アカとアオ
「まさか、本当に買うとはね」
アカは小馬鹿にしたように洋平にそう言った。
アントンはそれを戒めようとしたが、洋平の表情を見てそれをやめた。変わらず笑顔を保ち続けているのだ。
そんな表情がアントンに少し恐怖を覚える。
「一番強い奴を買うのが楽だろ? 俺は働きたくないんだよ」
悪魔という時点で奴隷という立場からは抜け出せない。それをアカは知っていたため口をへの字に曲げ、「わかったわよ」と答えた。
アオは能面のような表情を続け、洋平の目元を見つめる。
洋平にとってこれほど面白いことはない。
強いだけじゃなくて可愛い悪魔なんて、陳腐な物語の登場人物のようだからだ。
アントンは最初にアカと洋平の手を取り口元をもごもごと動かす。次いで聞こえた「契約」の言葉によって瞳を開いた。
離された手の感触に変わりはなく、あるとすれば手首に付いた一つの星型の痣だけだろう。
黒く澄んだ直径一センチほどのそれは洋平の厨二心をくすぐった。
次いでアオとも同じ行動をしてから、アカの痣の右斜め上に少し小さめの星型の痣が現れる。
見た感じは二人を表しているように思える。後ろで小さく輝くアオとそれを守るアカ。
「これで奴隷契約が完了しましたが、なにか聞きたいことはありませんか?」
「税に関しては聞いておきたい」
「人頭税なら冒険者ギルドで奴隷を買ったことを報告して、その後からは自分の依頼完了時に税が引かれます。……時々、貴族や、流れ人たちが忘れることがあるそうなのでお気をつけて。お客様は高く売れそうですからね」
小さく「流れ人ねえ」と興味深げにアントンに返す洋平。
自分以外にそのような存在がいることがいくらか、今生きる理由となったのだ。
もちろん、静がどこかで生きているかもしれないという、淡い希望が途絶えなかったのも理由だったのだろうが。
「……そういえばこの奴隷商はあまりいい匂いじゃないな」
それは入ってすぐに感じたことであった。
元の世界と同じように芳香剤などあるわけもなく、ましてや中で充満していた匂いは男の匂いと女の匂いが混じりあって、とてもではないが息を吸うのも困難になりそうであった。
「そうですね、さすがに奴隷を風呂に入れられるほどのお金はありませんし」
「確かに。……生活魔法とかはないのか」
ゲームの世界でも重宝された生活魔法。
それは生活に使える魔法がまとまったものであり、プレイヤーは確実に覚えている魔法であった。
ゲームには開発者の意地悪というべきか、悪印象と好印象の二つの枠が設けられていた。
ゲームの中での結婚は自由である。下手をすれば王族のNPCとの結婚も可能だ。
ただしこの悪印象が高ければ高いほど異性のNPCからは相手にされなくなっていく。その数値が一定を超えればNPCに近くに来ないでほしいと言われるほどだ。
そしてそれは体臭なども関係してくるため生活魔法は必需品と言われた。MPの消費量が少ないのも理由としてあるだろう。
「使えるものがいればいいのですが、さすがにそんな奴隷は少ないので。それにすぐに売れてしまいますしね」
洋平は絶句した。
生活魔法はそこまで大切なものだったのかと。プレイヤーが必ず使えるものだったために、その価値が薄れていたのかもしれないと。
そして逆に一つのアイデアが浮かんだ。
「もし洗浄の魔法を使えるようになる腕輪があればいくらで買いますか?」
「……そうですね。……金貨三十枚が限界でしょうか」
「それじゃあ、あまり儲けはないです。大切な素材も使わないといけないかもしれないので」
人差し指を立て左右に振る。
アントンは少し苛立ちはしたものの、確かに言う通りだと矛を収めた。
「腕輪を十個セットで金貨千枚。もちろん、印は付けますけどその後に売っても良いですよ」
「嘘ですよね? それだとこちらにも儲けが出ますよ? ……いや、それなら、二倍出してもいいので欲しいです」
洋平は引っかかったとばかりに手で口を隠した。
「任せてください。少なくとも嘘はつかないので」
洋平はそんな声を残してアカとアオと共に奴隷商を後にした。
◇◇◇
良い儲け話を得た洋平は無言の二人を連れレゾン・デートルへと到着した。中にはまだマリアベルは居らず二人も怖がるばかり。
話しかけたとしても、
「ここが今の宿だから」
「そうですか」
とおざなりに返事をされるだけでいっこうに心を開く気配もなかった。
そんな時間が数分間続く。その間に三人は居間の椅子で対面式に座っていた。
不意に訪れた静寂によって三人は表情をより強ばらせるが話す様子もない。
「それで、私たちを虐めるために買ったのかしら?」
それに耐えきれなくなったのか口を開いたのはアカであった。
「そんなわけないだろ。一番強かったから買っただけだ。それに遠距離で戦える仲間は欲しいしな」
洋平にとってそれは嘘ではない。
まさか本当は悪魔ってカッコイイという理由で買ったなんて言えるわけもないだろう。
「でも、悪魔の奴隷なんてどのように扱われるかはたかが知れています」
アオが深刻そうにそう口を開いたが、洋平は頭を悩ませただけであった。
自分がどのように扱うのかと。
「三食飯付き、そのうち個室での生活、そしてダンジョン攻略ぐらいだと思うんだけどな。あっ、後は俺の護衛」
「何を言ってるんですか!」
アオは机をバンと叩き洋平を驚かせた。
「夜伽も行わなければいけない! ましてや私たちよりも主の方が強いのでしょう!」
「あー今の所はな。……でも表立って力を振るいたくないし、自身の悪魔の奴隷がやったと言えばカモフラージュはできる。まあ、俺の外聞は悪くなるかもしれないけどね」
そこら辺はマリアベルの盾を借りよう。
そう心で思いながらアオを顔をしっかりと見る。
「……なんでそんなに……前を向くんですか」
「えっ、向いてないよ? ただ今を生きようとするだけ。そんな中で二人を欲しいなあ、居れば楽に生きれそうだなあって思っただけ」
「……その喋り方が地なんですか」
「あっ、うん。まあ、いいかなってさ。なんか友達を思い出して楽になれるよ」
洋平自身、何を言っているんだろうと思っていたが、それでも嘘ではない。二人が欲しくて自分をさらけ出してもいいと思えた。だから買ったし、何よりかっこいい。
最終地点はかっこいいだが、そこまでの行き筋にはきちんと理由があった。
「今回、金貨二千枚が手に入ったら豪邸に引っ越すから覚悟しろよ。その為にも素材を集めるからな」
ニコリと洋平が笑いかけた。
アオの頬は少しだけ赤くなり、「……わかりましたよ」とだけ答えた。
アカはそれに驚いたものの何も言わない。
「アカは良いのか?」
「……姉は妹のために生きるの。だからアオがいいって言えばそれでいい」
どんな信頼感だよ。
そんなことを思いながら洋平はアカとアオの頭を撫でた。手を弾かれることもなく、マリアベルが帰宅するまでの十数分間、洋平は頬を赤くし始めた二人の頭を撫で続けたのだった。
少しやりたいことがあるので「イヤホン」と「不死鳥の召喚士」の更新を一旦止めます。気が向いたら書きますが少し時間がかかると思います。
七月の中頃には、また書き始めると思います。誠に勝手ながらご了承ください。




