悪い魔女と幼い正義の魔法使い 前編
妖怪転生の世界観と同じ世界軸です。
グロ、暴力的表現が含まれてますのでご注意ください。
また、長くなりましたので前後編に分けました。
魔女狩り、そんな恐ろしい風習が生まれたのは一体いつであったか。表立って行われるようになった時代の前からも、密かに行われていたのを私達は知っている。そして、そんな野蛮極まりない私刑が禁じられた近代でもまだ、蛮行は繰り返されているのを私は知っている。
どれくらい昔だっただろうか。私が一人になったのは。百年より前は、流石に覚えてない。
ただ一つ鮮明に記憶に残っているのは、焼け爛れた肌の焦げ臭さと、業火の中から喚き散らす母と妹の絶叫。冤罪で身を焼かれ、全てが灰燼に帰すその絶望の瞬間。大切な家族を目の前で失う壮絶な悲しみ。
そして――――――
――――――家族を根拠なき理由で殺害した父親への強い憎悪――――――。
その日を境に、私は本当に『魔女』へと身をやつした。
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「フロリア姉!採取終わったよ!」
「あら、ありがとね。それ、そこの机に置いておいてくれる?」
家族もなく、魔女ゆえに行き場のない私にもただ一人私を『フロリア姉』と慕い一緒に居たがる少年が一人いた。年にしてまだ六歳程度。だというのに彼の魔法の素質は私をもってしても目を見張るものがあった。よもや魔術なんて不要になったこのご時世に子供に魔法を覚えさせるなんて、どんな親かと最初は思った。けど、理由を聞いて納得。
彼の家は代々日本でも有名な魔術師の家系である名家、智恵森家の末裔なのだそうだ。
「今日は珍しい材料がいっぱい見つかった!」
少年は無垢な瞳を輝かせて私の顔を覗き込んでくる。ただ無邪気に、ただ純粋に、魔術に対して、そして・・・事もあろうか私にさえ興味、好意、好奇心、尊敬心を抱いてしまっている。
私は少年の曇り一つない雄黄色の瞳を見て、罪悪感に圧し潰されそうになる。
彼の家系である智恵森一族とは私も面識があった。当時陰陽道などの霊術師が主流だった日本でも異彩を放っていた智恵森家は、人のまま人を救う魔術について日々研究に研鑽を重ねていたらしい。
しかし邪道とも呼ばれる魔術行使は、中々に日本に浸透するまでに時間がかかった。
その話は私が魔女になってから随分経った後、二百年程前の頃にここイギリスに遠征に来ていた四代目当主真理佳からざっくり聞いた話なのだけど。
どこの国でも新しいものを取り入れるのは骨が折れるものだと、お互いに愚痴ってたっけ。
「この辺は殆ど人の入らない未開の森なんだから、無茶して奥まで入ったら帰れなくなるわよ」
少年、双月という名なのだけど、私はこの小さな魔法使いをこう呼んでいる。
「そう君は無鉄砲だから、お姉さんも心配だわ~」
そう君、と。
「もー!フロリア姉その呼び方止めてって言ったのにぃ!」
少しませているのか、そう君という呼び方が幼く聞こえるせいか彼はこの呼び方をする度頬をぷっくらと膨らませて怒る。
彼の怒る姿が楽しくて、いつもついついからかってしまう。
「いいじゃない、そう君だって私の事を愛称で呼んでるんだからおあいこよ」
私の名前はフローベル・マリアージュというのが本名なのだけど、名前が日本人と違い長い事もあって、そう君は直ぐに私にフロリア姉という愛称を付けて呼ぶようになった。
「違うよ!?同じじゃないもん!!」
パタパタと両腕を振りぷりぷりと怒る姿は年相応の愛らしさを感じさせる。
私はいつものやり取りを一通り終わらせた後、そう君が採取して来てくれた材料を種別に整理を始める。
「それよりも、早く外の水汲み場で手洗ってらっしゃいな。原生植物をじかで触ったら危険ってあれほど注意したのに・・・」
やっと落ちつきを取り戻したそう君の両手は軍手一つ嵌められておらず、泥や茸の胞子などで汚れている。
「はーい!」
「もう、返事だけは立派なんだから・・・」
とてとてとアトリエの外に出て、家の向かって右側に設置してあるポンプ式の水汲み場へと向かうそう君を半ば呆れながらも、それでも本当の弟の様に好ましい気持ちで見ていた。
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「それにしても、そう君の両親って随分スパルタなのね」
両手を綺麗に洗って戻ってきたそう君の右手を念のため触診しながら改めてその不思議さに疑問を抱く。
「んー?どうして?」
きょとんと目を丸くさせるそう君。この状況を何とも思わないなんて、本当に強い子ね。
「だって、そう君はまだ小学校にも上がらない年齢なのに実家から離れてこんなイギリスの辺境くんだりで一人で生活させられるなんて」
まだ甘えたい盛りの年頃なはずなのに、こんな人っ子一人いない魔女の森とも呼ばれる『マギスの森』に置いて行かれるなんて。しかも日本語の通じない外国の地で独りぼっち。普通の人間なら具合が悪くなるほどの湿気と、毒キノコの胞子による自然的瘴気が蔓延している。下手に動けば一瞬で迷い、森に住む野獣やら有毒の爬虫類やらが木陰から獲物として狙われる。そんな危険極まりない場所だというのに。
「でも、僕一人じゃないよ?だってフロリア姉がいるもん」
純真な彼の言葉が私の胸にヅキリと突き刺さる。本来、私の様な魔女は彼の様な綺麗な存在に近付いてはいけないのに。彼から近付かれては、どうしていいかわからなかった。
―――・・・いえ、本当はわかっていたんだと思う。突き放すことも出来た。私にはそれが出来た。でも――――――。
「フロリア姉?もしかしてまた『私は悪い魔女だから~』なんて考えてるの?」
「っ・・・!」
目の前にいる少年が本当に十歳にも満たないのか疑いたくなるほど洞察力も優れている。
「僕はフロリア姉は悪い魔女なんて思わないよ?だって―――」
一度言葉を区切ったかと思ったら、突然私の胸の中に飛び込んできた。
「だってフロリア姉こーんなにあったかいんだもん♪悪い人なわけないよ」
「あぅぅ・・・」
すりすりと小動物の様に甘えてくる目の前の少年の言葉に心を鷲掴みにされている私がいた。
―――やっぱり、私は悪い魔女だよ。
―――罪とわかっていても、この温もりをずっと味わっていたいって、思ってしまっているんだから―――。
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ややあって今は魔術研究の実習まがいの事をそう君に教えていた。魔術を生み出すのに欠かせないのはマジックアイテムの生成と、使用する魔法の種類によって魔力属性を変化させる転換。
近代科学じゃ魔法みたいな事が科学的に再現できるけど、実際の魔法も始祖の部分では科学の実験と何ら変わらない。一つ間違えば自分達の身が危険にさらされるけど、成功すれば大きなリターンが返ってくる。最初は手探りで、どの条件で、どの分量で、どれくらいの時間で確実に成功するようになるか突き詰めていくのが魔術。
「それじゃあ今日は少し応用して氷結魔法の使い方と、水属性の魔力を効率よく供給する方法について教えていくわね」
「はいっ!」
輝くその瞳からそう君のワクワク具合が伝わってくる。それ程までに楽しみなのだろう。
それにしても。
「あはっ♪やっぱりその髪型女の子みたいよ?」
散髪できる施設が近くにないためにそう君の髪はすっかり伸びて、男の子だというのに肩にかかるまである。そのため魔法の触媒の時や実験、試し撃ちの時は邪魔になるからと後ろでポニーテールの様に結んでいる。幼く、まん丸とした瞳やきめ細かく鮮やかな黄色の髪の毛もより女の子と間違えてしまいそうになる要因となっている。
「うっさいばかぁぁ!!」
一番指摘されたくなかった部分をからかわれ、そう君は顔を真っ赤にして私の体をポスポスと殴る。
子供だから力が弱く、本気で殴っても痛くはないのだけど、そう君はどこかで加減しているっぽかった。
「んもう、痛いってば。レディーには優しくしないと駄目よ?」
「あぅっ・・・ごめんなさい。痛かった?」
汗って自分で叩いていた場所を心配そうに摩るそう君。痛くなんてなかったけど、やっぱり反応が可愛いからついからかっちゃう。
というより今摩られている方が力加減が微妙でくすぐったい。
「大丈夫よ~。ほら、実験に戻るわよ」
これ以上触られると別の感情に飲まれそうになるので程ほどのタイミングでそう君を制する。
「それじゃあまず魔法の触媒を始めたいんだけど、その前に気になる素材を見つけたわ」
網籠に詰められた素材の中から青白いく光を反射して淡く発行している小さな茸を取り出してそう君に見せる。
「あ!それね。綺麗でしょ?珍しいから採ってきたんだー」
えっへんと両腕を腰に当て得意げなそう君。
「これはアドクタケって言って、中々見つけられないレアものなのよ」
「ほんとっ?じゃあじゃあ、僕偉い?」
希少な素材を採取できた事にご満悦でぽわぽわとそう君の周りにお花が見えるほど嬉しそう。
なんだけど・・・。
「これって採取できる場所が非常に少ないのよ?この森でこれが採取できる場所は『メーガス滝』か『ウィザー湖水』付近じゃないと採取できないのよ。そう君、怒ってあげるからどこで見つけたのか教えて頂戴」
「怒るのは決定なの!?」
メーガス滝もウィザー湖水もこのアトリエから約一キロ近くは離れている。帰りが普段より遅く感じたのは単に私が心配し過ぎたせいだけじゃなかったみたい。
「うぅぅ。め、メーガス滝付近に行ってました・・・」
やっぱり。その二ヵ所は毒蛇だの、場合によっては人間界に迷い込んだ悪魔やらがいる場所だから危険だって耳にベニテングダケができるほど言ったのに。
でも、珍しいものが採取できる場所とも教えたのも自分。その手前、強く怒ることはできないのがもどかしい。
「もう、せめてそういう危険地帯に足を踏み入れる時は一言言って頂戴。私そう君に何かあったら泣くからね?年甲斐もなくわんわん泣くよ?いいの?」
「わわっ!?それはダメっ!ぜったいダメ!フロリア姉泣くの僕も見たくない!」
「でしょ?だから無理しちゃダメよ?」
ぎゅうと抱きしめて頭を撫でる。私の胸の中で小さく頷くそう君に「素直でよろしい」と耳元で囁く。
本当に、心の優しい子だ。
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今日も慌ただしかったけれど、充実感を溢れるほど感じられる一日だった。
すっかり日は落ちて、元々仄暗かった森も一層闇深くなり外に出て少し歩いただけで迷子になるほど暗くなっている。
今日も採取作業と魔法の実験とですっかり疲れ果てたそう君はパジャマ姿でベッドに寝転んでいる。
「フロリア姉~、寝ないの~?」
あわあわと瞼を擦りながらそう君が尋ねてくる。普段は寂しがりなそう君のために添い寝してあげるのだけど、今日はそうもいかなかった。
木々で見えづらいけど、今日は年に一度の『紅月の日』で、この日にしか採れない素材がいくつか存在している。
月が紅く怪しく光るこの夜は様々な生物の体内生命力、通称“マナ”と呼ばれるものが増幅される。それにより突然変異した植物なんかはいい魔法の素材になる。
その半面で動物達の動きも活発になり、迷い込んだ魔獣や悪魔の魔力も増幅してしまうため力ない者は無暗に光の無い場所を歩くのは危険だった。
「今日はちょっと用事があるのよ、いい子だから先に寝ててくれるかしら?」
「でも・・・」
不安そうに顔を歪ませてるのが暗がりでも見えた。
「大丈夫、ちゃんと帰ってきてそう君と一緒に寝るから」
ぽふぽふと頭を軽く叩いた後、頬を撫でてあげる。
気持ちよさそうに頬を緩ませると少し安心したのかニコッと笑い「約束だよ?」と小さく呟いた。
「えぇ、約束ね」
約束を交わした後、約束の頬にキスをしてアトリエを出た。
サバト……