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桃源の英雄譚 前篇

ここからがちゃんとした短編集です。なんらか私の書いている作品に関係があったり、私の書いている長編小説の物語の番外だったりします。

お暇な際にお付き合いいただけると嬉しいです。

 民話。それは古くから語り継がれる伝説である。一世を風靡した英雄達や、名家の出でありながらも転落し没落した者の末路。己の地位も名誉もなげうちそれでも人々の生活を潤さんと道化を演じた者。様々な歴史が書き手の解釈によって現代まで語り継がれ、人々の心に刻まれていく。

今回はそんな逸話の中からこんな話をしよう。誰もが知っているようで、誰も知らない。英雄譚の一つを。








――――――――――――――









 昔々ある所に一組の老夫婦が穏やかに暮らしていました。


人里からやや離れた所に木造の小さな家を構え、貧しいながらも幸せに暮らしていました。

現代の様に年金制度がない時代だった為、老夫婦は老体に鞭を打つように毎日働いていました。


そんなある日の事です。いつもの様にお爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に向かっていました。

お婆さんが洗濯をしていると川上からぷかぷかと大きな桃が流れてきました。

お婆さんは一瞬言葉を失います。ですが、まるで何かの使命を感じ取ったかのようにその大きな桃を沖へと引き上げました。


ほぅ、と一息つき、珍しい桃をお爺さんにも見てもらうためにお婆さんは桃を背負い家へと戻りました。

草刈りを終えたお爺さんが家に帰るとその大きな桃が目に入ります。

「こりゃ驚いた・・・!」と思わず声を上げ二人は顔を見合わせました。


「婆さんや、これは一体どうしたのじゃ?」


お爺さんが首を傾げて聞きました。


「私が洗濯をしていたら、川を流れてきたんよ」


ありのまま起こった事を話すお婆さん。それを受けて再び目を皿にして驚くお爺さん。


「なんと!?川から?ふーむ、なんとも不思議じゃのう・・・」


顎に生えた白髭を撫でお爺さん。


「折角ですし、切って食べてみるかえ?」


「よもや天様の物とも知れぬモノを食らうなぞ、罰が当たらんと良いが・・・」


果たして口にして良いものなのか、二人はしばらく考えました。

すると、


――――カタン


突然その大きな桃が微かに動いたのです。


「婆さんや、もし?この桃を動かしたか?」


「いいえ?動かしてませんよ?」


きょとんと目を瞬きする二人。どうしたものかと考えているとまた一つ、二つと音が鳴りました。


「間違いなくこの桃が動いているようじゃな・・・」


疑いは確信に変わり、再度顔を見合わせます。


「もしや妖魔の類かしら・・・?」


少し怯えて尋ねるお婆さん。お爺さんは草刈りに使っていた小鎌を握りました。

静かにお爺さんを見守るお婆さん。


「切って中を開けてみようか」


お爺さんの言葉にお婆さんはこくりと頷きます。

桃に近付き、桃の天辺にゆっくりと小鎌の刃を入れます。小鎌の刃がそこから二、三寸程入り込んだところで桃の中心がひとりでに割れ始めました。二人は息を飲み、ゆっくりと割れ目に沿って桃を開きます。

鬼が出るか蛇が出るか・・・。自然と恐ろしい事を考えてしまうほど現実離れした光景は、畏縮とも恐怖とも言える気持ちにさせました。


そして、一瞬眩いほどの光を放ち桃はぱっかりと開ききりました。

そこにいたのは


「お、おお!?これはどうしたことか?!」


何とも可愛らしい男の子でした。


「まさか赤子がこの様なところにおるとは・・・、不思議なこともあるものですねぇ」


二人は桃に人の子が入っていた事に驚くと同時に、とても喜びました。

貧しい暮らしをしていたお爺さんとお婆さんは、子供を授かる事が出来なかったからです。


「きっと、神様からの贈り物ぞ・・・。ありがたいのぉ」


お婆さんは涙を流して手を合わせました。


「きっと神の子様だ。この命ある限り胎児に育てねばな」


お爺さんとお婆さんはこくこくと頷きながら、桃から生まれた赤子を見つめました。


「時にこの子の名前は、なんと名付けよう?」


神様の子供かもしれない、そう思う二人は頭を悩ませます。

赤子は自分が生まれた桃をはむはむとかじろうとしていました。


「ふむ、この子の名前は百々《もも》と名づけよう!」


「百々?それはどういう意味を込めているのですか?」


「きっとこの子は霊魂が強く、いずれ儂らの想像を超える様な逞しい子になろうぞ!」


大きな桃の一欠けらをつまみ赤子に食べさせながらお爺さん。


「少し安直じゃったかのう?」


「いいえ、いい名前だと思いますよ」


お婆さんが百々と名付けられた赤子を抱き上げながらにっこりと笑って言いました。

赤子もその名前を気に入ったかのように無邪気に笑い、両手を広げています。

こうしてお爺さんとお婆さん、名は道祖神守みちそのかもり吉見よしみは思いがけず子供を授かる事になりました。




――――――――――――――




時は流れて三年後、今やすっかりと大きく成長した百々は既に村の成人男性と変わらぬほどの体躯になっている。これには神守も吉見も自身の目を疑うほどであった。一年足らずで薪割りや山菜取りなど、両親の代わりに家の仕事を十二分すぎるほどになっていたのだ。

言葉を話すようになったのは拾ってほんの数週間余りであったろうか。時間の概念を根底から覆すよな急速の成長は二人の常識からかけ離れすぎていた。白昼夢の様な出来事の連続。だが驚く事はそれだけに留まらなかった。言葉を話せるようになった百々に「お父さんお母さん、僕が入っていた桃を二人も食べてみてください」と促され、両親は大きな桃の一かけらを食べました。するとなんと見る見るうちに二人は若返っていったのだ。御年七十を裕に過ぎていた老夫婦の神守と吉見。しかしほんの瞬きをする間に二十歳ほど現年齢から昔の齢へと逆戻りしたのだ。

流石にこれには里の住人も虚実について口々噂をしていた。

『いったいどの様な法術を使ったのか?』『狐に化かされたか?』等々・・・。



そして今、里にはある事件が起こっていた。

なんでも里の畑が見るも無残に荒らされたという。最初は猪か、はたまた兎か。近くに住む野生の動物の仕業かと誰もが思った。

それならばと、烏除けの案山子の他に畑全体を覆う網と、侵入を拒む様々な仕掛けを施し夜は交代で見張りをつけたのだ。

だが、一夜明け今回の畑荒らしの犯人が動物ではないと確信に変わる凄惨な状況を目の当たりにする。

夜番をしていた里の若者が今朝になり無残の死体姿で発見されたのだ。

後頭部を思いきり殴打された痕跡は、皮肉にも野生動物の仕業ではないという証明になった。

頭蓋すら粉砕されたその若者の死体から、今回の騒動は『山に棲む鬼の仕業に違いない』と住人は確信する。


人というのは偶然何かが起こるとは考えない。必ず何らかの要因、そうなる前兆があったはずと考える。

そう、今の今まで山の鬼たちが里に下り悪さをすることは殆どなかった。ならなぜ今回鬼たちが山を下りてきた?鬼の総本山である『大江山』は屈強な剣術の達人達や、陰陽道に精通する者達が常に警戒し見張っている。ではどうやって鬼たちは里に下りてこられたのか?

里の住人はそこである事を思い出す。

里の少し外れにある小さな木造住宅。そこに住む道祖老夫婦につい最近になって赤子を拾い、我が子のように育てていると・・・。そしてその後にあの老夫婦は突然若返った事・・・。

はて、これらの出来事は偶然か?鬼の強襲に無関係と言えるのか?

里の住人の疑心はいつしか確信へと変わって行った。






「御用であるぞ!単刀直入に聞くぞ、道祖神守!うぬらは鬼の子を育て、里に鬼が入れるよう手引きした!違うか!」


月明りも見えぬ新月の夜、松明と竹槍をを持ち今にも襲い掛からんとばかりの形相の里の若者衆。

それらを率いて道祖家の出入り口の真ん前に仁王立ちし憤怒の限りに声を張り上げる。


「何用だ八兵衛はちべえ。こんな月も眠る朔の夜に・・・」


怯える吉見を庇う様に前に出て、冷静に対応する。これほどの騒ぎの中、余程疲れているのか百々は寝ている。


「惚けるつもりか神守!儂等は知っておるのだぞ!うぬらが面妖なる小童を見つけ育てている事は里の者全員が知っておるのだぞ!」


「うむ、それは確かにその通りじゃな。じゃが、先の鬼の襲撃との関連性は見いだせぬな。怪しく思うお主等の気持ちは分かるが、そのような真似をして儂等に何の得があるというのじゃ?」


しかと八兵衛と目を合わせ、戸惑う事無く意見を述べる。


「ふんっ!鬼畜生共の考える事が儂等にわかると思うてか?大方拾ったわっぱに騙されているのか、誑かされたかで協力しておるのだろう?」


「決めつけはあまり感心せんな。大体、百々が犯人と疑うならばその証拠も当然あるんじゃろうな?」


八兵衛は額に青筋を浮かべ大きく地団太を踏む。


「儂の息子の羽五郎が今朝方殺されているのを家内が見つけたのだ!見るも無残に頭をかち割られておったわ!」


「それはご愁傷様じゃが・・・、百々は昨日の夜もずっと儂等の隣で寝ておったのだぞ」


「わからん奴だな。寝てようが何であろうが鬼を手引きしたのであれば関係なかろうが!」


「八兵衛よ、最愛の息子を亡くした事は誠に痛ましいと思う。じゃがお主はそのせいで少々血の気が立ちすぎではないか?聡明なお主が憶測でものを語るなど一度もせんかったではないか」


血気野蛮な考えで周りが見えなくなっている八兵衛に対して、それでもただ冷静に諭す神守。


「神守、貴様が小童を拾った時期と鬼が襲ってきた時期がこれほどまでに近いのは単なる偶然と思うか?里の者達も何もうぬらが憎くてこのような事を申しているのではない。冷静に状況を分析した結果なのだよ・・・」


神守の言葉を受け、少し落ち着きを取り戻した様子で話す八兵衛。


「だがそうだな・・・、神守の言う通りいきなり犯人扱いされ弁明の余地もなければさぞ納得いくまい。そこでだ、そこな小童の無罪を証明したいのなら一つ条件をだそう」


「条件・・・とな?」


「あぁ、明日の夕刻までにこの里から丑寅(北東)にある隠ヶおんがしま、鬼ヶ島とも呼ばれる島山へ行って鬼を小童が討伐出来たら無罪と認めよう」


「んなっ!ば、バカな事を言うんじゃない!あんな所まで行って一日で帰って来られる訳がないじゃろ!」


もっともな意見だった。神守達が住む里から隠ヶ島までの道のりは日帰りが聞くほど易くない。

里を出て最初に林を抜け、道なき道の森を抜けた先にある港から手漕ぎ船を借りそこから隠ヶ島まで行く必要がある。どんなに急いでも片道だけであっという間に半日が過ぎる。一番厄介なのが手漕ぎ船だ。港まで最短で三時間かけて着いたとしても、そこから五時間強も使って船を漕いで行くとなればここだけで八時間以上。往復で十六時間という計算になる。


「それが出来ぬというなら、その小童を儂等に渡すことだな」


「そ、そんな事出来ません!」


今まで押し黙っていた吉見も思わず声を荒げる。


「待ってください!」


しかし、不意に清涼な一人の声が吉見と神守の背後から響き渡る。


「も、百々?お前、起きとったのか?」


声の主は百々だった。その表情は暗がりではっきりとは読み取れないが、ただならぬ決意と揺るがぬ勇気を神守と吉見は感じ取っていた。


「この騒ぎの中寝ていられるほど僕も呑気ではありませんよ」


冗談めいて言うその姿は決して怯えた子供と形容することはできないほどの勇猛さと自信に満ちている。


「八兵衛さん。お話は聞かせてもらいました。貴方の提示した条件で鬼を退治し、両親の身の潔白を証明して見せます」


「そうか、では守れなかった時にはいかな理由とてお主は処罰を受ける覚悟を背負う。そう捉えてよいな?」


「構いません。ですが僕からも一つ提案があります」


「なんだ?」


「たとえ僕が夕刻までに戻れなかったとしても、父と母には何もしないと約束してください」


百々のその言葉に神守と吉見は焦りを顔に浮かべその言葉を撤回させようとする。

しかし二人より先に八兵衛が口を開いた。


「よかろう。それは保証してやる。何も抵抗しなければな」


「ありがとうございます」


「では明日の夕刻まで待っておる。良い知らせを期待しておるぞ、神守よ」


厭らしい笑みを零し、八兵衛は若者衆を連れ去っていく。



全員が立ち去ったのを確認しようやく一息つき。


「百々よ、なぜあのような条件を」


「お父さん、無謀は承知の上です。それでも、僕はこんな時のために生を授かったと思っています」


その言葉に二人は息を飲む。


「で、でも・・・。息子を危険な目に晒したくはないのも親心なのですよ?百々・・・」


「安心してください。僕は必ず生きてお父さんとお母さんの元へ帰ってきます。約束です」


「でも・・・」と吉見は今にも泣きだしそうな顔で百々を見つめる。


「必ず夕刻までに返ってきますから、だから僕を信じてください」


自信に満ちたその瞳を見て神守も、吉見も、もはや止める言葉無しと悟る。

確かに血は繋がっていないかもしれない。しかし、そんな些末な事で片付けられない家族の絆が、信頼が、何物にも断ち切れぬほど強固に存在する。

だから神守と吉見は信じることにした。


―――――たった一人の自慢の息子に






―――――――――――――――――





翌日の明朝。河川より大気が冷やされてできた川霧が肌を冷やす。

まだ日が山肌に隠れており青白く、少しの夜を残した空は人が活動を再開させるには早すぎると感じさせる。


「ではお父さん、お母さん。行ってきますね」


そんな空の下。赤を基調とした袴と、眩いほどの白い羽織。腰に提げた太刀といった出征の準備を万全にした出で立ちの百々と、不安の感情を押し殺しただ武運長久を百々へ捧げる神守と吉見の姿があった。


「急繕いで申し訳ないけど、残りの桃を擂りこんだ黍団子きびだんごを持っていきなさい」


昨晩の間に急いで吉見と神守が作ったのだ。

百々は吉見から手渡された黍団子の入った袋を腰の右側に提げた。


「気を付けるじゃぞ、百々よ」


「はいっ!では行ってまいります」


元気よく返答し、隠ヶ島へ向け出陣した百々。

その姿は両親である二人にはとても勇ましく、広く見えた。





――――――――――――――――――――――――












自宅から出て三十分が経ち、最初の林を道なりに進んでいく百々。

この林には何度か訪れる事もあった百々だが、今回ほどの遠出は初めてだった。

だがそれでも、この近辺で起こっている異変にはそんな百々でも気付くほど顕著に表れている。


「これは・・・、いったい何があったんだ?!」


百々視界に広がっているのは自然動物達の無残に食い散らかされた死骸と、それと合わせて時折奇妙な生き物の死体が混じっているなんとも凄惨な光景だ。


呆気に取られる百々。しかしここで足を止める訳にはいかない。心の中で亡くなった動物達に祈りを捧げながら歩みを進める。

そこに。


「ぎぎぃ!」


この世の者とは思えないおぞましく不快な声が百々の背後から轟く。


「っ!失せろ、魍魎!」


百々は土煙を巻き起こしながら百八十度体を回転させ背後から襲い来る魍魎一刀のもとに切り捨てる。

切り捨てられた魍魎は上半身が酷く瘦せこけ下腹部が不格好に出ている。


「・・・、せめて安らかに眠れんことを」


抜刀した刀を宙で一振りし、血を軽く飛ばす。そのまま直ぐに左腰に提げた鞘に刀を収める。

これで一体何体目か。百々は父から授かった刀に手を当て自責の念に駆られる。

元来人斬り包丁とまで呼ばれた殺人に特化したその武器は、人の生き血を吸っていてもなんら不思議ではないのだが百々が賜った刀は違った。丹念に磨かれた刀身は、綺麗な三本杉を波打っており所有者の魂すら写さんばかりに美しかった。穢れを知らぬその刀身を穢している。自らの手で生命を奪っている。

自然とそんな罪悪感が渦巻いて離れない。


「それにしても、動物たちだけじゃない。物の怪すらも何体も倒れている。一体誰がここまで」


先程百々が目にした妖怪の死体。それらは人の仕業とも思えぬ奇妙な傷跡を残してこと切れていた。

不思議に思い目を凝らし当たりを今一度見渡す。

ふとある一点で百々の視線が固定される。


「この血の跡は?」


ただの血痕であれば、死屍累々を重ねるこの場においては注視すべき点ではない。

しかし、百々が目を付けたそれは等間隔にその命の雫を林の道の前方へと伸びている。


「負傷したものがこの血の跡にいるかもしれない」


百々は伸びていく血痕を辿りその先に答えを求める。


辿り進んだ先には先程の場所とは違い、ふらふらと伸びる血痕のみが地を這っていた。

そして百々はそこでふと顔を上げ前方を見る。


「あ、あれは・・・犬!?」


百々の視線の先にいたのは体中に噛み後や爪痕などが痛々しいほど目立ち、今にも力尽きそうな栗毛の柴犬がいた。


その姿を見て百々は一も二もなく地面を蹴り飛ばし負傷した犬の元へと駆け寄る。


「だ、大丈夫か!確りしてください!今手当しますから!」


百々は犬に対しても公平に、人と接するかのように言葉をかける。

それを力ない瞳で犬は百々を見つめた。

その弱々しい瞳の光がただ百々の焦りの感情をはやし立てる。


「な、何とか持ちこたえてください!必ずあなたは僕が救います!」


しかし百々は決して諦めなかった。目の前の勇敢に生きる一人の存在を何としてでも救う。その一心は決して揺らぐことはない。

百々は自分が羽織っている羽織袴を引き裂き、それを包帯の代わりに犬の傷口へとしかと巻き付けていき止血をする。


その様子をただ静かに眺めていた犬は、薄れゆく感覚の中である一つの刺激が脳を揺さぶった。


「うぅぅ・・・、ワゥ・・・」


「ど、どうしたんです?」


先程まで大人しく百々の介抱を受けていた犬が突然消え入りそうな声で百々の腰に付けた布袋に向かって鳴き声を漏らす。


「ん?これか?もしかしてお腹が空いているのか?」


でも今は手当てを優先すべきだ。そう百々は思った。

だがその肝心の犬は百々の腰に提げた黍団子をじっと見つめている。

最も出血が酷い傷口は最初に百々が止血したとはいえまだ他の傷口からどくどくと血が流れている。

目に見えて明らかなほど犬の血色は悪くなるばかり。死を間近に感じざるを得ない青ざめたその様相を見ても一秒でも手当てをする手の動きを止めるわけにはいかないと思わせる。

なのだが。


「母上が拵えてくれた黍団子です。お一つどうぞ」


おもむろに袋から黍団子を取り出し、手の平を皿にするようにして犬の口元へと運ぶ。

すんすんと数回匂いを嗅ぐとゆっくりと口を開き黍団子を一口で頬張り、噛み締める様に何度も咀嚼する。


祈る思いで犬の様子を見つめる百々。

そして犬が黍団子を食べ終えると突然淡く青白い光が犬を包んだ。


「こ、これは・・・?!」


事態が呑み込めず、光に目を細めるだけの百々。

犬を包む光は徐々にその光度を上げて行く。

既に直視できないほどの眩さへと昇華しており、一瞬林全体を包まんばかりの光を放った。

直後、犬を包んでいた光は幻だったのかと思わせるほどほんの数瞬でその光は消散した。


光に当てられた百々は辛うじて瞼を開くが、その瞳には残光により目の前が白んでしまいはっきりと見えない。

百々は数回瞬きをする。

段々と視力が戻る中、百々はいち早く犬の様子を確認したいと心急いていた。


完全に視力が回復した百々の視界に映ったのは、信じがたいものだった。

しかし先程放たれた閃光の理由付けとしては、最も納得のいく光景が目を奪う。


「あ、ああ・・・。あなたは、一体?」


百々が声をかける先に、傷付いた犬の姿はなかった。

いや、より正確に言えば先の犬と同一の存在であると思えない風格が記憶の中の犬を霞ませてしまったのだ。

一回り以上大きくなった体躯に、毛先の長い白銀の体毛。陽の光に照らされたその白銀の体毛は眩しいほど輝きを見せ、さらさらと風に靡く。

負傷していたのが嘘の様に完治しており、額には三日月の様な黄色の模様が飾られている。


「危ない所を助けてもらい、感謝するぞ若者よ」


呆然と立ち尽くす百々に、その神々しい白狼ははっきりと人語を話し礼を告げた。


長くなったので前後編に分けます。すみません(汗

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