランクが否が応でもDまで上昇するからだ。特にアカとアオの冒険者ランクは低いため洋平の配慮でもある。
担当していたエリシャからしたら洋平はとても常識では考えられない存在なのだ。それに当てはめてしまうのは見当違いだ、と考えを改め始める。
「これでお二人の冒険者ランクはDになりました……けどヨーヘイがいれば関係がないのですよね」
洋平は「ヨーヘイ?」と少しだけ呼び捨てなのに驚いたが、なんとかポーカーフェイスを保ち三人の顔を行ったり来たりしている。
「Bランク冒険者のパーティならAランクの依頼は受けられますし……」
「いや、どちらにせよ二人にはSを目指してもらっているから構わない。ただ実力的にはもっと早くても良かったとは思うけど」
それは洋平の感想であった。
二人は悪魔の子供ということもあってイヤホン装備持ちの洋平と対等に戦える。ただし魔法抜きで二対一という条件が付くが。魔法有りでは洋平たちは戦ったことがないのだ。
その分、二人のステータスの高さも理解しており下手をすればマリアベルにも傷の一つをつけられる、と思うくらいだ。実際は不可能に近いのだが。
「それなら次は……クィーンですか?」
「二人にはそこで頑張ってもらう。ただし浅い階層でだな。俺は生産面でお金を貯めようと思っているんだ」
その歳で未来のことを、とエリシャは思いながらも大人びた考え方と美貌からエリシャの脳内はトリップを始める。主に結婚したいとかそっち系だ。
「エリシャ……?」
「はっ、いえ、頑張ってください。私も陰ながら応援させていただきます」
握りこぶしを二つ作り前に出すエリシャ。
洋平は可愛いな、と思いつつも後ろの人たちの殺気に怯えていた。それを出す人たちは知らないのだ。今では洋平たちがランクに見合わないほどのステータスを持つことに。
「よお、色男。ちょっとだけ、面貸してくんねぇかなぁ?」
ここぞとばかりに数人の髭面の男たちが洋平に聞く、いや、威圧する。洋平は物怖じもせずにエリシャの方を向いていた。
「なあ、無視すんじゃねえよ」
「あっ、ああ。色男って俺の事だったのか。それで? 何か用か?」
「Aランクパーティの牙狼さんがヨーヘイに何の用ですか?」
いちいち癪に障る奴だ、と牙狼のリーダーは頭を掻きながら、「いや、内密な話だ」と下卑た顔を浮かべる。
「ここで話せないなら行く必要もないな。消えろ」
「おいおい、ジャックをクリアしたくらいで調子に乗ってねえか」
牙狼の一人が洋平の肩に手をかけた。瞬間、そいつの右手に浅い傷が入る。
「次やったら、首に行きますよ」
酷く冷静に、それでいて冷淡にアオは忠告をした。洋平はエリシャの方を向くが「どのような結果でも牙狼の責任となります」と洋平を援護する。それが牙狼には我慢できなかった。
愛しいエリシャが変な男に取られてしまう。しかもそいつは二人の可愛い女性を手に入れている。こいつには勿体ない、だから俺がいただく。
といった汚らしい思想であった。
そして洋平もそれに気づいていた。パーティメンバーが三人に対して下卑た目を浮かべているのを見れば、どのようなことを想像しているのかなど考えずとも分かるだろう。
「風よ、集まり我らが敵を滅ぼせ、風球」
後ろに下がっていた牙狼の一人が魔法を撃ち始めた。これによって洋平は何を行っても責任がなくなったことを理解する。
「水壁」
ただそんな言葉で詠唱を行って作成された風球は消え去った。牙狼の魔法使いが行った詠唱は、これでもとても短くされたものだ。それこそAランクに見合った速度である。
だが無詠唱である洋平にはそれらは無駄であった。肉薄しようと他のメンバーが飛びかかるが見えない何かに阻まれる。
「結界」
アオの手に入れたスキルである。ダンジョンクリアの時に得たスキル玉から得られたスキルは、簡単には手に入らない分だけ価値の高いものが多い。
そしてアカが手に入れたものは、
「火拳双破!」
魔力を手などに宿せるスキル、魔装である。似ているアカとアオではあるがステータス面では違いが顕著であった。それは物理的な面である。完全魔法型のアオと物理面でも活躍が可能なアカ。アカならではの良いスキルであった。
そして火を纏った拳で一発ずつ殴られたメンバー達は壁際へと吹き飛ばされる。残ったのはリーダーだけであったが足の震えを止めるので精一杯。
そんな時に洋平の、いや、死神の声がギルド内で響き渡った。
「お前ら、俺のアカとアオにいやらしい目をしていたよな。どんな勘違いをしていたのかはどうでもいい。ただこいつらにそういうことをするつもりなら、殺す」
一瞬で肉薄されリーダーは手でガードを取る。咄嗟に動かない体を無理して働かせられたその行動はさすがAランクといえるだろう。ただし相手が悪かった。
「グ、グアアアアッッッ!」
「脆いんだよ!」
そのガードしていた両腕ごと洋平はリーダーの胸を撃ち抜いた。その一瞬のパンチを目で追えていた人は、果たしてその場に何人いたことだろう。
ワイバーンを倒して以来、洋平のレベルはおかしなほどに上がっていた。ステータスの上がり幅も同様にだ。それこそAランク中位の力を誇っているだろう。
一番牙狼が可愛そうなところはAランクになりたてだということだ。そしてこれから街、いや国で話題の尽きない人物になることも。そんな相手に喧嘩を売ったのだと後々後悔するだろう。
「……手加減してるんだぞ」
洋平の言葉に頭を縦に振る二人。
アオであれば結界で押し潰せたであろうし、アカならば心臓を貫けばよかった。洋平なら尚更だ。そのためにAランクがこの程度なのだと三人は落胆していた。
この冒険者ギルドの人達の中でジャックの異変に気づけているものはいない。一日でモンスターハウスとなっていた五階層より下の魔物が数少なくなっていることに。
「今回の責任は牙狼にありますので、ヨーヘイには悪いのですけど三日後くらいにここに来てもらってもいいですか?」
「構わない。ってかエリシャが迎えに来てもいいんだぞ」
こんな奴らに好かれているエリシャを慰めるための一言であった。だがエリシャの頭はまたトリップを始める。
『それって……プロポーズ! そうよね、そうそう。だって私に毎日迎えに来て欲しいってそう言ったもの!』
若干耳も悪くなっていたようだ。
エリシャのいやんいやんとしている姿に洋平は悪寒がしたが、エリシャのことを嫌っているからではないことを知っていた。そのために不思議そうな顔をする。
「てめぇ、が、死ねばァァァ!」
辺りを見渡していた洋平に牙狼のリーダーがナイフを片手に特攻する姿が見えた。悪寒の正体を知った気がしてクスクスと笑う。
「てめぇは癪に障るんだよ!」
「だから?」
「殺す!」
めんどくさいけどやるしかないか。
洋平はそう覚悟を決めイヤホンを前に出した。
「色欲」
小さくそう呟く。その声は誰にも聞こえずアカとアオ以外は息を呑んだ。
状態異常の耐性がないのか、一発で牙狼のリーダーの動きが止まる。誰もが不審がる中で洋平はまた小さく「強奪」と呟いた。
牙狼のリーダーの瞳が落ちていく中で洋平の「お前は救えないよ」という言葉だけが耳に残っていた。
「……エリシャ、殺していないからこの人を運んで。今なら待ち合うかも」
自分でこんな状況を作り出してどの口が言うのか、と洋平は思ったが何も言わなかった。それはそうだ。この状況を作り出したのは洋平であっても喧嘩を売ってきたのは牙狼である。そして最後のこの攻撃、殺しは例え民事不介入の冒険者ギルドであっても重罪だ。
「早く! 近くの病院に運んで! それと牙狼のメンバーの冒険者資格を剥奪!」
その後のエリシャたちの行動は早かった。
ものの数分にして牙狼のメンバーは全員捕まりフックに処置が任されることが決まる。最後まで平謝りだったエリシャに向かって、「エリシャは悪くないよ」と言う洋平の笑顔のせいで女性ファンが増えたことを、洋平は知らない。
次回から商人ギルド、なんですけどプロットの練り直しと不死鳥の更新をしたいので少しの間不定期にさせていただきます。
もし投稿されるとすれば土日です。勝手ながらよろしくお願いします。
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