2章2話 商談
すいません、武器屋は次回みたいです。
「いらっしゃいませ」
受付に立つのは前回と同じ男ではなかった。若干、クビにでもなったのか、と洋平は考えながらその男に「アントンを呼んでくれ」と伝える。最初は意味がわからなかった男はすぐに行動しようとはしなかったが、「ヨーヘイと言えばわかる」と言うと渋々奥へと入っていった。
そこから数分と経たずに大きな足音が響き渡る。口ひげを携えたスレイヴの主、アントンである。
「すみません、うちの若い者がお手数をかけました」
「いや、連絡をしてないこちらの落ち度です」
そんな社交辞令を終えてから、アントンは三人を奥の部屋へと通した。もちろん、通されたのは社長室である。
社長室というよりも校長室と呼ぶにふさわしい見た目。内装はアントンの先祖のものか、何人もの男性たちの写真に近い絵が額縁に飾られている。
中央には大きなソファが一つとその対面に一人用の椅子が二つ、そして間にテーブルが置かれている。
アントンはそのまま一人用の椅子に座り洋平に合図を送る。洋平は首をこくりと頷かせてから、アカとアオと共に大きなソファに腰掛けた。アカとアオの間に洋平がいる形だ。
座ってすぐにどこからか小さなティーカップが四つ現れる。中には湯気立つ紅茶が入っており、アオがいの一番に洋平の前の紅茶に口付けた。
首を二、三度縦に振ってから「大丈夫です」と言うアオに、「ありがとう」と返してから洋平はアントンと向き合った。
「……奴隷であり奴隷ではない、そんな言葉がふさわしそうですね」
「はい、二人は家族ですから。本当は毒味なんて要らないんですけどね」
状態異常無効がイヤホンに付いているため毒などでの即死や継続ダメージ、副作用などはすべて効かない。効くのは当人に良い効果を与えるもののみだ。
だがそれをわかっていてもアカとアオは主の外聞のためにそう行った。そのために何も言えないのだ。
そしてアントンや洋平に見えないようにと、顔を手で覆いながら頬を染める。
「それは私への信用ですかね」
「もちろん、それもありますよ。と、本題です。以前の話にあった生活魔法付与の銅腕輪を持ってきました」
小さな腰にかけた小袋から銅腕輪を十個取り出し机に置く。アントンは不思議がりながらもマジマジとそれを見て、一つ腕にはめた。
「あまり付けている心地がしないですね。腕輪としても一級品ですよ、これ」
まさか銅からこれを作ったとアントンは思いもしなかった。せいぜい販売されていた高めの腕輪に生活魔法を付与した程度だ。そのためにそこもわかっている上で値段をつける、という意味で言葉を発した。
だが、
「ありがとうございます。一から作ったかいがありましたよ」
そうすました顔で洋平は言った。そして大したことがないとでも言うかのように腕輪を一つ手に取る。
「前、十個セットで金貨千枚。そんなお話をしたはずです。これら全てに生活魔法である『洗浄』と『乾燥』を付与しておきました。もちろん、使用したり鑑定を使えるものに見てもらっても構わないですよ」
洋平は淡々とその道具の説明をした。
騙すつもりもないので十個全てにその能力は付いている。商人というのは信頼が命であり、どうウィンウィンな関係に持っていくか、これが洋平のモットーである。
アントンはそのうちの一つに手を付け簡単な操作を行う。洋平自体、風呂には入れていないものの、マリアベルからお湯を貰って体を拭く程度のことはしている。その後にステータスに乗らない生活魔法の乾燥で体を乾かすこともしている。そのためにこの指輪の価値が高いことは理解していた。
それに、
「付与術を使える人は少ないですよね。もしかしたらこの後、お目にかかることはないかもしれません」
付与士というのは圧倒的に少ない。生産業からすれば能力が付与するだけなら使えないし、戦闘面なら付与する力によってその人の価値が決まってしまう。
その中で生活魔法などを覚えている人はどれだけの数いるだろうか。そんな人がいれば国家の金稼ぎのために王族直轄の店舗を持つのは想像に容易い。
アントンは悩んだ挙句に自分にその能力を使った。問題なく能力は発動され道具の信憑性が立証される。
問題は他の道具にも同じ能力が備わっているか、だったのだが。
「多分、他のにも本当に能力がついているかが疑問なのですよね。それならこんなのはどうですか。ナーヴァルさんに仲介役を担ってもらうというのは」
「……ナーヴァルにですか。……それなら信用性は高いですが」
最もその分、自身への利益は減る。
アントンは聞いていた。誰かからもたらされた爆弾に近い遠距離且つ高威力の道具でナーヴァルが稼いでいることを。それの特許を持つのが洋平であることも。
では、ナーヴァルに対してそのようなことをしておいて、もし奴隷商全てを敵に回すようなことをするだろうか。
アントンはここら一体、そして他の国の奴隷商にも顔が利く数少ない人物である。またマリアベルの推薦もある。最悪、一個あれば十分だ。欲張れば全て欲しいのだが。
「一つだけ教えておきます。もしそちらが望むのであれば最大二十個までなら、この腕輪をお譲りできますよ」
それがアントンの商人としての勘を刺激した。十求めている相手に二十も作成する者がいるのか。ましてや相手がそれを望むことを知っているかのように。
確かに望んではいた。そして利益が出るからほしいとも言ったが、それだけの数を作れるものに先行投資の意味も含めて買い取ってもいいのではないのか。
全てが上手く行けば腕輪だけで一財産作ることが可能だ。そんな相手への期待や関係を考えた上で、
「それなら構いません。二十、全て買い取らせていただきたいです」
と言った。そして言葉を続ける。
「できればこの王国に売る際には、私を仲介して欲しいのです。もちろん、その分他のところよりも高く買い取ります」
「専売ですよね。……場合によります。例えばこちらが売りたいという気分であれば」
「そこは売っていただいて構いません。ただ貴族のような高く売れて、そして顔も利かないといけない相手には私が仲介したいのです」
洋平は簡単なメリットデメリットを考えていた。メリットはもし洋平が作成者だとバレてもアントンに任せることができるのだ。それに国お抱えの、といったものにもならなくて済む。他にはアントンとの関係の向上だろう。
デメリットはもし貴族がとても高く買い取ってくれる時だ。単純に利益が減るだろう。そんな二つを天秤にかけて、すぐに考えが決まる。
だが表上は少し考えた振りをしてからアントンに向き直り、
「個人情報をばらさない、そして他地方での口利きをしてくれるなら、定額でお譲りしても構わないです。売って欲しい際にはマリアベルの店にでも行って銅などの大まかな素材や装飾品を渡してくれれば作ります」
とゆっくりと言い切った。
洋平の心臓は早鐘のように高鳴る。アントンは逆に利益を求めていないのか、と洋平の真意を図ろうとする。だが何もわからない。元々、それが洋平の本心なのだから。
「真意、なんかは本当にないですよ。俺は顔が利かないんで他地方に行く時に困りますから」
もちろん、その時にはマリアベルなどが仲介してくれることを十分理解しているのだが。逆に見透かされたような気がしてアントンは少しの間口噤む。
「……いいですよ。後、こちらにどこの地方に行くと教えていただければ、他の奴隷商で良い奴隷を最初に見せてもらえるようにさせましょう」
そう言い切った瞬間にアントンは手を差し出す。洋平はその手を取り握手をした。
奴隷売買の時のように手から条件の書かれた書類が現れ、洋平は一言一句見逃さぬように目を通した。数分、それを読んでから頭を縦に振る。
親指を噛み血を出させ血印を押す。これで書類は完成であり契約成立である。
そして計二十個もの生活魔法が付与された銅腕輪が机上に並ぶ。洋平はそれらを合計金貨二千枚で売り渡し、その金貨を小袋にしまうかのように異次元倉庫にしまいこんだ。
「そういえばアカとアオを買おうとしていた人が随分と騒いでましたよ。差別的なことを仰っていたので、本当にヨーヘイ様に売って正解でした」
小声でそう呟いてからアントンは洋平たちを外へと案内した。洋平たちの用事がその商談だけであることをアントンは理解していたからだ。
その際に「次回は良い奴隷を買ってもらいましょう」と薄く笑っていたことは誰も知らない。
これで大金持ち、になれればいいんですけどね。多分、なにかにすぐ使い切ってしまいそう……。
そして十万文字達成。ちょびちょび暇潰しに書いていたのに、いつの間にかこんな大きな数字になっていました。次はPV五万超と点数百超ですかね(笑)。
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