2章6話 ダンジョンアタック5
予告通りシリアスです。
二十分の時間が経ち洋平の瞳が少しずつ開き始める。肩に置かれていたはずの頭は、いつの間にかアオの頭の上に置かれスースーと寝息だけが聞こえる。
柔らかい感触と腕に当たる微かな息によって覚めぬ脳が覚醒し始める。
「……二人も寝たのか。可愛いな」
洋平が自由に動かせられるのは左腕だけである。右腕全般はアカに抱きしめられ右肩にアカの頭が乗っている。
足はアオが占拠しており押し付けるかのように、洋平の暑い胸板に顔を埋めていた。
愛らしさに抗いながらも体を揺すり二人を起こす。アカは寝起きがいいもののアオは寝起きが悪い。
洋平はそう実感しながら二人を揺すり続けた。そんな時だ。
「……主。……耳赤いよ?」
そんな言葉を呟きながらアカが耳に顔を近づける。呼吸が耳へと吹きかかり洋平の心臓も早くなる。
「……ここ……気持ちいいです」
アオも便乗したのか胸板に顔をより強く埋め、少しずつ頭を上にあげていく。胸から鎖骨、そして首元に来た時に洋平は爆発した。
「いい加減にしろ!」
「ふあっ。……主?」
「そういうことやるにしても場所を考えてくれ。人が絶対に来ないというわけではないんだ」
そう言ってアオを下ろす洋平。寝る前に立てかけていたレヴァティーンを手に取り、それを杖替わりにして立ち上がった。その際にアカの手の拘束も解けてしまう。
「……ごめんなさい」
「二人とも、そういうことは嬉しいけど家でやってくれ。それにそんなことされても手を出すつもりはないよ」
寝起きの問題ではないと洋平が気づいたのはアカの頬が薄ら赤くなっていたからだ。それがなければなされるがままに。
洋平はそう考えてゾッとした。今一番の幸せを自分自身が壊そうとしていたのか、と。
「とりあえず行こう。目が覚めてないなら水を渡すから顔を洗って」
タオルを取り出しながらそう伝える。
小さなタライに水魔法で水を張りタオルを付ける。濡れて絞ってから顔に押し当てた。
「後、怒ってはいないから安心して。本当に場所だけは考えてくれ」
洋平はフォローしたが二人の表情が晴れない。当たり前のことだ。主を襲う奴隷がいるとは考えられないから。違う意味で襲う奴隷はいるが。
動かない二人を見てそっとタオルを渡す洋平。それに気づいたからか、ようやく手を動かす。
「今から戦うんだからメリハリはつけないとな。一瞬の迷いが命取りになるから」
「……そうでしたよね」
「本当に……ごめん」
「いいんだって。襲うんじゃなくてさ、普通にしてくれたらそれでいいって」
洋平が二人にその先を求めることはない。確かに一緒になれるならそれに越したことはないのだが。それもいつ冷めるかはわからないのだ。
「本当の主と奴隷の関係は嫌なんだよね。二人のことは好きだけど、襲いはしたくないし」
「魅力がないんですか?」
「いやいや、それで魅力がなかったら大抵の人は魅力的とは言えなくなるよね。ただ心の準備が必要かな」
そんな紛らわし方ではいけない、と思いつつもそう口走る洋平。二人がいなくなるならいっそ色欲で、とも思わなくないのだ。
しかしそれをすれば自我のないただの人形だ。それこそダンジョン内の魔物と変わらない。一歩間違えればそんな関係になってしまう、そんな恐怖に洋平は怯えていた。
それならこのままで、ずっと一緒にいれれば。二人が本当に好きな人と結婚していい関係を築く。
そんな身勝手な考えに執着していた。
「とりあえず行こう。夜中になっちゃうよ」
洋平が先に奥の部屋へと入り、二人も中へと歩を進めた。いつもの光の集結の後に現れたのは足が魚の尾びれである女性。
「……マーメイド!」
アカとアオの顔が引きつく。
自分たちにはない美しい体。胸が大きく女性的なその体と顔に嫉妬する。
自分たちに魅力がない、あいつのようであれば私たちもずっと主とともに。そんなことを考えながら杖を手放し二人は手を繋いだ。
先の洋平の言葉が信じられずに、ただ嫉妬の心に囚われて声を上げた。
「火球!」
性格も似ておらず行動も違う。
でも芯は一緒であるし幼い頃は何をしても同じだった。それが今、現れる。
二人の多量の魔力を集めた火球が合体して大きなものへと姿を変える。その軌道上に洋平がいることにも気づかないままで発射された。
間一髪で洋平は躱したもののそれにぶち当たったマーメイドの体は一瞬にして黒い何かへと変わってしまう。それを見て洋平はマーメイドの死体を無視して二人の元へと飛んだ。
二人は息を荒くして下を向いていた。何度大きく呼吸をしても安らぐことのない痛み。そして行ってしまったことの重大さに気づいていた。
それは段々と締め付けてくる首輪が物語っていた。主を傷つけてしまいそうな時に働く効果。命令を聞かない時に働く効果。主を守るためだけの効果。
二人とも唇が青くなっていくことを実感していた。これで捨てられるのか、と。
「……何をやってるんだ。はあ、首輪とかだから要らないんだよな」
だが洋平がしたことは二人の首輪に魔力を注ぐことだった。それにより首の締めつけが緩んでいく。魔力消費による呼吸の荒さと気道を締め付けられることによる呼吸のしづらさ、そして嫉妬と行ってしまったことによる自責の念。
「よくあいつを倒せたな。……俺ごといこうとしたのは驚きだけど、何かあったのか?」
変わらずに接してくれる優しさが二人の心をより締め付ける。いつもの優しさがとても二人を怖がらせた。
「どちらにせよ、時間短縮になった。水魔法とか撃たれたらめんどくさかったしな。ありがとう」
頭に乗せられ動く大きな手。
それが心を暖かくさせていくのを実感している。それは前からだ。でも今になってより強くなっていく。
「……怒って……ないんですか?」
「あー。まあ少しは。たださっきのこともあるしお互い様だろ。そんなことで二人と離れるのも嫌だしな」
「……私は」
「何に囚われてるのかはわからないけど、俺のせいだったら魔法は自業自得だし、マーメイドのせいならあいつが出てくるのが悪い。ほら、二人とも悪くないだろ」
洋平はニッコリと笑う。屈託のない笑顔が二人の顔を赤くさせていく。
「ってかこの戦い方があるならもっと戦略が増えるしね。初手で俺が相手を抑えて、二人が背後から大きく魔法を」
「それは駄目です!」
「ダメに決まってるでしょ!」
二人の声が重なり洋平を驚かせる。
「私が死ぬのは言いですけど主が死んでしまったら生きる意味がありません!」
「私はアオの幸せも大切だけど主のことも大切なの! アオを幸せにできるのは主だけ!」
「アカの言い分はよくわからないけど。……まあ俺のことを大切にしてくれるのは嬉しいよ」
迫力のある二人の声に洋平の声がどもる。
「機嫌直してくれよ。少なくともここを出るのを優先しないと」
ストップウォッチの時間は優に一時間を越している。途中で出るのは少し嫌だった洋平はそう考えていたのだが。
「それにさっきの攻撃じゃ俺は倒れないよ」
「……知ってます。でもあれで本気の半分ほどです」
「……それに主も人間だから私たちよりは先に死ぬんだよ」
「いや、死なないよ。ステータス高い人って寿命長いし、下手したら二人が先に死ぬかもしれないしね。二人の子どもとか見たいから普通に死ぬ気はないし。にしてもあれで半分か」
やろうと思えば洋平にもあれだけの威力の火魔法を撃てるだろうが、二倍の威力を出せと言われれば少し悩んでしまう。
ましてやアカとアオは杖の補助なしでそれを行ってしまった。少しだけ洋平が悩むのも無理はない。
「まあ、さっきの作戦はなしにするけど俺も二人が死んだら悲しいよ」
静奈のこともあり洋平はまだ死ねない。
せめて静奈を保護することと、アカとアオの幸せの実現が達成するまでは死ぬことができないのだ。
「……今日は帰ろう。このままじゃ二人と拗れてしまうから」
アカとアオは力なく頷いた。
一応は関係改善という形のイベントだったんですけど、アカとアオをメインに置いていた1章に入れるべきだったと悔やんでいます(笑)。
そして騎士のアルたちがまだ出てこない。宿屋の未亡人エルフも……。頑張ります。
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