83話「ジュブ=ニグラスの呪い」
「坂田次郎、岡部真空来羽雪、楠田|大樹》……えーーっと、いそりん……」
「五十鈴凜佳さんですよ。……あ、瑞輝さんやロニクルさんの名前もありますね」
梓が杏香の手元の紙を覗き込んだ。梓の手にも、何十枚もの紙を束ねた紙が握られている。
「ああ、そうなの。人の名前読むの、苦手なのよね。地名とかもそうなんだけどね……えと、山田大輔、草加《健太……と……いや、きりが無いわね」
「そうですねぇ。でも、最後の詰めですし」
「そうなんだけどね。ようやく呪いの方が絞られてきたのに、この紙の数よ。気が遠くなるわ」
「仕方がないですよ。呪いが絞られれば、後は犯人探しに移らないとですからね」
「で、一つの呪いに対して、容疑者はこれだけ……と……警察の方で、もうちょっと絞れなかったの?」
「ここからは、物証の無い調査ですからね。ここまでだって、杏香さんの筋の警察、つまり、ある程度超常現象的なものを信じる人達でないと門前払いを喰らって終わりですからね」
「つまり、これ以上絞るには、警察の意識改革から始めないとだめってこと?」
「そうです。どっちがいいです?」
「そりゃこっち。断然マシ」
杏香は即答したが、頭の中では一瞬にして脳内電卓が弾かれ、損得を勘定していた。この資料は三日もあれば全部読み終わるだろうし、それから程無く犯人の目星も付けられるだろう。しかし、警察を変えるとなれば、何年も時間をかけて、地道に説得しなければならない。勿論、今までだって、あーだこうだと説得のようなことをして、時には実績も見せつけて、やってくれと言ってきている。それでもようやく、こうして資料を送りつけてくるレベルにまではなったのだから、これ以上望むのも酷というものかもしれない。杏香はそう思って、ため息を一回ついた。
「でしょ。そんなことしてたら、日本が全滅しちゃうかもしれないですよ」
「あはは、完全に冗談になってないのが凄いわね。それにしても、殆どあの高校の生徒ばっかりねー」
「はい。殆どを占めてるですよね、この紙の」
「ま……物的証拠からいけば、あの学校の誰かだっていうのは、確かに無難な線ではあるけどね」
「そうですね」
杏香と梓、会話をしているが、どちらも目は、手元の紙束をなめ回すように見ていた。一枚読んでは一枚めくる、一枚読んでは一枚めくる。その単純な作業は、杏香と梓の心を滅入らせる。
「粉と依代と生け贄。これだけ条件があっても、これかぁ……」
杏香が、まだまだ消化しきれていない紙の数に圧倒されている。
「粉であまり絞れなかったのは辛いですね」
「ええ。インターネットでの取引も、闇ルート……俗に言う「ダークウェブ」でされてるから、足が付きにくいのよね」
「そうですね。IPも分からないし、お金の流れも仮想通貨から取引されるので……」
「そうなのよね、あー……こういう時、ハイテクって厄介なのよねー」
「ですねぇ。でも、呪いの方法という側面では、これは人間の骨を利用したであろう可能性が、極端に高くなってますね」
「ええ。ダークウェブでやるんだったら、それくらいの物を取引しないと割に合わないでしょう呪いの強力さも併せて考えると、一番自然な推測ね」
「ですね。依代については、一回強力なのを買ってしまえば、ずっと使えるですから、判断材料にはしづらいですし」
「因縁の籠った人型、または神型の何か……ってのも、無数に存在するから、それで殺人事件が始まる一年前を目安に、今までの取引を洗い流すとしても、さすがに広すぎるわ」
「はい。依代から割り出すのは不可能に近いでしょう」
「……で、残ったのは生け贄と」
「生きた何かでなければ、生け贄にはなりにくいですから。一番、足が付きやすいです」
「そうね。これを確保できなければ、呪いは遂行されない。でも、日持ちもしないし、まして、生きていれば、何をするか分からない。こちらにすれば、好都合ね」
「ですね。もっとも、そういった制限があるからこそ、呪いは希少な存在になり、その効果は強力になる……とも言えますけどね」
「因果ね。でも、そんな足が付きやすい生け贄を、よくここまで秘密にしてこれたものね。この紙束を見る限り、犯人は、そこらに居る一般人よ。権力者でも大金持ちでもなくね」
「そういった人たちは、こんなリスクは犯しませんよ。もっと効率的に、願望を遂行できる手立てを持ってます」
「ああ、そういえば、そんなこと前にも話した気がするわ。確かに金か人脈があれば、こんな面倒な事しないでもいいか……あー、金が欲しいわ、金が。これが全部札束だったらなぁ」
「杏香さん、そんな無茶苦茶な……」
「まあ、札束の話は置いといて……この真相が、本当に私の思い描いた通りだったら、ちょっとやるせないわね、そう考えると」
「ですね……でも、やっぱり良くないものは良くないですから……」
「そうよね……理不尽なようだけど、仕方がないわね。でも……」
杏香は、この事件が、いよいよ本格的に、そして加速度的に解決に動き出したことに希望と安堵を感じる一方で、この事件の裏にある、複雑で暗い背景を感じて複雑な顔をした。
「体を売ってまで、何のために連続殺人をしたのか……」
「そうですね。こうして詰める度に、その線がどんどん濃厚になっていて……」
「今じゃ、それが一番飛び抜けてるわね。ジュブニグラスの呪いを、主に自分の体を売って生け贄を作り、粉はダークウェブ経由で密かに輸入して成立させた……」
「針の穴を通すような難解な手段ですけど、実現したら、短い期間で生け贄を確保できるです。この連続殺人が、一人で実現可能な可能性の一つです」
「ええ。夢物語というか、そんな都合が良く物事が運ぶものかとも思ったけど……逆に、希少な手段だからこそ、詰めれば詰めるほど怪しくなるのよね」
「そうですね……それに、たまたまこの手段を編み出せてしまったからこそ、ここまでの大事件を引き起こすことができた……とも言えますね」
「そうねぇ……犯人からしたら偶然見つけ出した手段なんでしょうけど、受け取る側からしたら、必然的なものなのかもね。特に梓にはね」
「そうですねぇ……たまたま呪いが上手くいって、たまたま規模が大きくなれば、必然的に私の所へと来る確率は高くなりますよねぇ……」
梓ががくりと首を垂れ下げる。
「ご愁傷さま。なかなか割の悪い仕事をやってんじゃないの」
「本当ですね……でも、誰かがやらないといけないことですから、しかたがないですよ」
「そうなのよねぇ……おっと、世知辛い話はさて置いて、呪いのことね」
いつの間にか梓の方を見ていた杏香が、再び紙に目を落とした。
イッソリーン




