その男、マリアベル2
アルの可愛い話が出てきます。
まずマリアベルが一番に向かった店は肉屋であった。
日は傾きかけ鮮度の問題で一番に閉めるのは肉屋であることは明白であるのだから。
少年が好きそうな肉の種類はなんだろうか。
例えば柔らかいもも肉だろうか。それなら丸焼きが合うだろう。
例えば少し固めのバラ肉だろうか。それなら固めて丸焼きが合うだろう。
例えば……という具合に、丸焼き以外のレパートリーのないマリアベル。
ふと渡された紙には挽き肉と書かれている。
マリアベルでもわかった、エミルの作ろうとしているものはハンバーグであると。
「おや、今日も遅かったね」
肉屋の店主はマリアベルを優しい目で見つめる。まるで我が子を思う親のようである。
「ちょっと野暮用でね。お客に食事を出したくて。挽き肉を売ってくれないかしら」
「うーん、ちょうどバーゲンセールでもしようと思ってたんだ。どのくらい欲しい?」
普段、この肉屋はあと三十分は営業している。
確かにバーゲンセールをするには丁度いい時間ではあった。だが一番の理由はマリアベルが来たことだろう。
マリアベルの姿を見て待ってました、とばかりに集まる主婦たち。それによって店主は半笑いである。
もちろん、利益がないわけではないので願ったり叶ったりだが。
いつも通りの光景がそこにはあった。
挽き肉を安く買ったマリアベルは、次いで八百屋へ向かう。
葉物が数点だ。肉屋と同じように主婦を集め安く買ったマリアベルは、自身の服屋に向かった。
「空を走るってのも悪くないわね」
翼はないにせよ、その姿は竜人にも見える。
蜥蜴に羽の生えたような人。そのような言い方をすれば処罰されるのは確定だが。
兎にも角にもマリアベルの行動は早かった。
往復約十数キロメートルの距離を数分で飛び、五分とかからず目的のブツを全て買いきった。
マリアベルの目に質素な服屋が映る。
見慣れた扉を開け中に入った。
出迎えるように四人がそこにいた。
まだ少年は目が覚めていないようで部屋にいるのだろう。
そんなことを考えながら四人の所まで駆け寄った。
「マリアベル様、おかえりなさい」
仰々しい態度でマリアベルに頭を垂れるアル。
それを見たからか他の三人も頭を下げ、「おかえりなさい」と言った。
マリアベルは小さく「そこまでしなくていいわよ」と笑いながら、奥の厨房に向かう。
エミルはそれで察したのか、ラルを連れて奥までついて行く。
アルは一切料理ができないため居残りであり、そんなアルを一人にさせまいと残ったのがリルである。
二人は近くにあったテーブルの、向かい合った椅子にそれぞれ座った。
余談だが、「リルの八割は優しさでできているな」と酒を飲んだアルはいつも言う。
それをいつも介抱しているのはラルだということには気付いていない。
◇◇◇
厨房に立つ三名がいた。
ピンクのエプロン姿のおっさんが一人。
ツインテールを解き三角巾で隠した少女が一人。オレンジ色のエプロンを着こなし、ふわーっと欠伸をしている。
最後に小さなくせ毛の少女だ。エプロンはしているが、三角巾などは付けていない。目はキリッとしており、何かを覚悟したようにも見える。
「さあ、始めましょう」
くせ毛の少女の声が響いた。
普段のようなオドオドした雰囲気はせず、逆に物怖じしないその姿。
少しマリアベルは驚いたが、まあそんな人もいるだろうと納得するようにした。自身もそれに似たようなものだから。
数十分、時間が流れた。
厨房にいないアルたちに聞こえたのは爆発音と何かを叩く音。
魔女の料理の時になりそうなその音はアルを少し強ばらせた。
誰かが廊下を歩く音がする。
アルは背筋を伸ばした。それを見て緊張するリル。
「お客様を起こしてきてくれないかしら。もうそろそろで出来上がるから」
現れたのはマリアベルであった。
それで安心するアルも少し毒されてきているのだろう。
「わかりました、部屋はどこに?」
そのお客がいる部屋の場を教えて貰ったアルは、ゆっくりと向かった。
階段を登らなくてはいけない。
そのため本当に細心の注意を払い家を歩いた。職業での癖がここでも出ているのか、とそれを見てリルは頭を抱えた。
「ここか」
部屋に鍵はない。
どのように開けようかアルは悩んだ。
十秒程度考えただろうか。一番妥当であろうノックを最初にした。
コンコンコンと三回鳴ったその音で、中の人が出てくる様子はない。
だからといって中に入りたくはない。
マリアベルが何もしてこない、と言っても意中の人以外に触れられることも好きではない。
そのため数分時間がかかった。
「なにやってるんですか」
呆れたような目を向けてアルの背を叩いたのはリルであった。
無論、アルの背中に目などついているわけもない。そのため、
「ひぎゃあ」
そんな可愛らしい悲鳴をあげて扉を開けて中に入ってしまったアル。
中に入ってようやく声の主がリルであることに気付いた。
少し後悔したがここまで来てしまったら、と腹を括るアル。
ベットに向かった。
寝息が聞こえる。小さな愛らしくも思えるそんな小さな呼吸音。
なぜかアルはそれを聞いてリラックスしてしまった。首をブンブンと横に振り、寝ている少年の顔を覗き込んだ。
「えっ」
そこにいたのは見間違うはずのない意中の、洋平の顔であった。
その洋平の顔が手を伸ばせばすぐの場所で寝ている。
無意識のうちにアルの手が伸びていく。
ふにふにとした感触がアルを襲い、少し怪訝そうな彼の顔ですら愛おしく思える。
そのまま起こすこともなく、アルはベットの横にかがみ込んだ。前を向けば洋平の顔が見える。
頬を数度突っつき誰もいないことを確認してはにかむ。その姿を見れば恋する乙女そのものだと思うであろう。
しかしそのようなことをしても洋平が目覚めることはない。
ちょっとした悪戯心が湧き始める。
少しはしたないかな、と悩んだがアルは決行することにした。
洋平の胸の部分に手を当て揺らす。「うっうーん」と言い始めたのを合図に、薄らと開いた瞳。
その視線に自身を映させながら口を開いた。
「起きてください。……好きにしてもいいなら別ですが」
後輩がいる前ではクールな自分を作っていた。
彼しかいないからこそ行った黒歴史になるであろう行動である。そしてそれに呼応するかのように声が聞こえた。
「なにやってるんですか」
「ぴぎゃあああ」
アルの斜め後ろにいたその少女、リル。
部屋に入ってきたことすらアルは気づけず、ましてやその悲鳴のせいで洋平は目覚めてしまった。
アルのため息だけが室内に響き渡った。
後輩には見せられないその姿。
なんで見てしまったのリル。
そんな葛藤の中、アルは何を見るのか。
次回、アル死す
デュエルスタンバイ!
というわけでネタ回でした。次回からまたストーリーが進んでいくと思います。お楽しみに。
これからもイヤホンをよろしくお願いします。出来ればブックマークや評価等もよろしくお願いします。




